【報告書】作成者:ましろ

Top Page › 3D小説「bell」 【第2部】 › 12月25日(木) 
2014-12-25 (Thu) 00:35

12月25日(木) 

12月24日(水) ← 3D小説「bell」 → 12月26日(金)

――水曜日のクリスマスには100の謎がある。

11: これは誰に起こった出来事なのか? ※12/26

★久瀬へ:変な事を聞くけどこの世界が誰かの夢や脚本で君はその登場人物だと言われた君はどう思う? ※8/23


12: 彼女に今起こっている問題はなんだ? ※12/26

★メリーへ:あなたは佐倉みさきでしたか? ※12/24


14: 彼女たちの関係はなんだ? ※12/26

★メリーへ:あなたは悪魔についてはどのような見解でしょうか ※12/24


25: なぜ彼は消えていたのか? ※12/26

★山本へ:私たちの知ってる050-3159-7456 久瀬の携帯番号
 八千代さんの電話番号とメールアドレス050-3159-5668  candy.music.777@gmail.com ※12/24


38: ちえりがもつ意味とはなにか? ※12/26

★メリーへ:あなたは佐倉ちえりですか? ※12/24


47: 「彼」の役割とはなにか? ※12/26

★メリーへ:あなたのおじいさまについて教えてほしい。今どこで何をされているかご存知か? ※12/24


86: この物語における「ヒロイン」とはなにか? ※12/26

★メリーへ:あなたがバスで話すことが出来る少女のことについて、詳しく教えていただけませんか? ※12/24



【再】21番目の謎は、彼らはどこにいるのか? だ。

★メリーからのメールに返信。 ※12/24 「彼女は主要な登場人物になり、100の謎の影響下に入った。」
★山本へ:050-3171-7100 この電話番号にかかるか試してほしいかかったら誰か聞いてほしいです ※12/24


【再】58番目の謎は、彼らの世界は「いつ」なのか、だ。

★メリーへ:今は西暦何年ですか? ※12/24


【再】83番目の謎は、100の謎はなんのために用意されたのか?

★メリーからのメールに返信。 ※12/24 「彼女は主要な登場人物になり、100の謎の影響下に入った。」


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【愛媛の愛情100%】12/25「雑記」:http://ponthe1.hatenablog.com/entry/2014/12/25/030704

関西に住む友人から、今日、ひさびさに東京へ遊びに来るとの連絡を受けた。できれば温かくて美味いコーヒーの一杯でも一緒に呑めたら幸せなものだ。 AKATE


■久瀬太一/12月25日/11時

 クリスマスの朝、枕元に期待する歳でもないけれど、やはり25日の朝は少しだけそわそわする。きっと幼いころの記憶が、心の深いところに残っているからだろう。
 もちろん目を覚ましても、プレゼントボックスはみつからなかった。
 オレは目元をこすって、妙に鮮明な、昨日の夜にみた夢を思い出していた。
 ――お前はさっさと記憶を取り戻すところからだ。
 と、あのきぐるみは言った。
 記憶? オレはなにか忘れているのだろうか?
 考えてもわからないけれど、女の子を助ける話だ、といわれたことが気になっていた。
 どうしたものだろう、と頭をかいていると、スマートフォンが震える。
 ちょうど枕元――昨日、眠る前に置いたままの位置だった。
 まさかこんなものが、クリスマスプレゼントだなんてことはないだろうけれど。
 オレはそのメールを開く。

       ※

 君はあの夏を思い出さなければいけない。
 時間はあまりない。
 てっとりばやいのは、一冊の本をみつけることだ。

bell.jpg

       ※

 なにかの書影?
 そのメールの後ろには、ある古本屋の名前が記載されていた。


■久瀬太一/12月25日/11時30分

 たぶんクリスマスに、ちょっとした奇跡が起こることに憧れているからだろう。
 オレはメールに書かれていた古本屋をめざし、神保町駅で電車を降りた。
 表に手作り感のある看板がいくつも出た、こぢんまりとした古本屋だ。

