何を失っても構わないと感じていた。
充たされない心が苦しくて、冷静な判断力を失った一夜。
人肌の温もりに心地よく包まれながら、目覚めた朝。
残っていたのは酔いではなく、罪悪感だった。
「全部忘れて、ね。」
そして元通りの、兄を慕う妹役に戻る。
記憶の底に深く沈めたのは、誰も知らない『二人だけの夜』。
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充たされない心が苦しくて、冷静な判断力を失った一夜。
吐く息も凍ってしまいそうな、寒い冬の夜更け。
安らぐ場所を求めた足は自然に、彼の部屋を選んでいた。
「電話してくれたら、迎えに行ったのに。」
彼が一瞬見せた戸惑いの理由は、すぐに解った。
連絡もしないまま「深夜に独りで」私が現れたから。
「今日は誰も来てなくて。静かだなって思ってたんだ。」
にぎやかな友人達の姿がない居間は、初めての光景だった。
静けさに耐え切れず、大きな独り言を彼の背中に向けてみる。
「お酒、呑みたいな。」
慣れた手つきでコーヒーを用意していた手が一瞬、止まった。
「珍しい。どうした?」
これまでは時間を気にして控えがちだったけれど、今夜は終電で来てしまった。
冷えた独りの部屋に戻るつもりも、なかった。
「今夜だけ。ってダメ?」
曖昧に応えた私の言葉は、無意識の誘惑だったのかもしれない。
遠い日に閉じ込めた想いが封印を解かれて、甦り始めていた。
見知った彼女の存在をその夜だけ、記憶から消した。
人肌の温もりに心地よく包まれながら、目覚めた朝。
残っていたのは酔いではなく、罪悪感だった。
「全部忘れて、ね。」
そして元通りの、兄を慕う妹役に戻る。
記憶の底に深く沈めたのは、誰も知らない『二人だけの夜』。
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最終更新日 : -0001-11-30