一日だけあの街に戻って来ると聞いて、心が揺れた。
夏の足跡を辿る二つの影が、寄り添った夜。
そして零時を告げる鐘の音が、響き始めた。
「もう、戻って来る事もないから。」
空のグラスに視線を落として、彼の言葉をゆっくりと心に刻む。
時計の針を巻き戻していた魔法は、解けてしまった。
最後の帰郷。
『本当は、何を伝えたかったの。』
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夏の足跡を辿る二つの影が、寄り添った夜。
「申し訳ありませんが、30分ほどお待ち頂く事になります。」
降り出した雨を避けるうちに辿り着いた、懐かしいはずの場所。
店内にはスーツ姿の男女が多い。
変わってしまったのは季節だけなのに、数ヶ月前とは印象が全く違って見えた。
「行こうか。」
抱き寄せる様に歩き始めた彼の仕草は、あの頃と同じ。
無邪気に笑っていた二人の季節が不意に甦る。
降り続く冷たい雫が一瞬だけ、夏の通り雨に変わった。
「ちょっと歩くけど、いいかな。」
顔を上げる事も出来ないまま、私は小さく頷いた。
表通りに面したフロアは、食事を楽しむための空間。
彼は慣れた様子で店の奥へと進んでゆく。
隠れ家の様なカウンターバー。
静かな空間に身を委ねて、時の流れを愉しむ夜。
変わりゆく物、変わらない物をひとつひとつ、確かめ合う様に。
そして零時を告げる鐘の音が、響き始めた。
「もう、戻って来る事もないから。」
空のグラスに視線を落として、彼の言葉をゆっくりと心に刻む。
時計の針を巻き戻していた魔法は、解けてしまった。
最後の帰郷。
『本当は、何を伝えたかったの。』
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最終更新日 : -0001-11-30