古本屋

 オレは店に入り、メールに添付されていた書籍を捜してみる。狭い店内には本がぎっしりと詰め込まれている。一冊の本を捜すのは、宝探しのような感じでなかなか楽しいけれど、困難だ。
 しばらく店内をうろついてから、オレは店主らしき男性に声をかけてみた。
「すみません」
「はい?」
「捜している本があるんですが」
 書籍名はシンプルだ。
「bell、という本はありませんか?」
 少し耳が遠いのかもしれない。え、と男性に聞き返されたから、オレはメールに添付されていた画像をみせてみる。
 店主は目を細めてその画像を確認し、「うちにはないみたいですね」と答えた。とくに資料を調べもしない。この店にある本をすべて記憶しているのだろうか。
 ――でも、困ったな。
 本はない。やはりあのメールは、いたずらだったのだろうか?
「もしこの本を買い取ったら、連絡していただけますか」
 そう頼むと、店主は「ああ、はいはい」と、気軽に応じてくれた。
 ――これが、手っ取り早い方法なのか?
 疑問だったが、あとは誰かが、この店にあの本を売るのを待つしかないようだ。


★★★神田神保町の古本屋、ブック・ダイバーではないかと推測。
★★★現地に到着。
ブックダイバー
★★★【愛媛の愛情100%】12/25「予定変更」:http://ponthe1.hatenablog.com/entry/2014/12/25/115321

東京へ遊びに来る予定だった関西の友人が来られなくなった。使わなくなったチケットを受け取るには、神戸三ノ宮のホテルまで行く事。チケットは「12月25日 新大阪15時00分発~東京17時33分着 のぞみ30号」と「12月25日 東京21時20分発~新大阪23時45分着 のぞみ265号」の指定席(往復)。友人の現在地については12:30~13:00に新宿中央公園の熊野神社の鳥居の前で伝える。黒いハット、白い軍手、サングラスが目印。見つけたら「メリークリスマス」と声を掛けて欲しい。AKATE


★★★[bell]にメモを挟み、古本屋ブック・ダイバーにて買い取りを依頼。
応援メッセージ

■久瀬太一/12月25日/12時25分

 そのとき、オレはまだ古本屋の店内にいた。
 この店の雑多な雰囲気が気に入って、なにかよい本にめぐりあえないだろうかと期待していたのだ。
 気になったタイトルの本をぺらぺらとめくり、しばらく立ち読みして棚に戻す。こういう休日の過ごし方もいいもんだな、と思った。この冬休みのうちに、まとめて本を読んでしまおうか。
 オレはかがみこんで、棚の下の方を覗く。
 ――ん?
 一冊の本が、目についた。
 古びた本だ。白い背表紙は、少しだけ日に焼けている。そこにはアルファベットが4文字並んだだけの、シンプルなタイトルが、タイプライターを模したようなフォントでどこか散漫に並んでいる。

『bell』

 なんだ。あるじゃないか。
 オレはその本を抜き出し、ページを開いてみる。
 と、ぺらりと、メモが舞い落ちた。
 ピンク色のメモだ。これは、怪獣が眠っている絵?
 そこには、メッセージが添えられていた。

       ※

私たちはいつでも君の味方です。
私たちについてはこの本を読めば
分かると思います。
久瀬くん、がんばれ!!

           ソルより

       ※

 うしろに、太陽のマークが添えられている。
 そのメモをみただけで、頭の中に、情報が流れ込む。
 ――違う。
 思い出す。
 あのひと月間を。
 いくつかのめちゃくちゃな出来事を。
 あの夏を、思い出す。
 その記憶は、熱を持っている。胸が熱くなる。どうして。
 ――どうして、オレは忘れていたんだ。
 決して忘れてはいけないことなのに。忘れられないことなのに。忘れようのないことなのに。オレは。
 どうしてソルを、忘れていたんだ?
 目を閉じる。
 やっと。オレはあの夏の、ベルの音を思い出す。

「よう」

 と、声が聞こえた。


■久瀬太一/12月25日/12時30分

 いつの間にか、オレはあのバスの中にいた。
 座席と座席のあいだに突っ立っていた。
「よう」
 と、きぐるみの少年ロケットがいった。
「ようじゃねぇよ!」
 とオレは叫ぶ。
「昨日言えよ!」
「なにを?」
「いろいろだよ。なんで黙ってるんだよ」
「いいじゃん。思い出したんだから。そんなことよりも、必要なのはこれだろ?」
 きぐるみはスマートフォンを掲げてみせる。
「欲しいか?」
「ああ。くれ」
「じゃ、交換な」
 きぐるみはオレの手元にあった『bell』を取り上げ、代わりにスマートフォンを差し出す。
 オレは、スマートフォンをつかんだ。妙に手にしっくりなじむ。およそひと月、ずっと握り締めていたスマートフォン。
「その本もくれよ」
 なんだか便利そうだ。
「それはダメだよ。いろいろ問題があるんだよ」
「なんだよそれ。あの古本屋の本だぞ。まだ金も払ってない」
「そのへんはうまいことやっとくよ」
 オレはため息をついて、座席に座る。
「わけがわからない。教えてくれよ。どうしてオレは、忘れていたんだ?」
 忘れていた、というか、別の記憶を持っていた。
 オレは大学3年の夏休みを、就職説明会に参加しながら、適度にアルバイトをして過ごした。このバスには乗らなかったし、みさきのピンチも知らなかったし、ソルたちにも出会わなかった。
「むこうでちょっとごたごたして、いろいろ設定が変わってたんだよ。んで、昨日の夜にもまたちょっと変わって、もうめちゃくちゃ」
 オレもよくわからない、ときぐるみは言う。
「相変わらず雑だな」
「雑っていうか、基本なんにも知らないの。オレは」
「そもそもお前、なんなんだよ」
「なんでもいいじゃん。ともかく、バスの発車までもう少しだけある」
 きぐるみだから変わりようもないけれど、いつも通りのにやついた表情で、少年ロケットは言う。
「そのあいだに、あいつらへの挨拶をすましちまえよ」


・主人公からメールが来ました!
 →【久瀬くんからのメール】みんなありがとう!ひさしぶり、やっと思い出したよ。
★★★アカテの友人の所在地。
アカテの友人

ロビーの受付前にいる黒ぶち眼鏡をかけた男に
「チケットを受け取りに来た」と声をかけてくれ。
服装は、深い紺色の、毛羽立ったパーカーにジーパンだ。
到着したら、アカテのブログに書きこんでくれ。
ブログのコメントを見て友人はロビーに行く。


★久瀬へ:よう久瀬久しぶり…げんきだったかー
 →【久瀬くんからの返信】いろいろあったみたいだけど、とりあえず今は元気だよ。みんなは?
★久瀬へ:久瀬さんお帰りー!
 →【久瀬くんからの返信】ただいま!
★久瀬へ:忘れてくれるなんてひどいなぁ。 数々の修羅場をくぐり抜けてきた仲だろう?
 →【久瀬くんからの返信】まったくだよ。本当にすまない。もう忘れないでいたい、と思ってる。できるだけ頑張るよ。
★久瀬へ:おかえり。また君に会えて嬉しい
 →【久瀬くんからの返信】ただいま。オレもだよ!本当に、嬉しい。なんだか安心する。
★久瀬へ:おかえり。君が帰ってくるのをずっと待っていた。
 →【久瀬くんからの返信】ただいま。今まで忘れてなんだけど、ずっと会いたかった。 

■久瀬太一/12月25日/12時45分

 彼らに送るメール文には、ちょっと悩んだ。
 なんだかへんに照れくさいような気もして、妙にそっけなくなってしまう。

 ――みんなありがとう!
 ――ひさしぶり、やっと思い出したよ。

 それに反応して、けたたましくスマートフォンが鳴り始める。

       ※

『よう久瀬久しぶり…げんきだったかー』

 ――いろいろあったみたいだけど、とりあえず今は元気だよ。
   みんなは?

『久瀬さんお帰りー!』

 ――ただいま!

『忘れてくれるなんてひどいなぁ。 数々の修羅場をくぐり抜けてきた仲だろう?』

 ――まったくだよ。本当にすまない。
   もう忘れないでいたい、と思ってる。
   できるだけ頑張るよ。

『おかえり。また君に会えて嬉しい』

 ――ただいま。
   オレもだよ!本当に、嬉しい。なんだか安心する。

『おかえり。君が帰ってくるのをずっと待っていた』

 ――ただいま。
   今まで忘れてなんだけど、ずっと会いたかった。  

       ※

 ベルの音は、鳴りやまない。


★久瀬へ:心配していたよ。無事で良かった。変わりなくて安心したよ
 →【久瀬くんからのメール】ありがとう。オレも、ソルと話せて安心している。
★久瀬へ:色々言いたいことはあるが報告を。こちらもうまく説明が出来ないのだが、メリーはちえりさんだった。
 そして君の昔の友人である山本美優さんがある問題に巻き込まれているかもしれない
 →【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
 彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:メリークリスマスクリ!みんな幸せに過ごせるよう頑張りましょう
 →【久瀬くんからの返信】クリスマスクリ?
 えっと、メリークリスマス!ありがとう、幸せに過ごしたいとは思っている。
★久瀬へ:早速で悪いだが、女性を助けてほしい
 →【久瀬くんからのメール】女性を? どういうことだ。
【愛媛の愛情100%】12/25「チケットを受け取りに来た方へ

友人は13時15分にロビーに到着する。もうしばらく待ってほしい。AKATE


★久瀬へ:体調は大丈夫でしょうか。今日一日動けそうですか?
 →【久瀬くんからの返信】大丈夫だ。がんばる。
★久瀬へ:久瀬くん、おかえりさない、待ってましたよ!山本さんが今大変です。
 こちらでもまだ詳しい状況はまだ分からないのですが事件に巻き込まれてます。
 →【久瀬くんからの返信】山本って山本美優か? どうして?
★久瀬へ:今、山本さんがスイマのところにいる。もしかしたらセンセイを殺したと疑われてるかもしれない。
 助けてあげてくれませんか?
 →【久瀬くんからの返信】わかった!すまないが、また力を借りることになると思う。
★久瀬へ:今の私達の目的は「この物語に関わる人すべてが納得する形の幸せな世界を」です。
 久瀬君の協力が必要なのでまた私達に力を貸して欲しい。
 →【久瀬くんからの返信】こちらこそ、力を貸してほしい。いつも助けてもらって悪い。ありがとう。
★久瀬へ:前はいなかった新参者もいるけど、よろしく。私達も、君達が幸せになれるのを願っている
 →【久瀬くんからの返信】人数が増えたってことだよな。とても頼りになる。ありがとう。

■久瀬太一/12月25日/13時20分

「お、電波切れたな」
 と、オレのスマートフォンをのぞき込んでいたきぐるみが言う。
 確かにスマートフォンの電波表示は、圏外になっている。
 オレは、山本が気になっていた。
 彼女に関するメールを思い出す。

       ※

『山本さんが今大変です。こちらでもまだ詳しい状況はまだ分からないのですが事件に巻き込まれてます』
『今、山本さんがスイマのところにいる。もしかしたらセンセイを殺したと疑われてるかもしれない。助けてあげてくれませんか?』

       ※

 山本。山本美優。小学3年生のころに出会った友人。
 ――どうして、彼女が?
 わけがわからなかった。
 と、足音が聞こえた。
 オレはスマートフォンから顔をあげる。
 ――リュミエール?
 手にビデオカメラを持った、髪の短い女性だ。
「ひさしぶり」
 と彼女は言った。
「ええ。ひさしぶりですね」
 とオレは答える。
「貴女は、今起こっていることについて、なにか知っているんですか?」
 彼女は珍しく後部座席の――オレたちの隣に座る。
「ま、それなりに」
「教えてくださいよ」
「今日はそのつもりで来たわ」
 意外だ。リュミエールからは情報を引き出せないものだと思っていた。
「とはいえ、限定的ではあるけれど」
 これをみて、と、彼女はビデオカメラのモニタをこちらに向けた。
「なんですか? これ」
「イヴの夜の一場面よ」
 そこに映っていたのは、どこか、飲食店の一席のようだった。
 男女がひとりずつ、聞き覚えのある声が会話している。
 ――これは。
 宮野さん、と、ニール?


■レストランの光景

http://www.nicovideo.jp/watch/1419442447?via=thumb_watch

★★★アカテの友人からチケットを受け取る。
チケット受け取り

■久瀬太一/12月25日/13時30分

 ――なんだこれ?
「この動画に、なにか意味があるんですか?」
「どうかしらね。もう一本、あるわ」
 彼女は続けて、動画を再生する。
 ――山本。
 後姿だが、ソルから話を聞いていたから、わかる。
 そこに映っているのは山本だ。


■書斎の光景

http://www.nicovideo.jp/watch/1419442511?via=thumb_watch

■久瀬太一/12月25日/13時40分

「今のところ、私から公開できる情報はこれだけ。追加でもう少しなにか渡せるかもしれないけれど、ちょっと待って」
 とリュミエールは言う。
 でも、これだけでは
 きぐるみは、窓の方を向いて、呟く。
「そろそろ発車の時間みたいだぜ?」
 その直後、ぷしゅりと音が聞こえて、バスのドアが閉まる。
 次は12月25日です、と、今日の日付がアナウンスさせた。
 バスが走り出し、トンネルに入る。
 オレンジ色のライトが流れていく。
 その景色さえずいぶん懐かしく感じた。
 でもこの懐かしさだけは、気持ちの良いものではない。
 胸がどきどきする。
 このバスの窓からみえるのは、いつだって考えたくもない未来ばかりだ。

       ※

 まずみえたのは、洋館の一室だった。
 さきほど、リュミエールにみせてもらった動画と同じ部屋のようにみえる。
 そこにいるのは、やはり山本。
 それから、ニール、ファーブル、なぜか宮野さん、雪。
 オレもいた。あまり形容したくない表情で、うつむいて考え込んでいるようだった。
 オレは――バスの中のオレは、思わず「え」と声を出す。その風景には、奇妙なものが映り込んでいた。
 こちらの動揺なんて関係なく、窓の向こうのニールが言った。
「やっぱり、どうしようもねぇよ」
 彼はつまらなそうに山本を指さす。
「犯人は、こいつだ」

【BAD FLAG-08 推理失敗】

       ※

「いや、ちょっと待てよ」
 とオレは叫ぶ。
 やるべきことはなんとなくわかった。
 とにかく山本は無罪だと証明しなければいけないようだ。
 それはたいへんなことだし、全力で臨まなければいけない。
 でも、その前に。
「なんでお前がいるんだよ!」
 オレはきぐるみに向かって身を乗り出す。
 先ほどみえた光景。そこには。
 間違いなく、このきぐるみが映り込んでいる。
「なんでだろうな? いや、オレも知らないよ」
「知らない?」
「ってか、オレこのバスから降りる気ないもん。よく似た別人じゃないか?」
「いてたまるかそんなもん」
 いったい、どうなっているんだ。
 くそ、とオレは呟く。
 きぐるみはにやにや笑ったまま、また窓の外を指す。
「おい。もうひとつあるぜ」
 あるなよ、とぼやきながら、オレはまたそちらに視線を向けた。
 バスが再び、トンネルを抜ける。


★★★トレイが回転して紅茶のカップが入れ替えられている、と指摘。
★★★その場にいたはずのワーグナーは何処へ。

■久瀬太一/12月25日/13時50分

 そこにいたのは、みさきだった。
 ――いや、本当にそうか?
 とっさには判断がつかなかった。
 彼女は、佐倉ちえりのようにもみえた。
 どうして? 夏には彼女の姿をひとめみるだけで、みさきだと確信できたのに。
 なぜか今は、彼女がみさきだか、ちえりだかわからない。
 とにかく彼女は、バスに乗っているようだった。
 バス。まるで、今オレが乗っているのと同じような。
「いいの?」
 と、彼女は言った。
「なにが?」
 そう返事をしたのも女性の声だ。まだ幼い、少女の声。でも、姿はみえない。窓の外にみえる範囲にはいないようだ。
「彼に会わなくて、いいの?」
「仕方ないよ。魔法はもうないんだよ」
 ――魔法?
 なんだろう、それは。
「ほかには、思いつかなかいもの。たぶんこれが、私の幸せな結末なんだよ」
 なにか無理をしているような、淡々とした口調で、少女はそう言った。

【BAD FLAG-09 ハッピーエンド】

       ※

「わかったか?」
 と、きぐるみが言う。
 なにもわからなかった。
 ただ、窓の向こうから聞こえた声は、悲しくなる。
 遠い、遠い、決してたどり着けないところから聞こえたようだった。
「まずは洋館だ」
 ときぐるみはいう。
「洋館の真相は、お前が欲しいものに繋がっている」
 オレの欲しいもの?
「思い出しただろ? 夏を。なら、お前が納得できる結末も変わったはずだ」
 きぐるみの声まで、なんだか悲しげに聞こえた。


★★★「書斎の光景」のラストで流れていた音:スロー再生
★★★新大阪駅15時発ののぞみにて名前のないキーホルダーの輸送開始。
運搬班新大阪ホーム
【愛媛の愛情100%】12/25「秘書からの連絡」:http://ponthe1.hatenablog.com/entry/2014/12/25/151028

秘書と呼ばれる女性から連絡があった。「のぞみ30号 13号車17番E席に、白い紙袋に入ったみなさんへの贈り物を忘れた」「運営からみなさんへの贈り物です! 謎はなにもありませんが、よければどうぞ!」秘書については不明。AKATE


★★★運営からの贈り物。
モロゾフのケーキ モロゾフのケーキ2 モロゾフのケーキ3
★★★名前のないキーホルダー運搬中。名古屋にて。
名古屋班

■山本美優/12月25日/16時30分

 私は偉人たちがずらりと並んだ部屋のソファに、ひとりぽつんと座っていた。
 ――どうしてこんなことになったのだろう?
 昨夜の、あの部屋での出来事は、あまりよく覚えていなかった。
 センセイと呼ばれる人に会って、紅茶を飲んで、それで。
 そのあとは意識を失っていた。
 私はなにもしていない、はずだ。人にナイフを突きたてるようなこと、絶対にするはずがない。そんなこと、これまでに一度も、しようとは思わなかった。
 でもこの館にいるほかのひとたちは、私が犯人だと考えているようだ。
 理由は、単純だ。
 私の手元に、ナイフが残されていた。
 そのナイフにはべっとりと血のあとがあって、それは私の手の形をしていた。 
 ――誰かが偽装したのだろうか。
 そう考えるのが、いちばん辻褄が合うように思った。
 でも、誰が? 考えてわかるはずもない。
 逃げ出そうという気にもなれなくて、今はこの部屋に軟禁されている。
 不思議なことに、警察はまだ来ていないようだった。警察がくれば間違いなく私に質問にくるはずだ。
 現状はどうなっているんだろう? 気にはなったが、この屋敷に、私に罪をなすりつけたい誰かがいるのだろうかと想像すると、部屋からでようという気にもなれなかった。
 ソファで身をちぢこめていると、扉がノックされる。
 私はぴくんと身を起こす。返事をする前に、扉が開いた。

 現れたのはベートーヴェンだ。
 前置きもなにもなく、彼女は言った。
「久瀬くんって知ってる?」
 どうして。唐突に彼の名前が出てくるんだ。
「はい。もちろん。貴女こそどうして」
 どうして彼を知っているんだ?
「彼、うちのバイトなのよ。電話があって、こっちにきたいって」
「え?」
 くるの? 久瀬くんが?
「なんかもめてたけど、アルベルトさんが呼ぼうって言って、さっき一緒に迎えにいったわ」
「いつくるんですか?」
「あと30分くらいかな。たぶん」
 ほんとに? なんて急展開だ。
「どうして、くるんでしょう?」
「さぁ。貴女を助けたいんじゃない?」
 友達なんでしょ、と簡単に、ベートーヴェンは言った。


■久瀬太一/12月25日/16時45分

 アルベルトが迎えにくる、とは聞いていたけれど、運転席に座っているのが八千代でびっくりした。
 だが彼は、こちらのことはちっとも覚えていないようだ。まあオレも今日の昼までこいつのことなんてちっとも覚えていなかったから、文句はいえない。
「殺人事件だって? 大変だねぇ」
「のんきだな。お前らのパーティで人が死んだんだろ?」
「それどころか被害者はうちのリーダーらしい」
「ならもうちょっと慌てろよ」
「でも、まだ真相はわからない。オレは真相がわかるまでは慌てないことにしているし、たいていみんなわかった頃には、慌てるタイミングなんてなくなってる」
 赤信号で車を止めて、八千代はいう。
「それにね、本当にセンセイが死んだのか、まだわからない」
「どういうことだ?」
 その質問に答えたのは、後部座席のアルベルトだった。
「遺体が消えたのよ」
「消えた?」
「現場から唐突に。その部屋にはドアがひとつしかなくて、その前には一晩中、ずっとふたりの聖夜協会員がいた。あの様子じゃ、今もまだ同じままかもしれない」
「見張りがいたのに、消えたんですか?」
「ええ。方法はわからないわ。でも、センセイは聖夜協会にとって、奇跡の象徴みたいなものだから」
 彼女の言葉を、八千代が引き継ぐ。
「あるいは復活してどこかに移動したんじゃないか、ってね。今日はクリスマスだ」
「復活祭はイースターだろ」
「日本じゃクリスマスの方がメジャーだろ? まとめた方が都合がいいかもしれない」
 まあ、人が死んでいないなら、もちろんその方がいいけれど。
「本当にセンセイってのは、そんなぽんぽん復活できる人なのか?」
「オレは知らないよ。でもそのことを本気で信じている協会員もいる。だから警察まで追い返したって聞いている」
 なんだそれ。
「いいのか?」
「どうかな。ま、死体はないんだ。一緒に事件まで消えちまったことになるなら、それに越したことはないと思うけどね」
「じゃあ山本は開放しろよ」
「キリストが生きかえったからと言って、みんながユダを許すわけでもないだろう?」
 なんにせよ、やっぱり山本が疑われてるってことか。
「彼を送り届けたら、いきたいところがあるの」
 とアルベルトが言う。
「ええ。どこにだって連れていきますよ」
 と八千代が答える。
 気が焦って、オレは尋ねた。
「八千代、あとどれくらいで着く?」
「15分ってとこかな。で、八千代ってのは?」
「ん?」
「別に隠してもないけどね。君にそっちの名前で名乗った記憶はない」
 ああ。教会内のこいつは、ドイルか。
「いろいろあったんだよ。とても15分じゃ説明できない」
 一通りすべて終わったら、こいつに夏のことを話してみようと思う。
 そんなわけないと笑われてもいい。
 あれは、忘れちゃいけないエピソードだ。


■山本美優/12月25日/17時

 そろそろ久瀬くんがくる時間だ。
「いきましょっか」
 とベートーヴェンが言って、扉を開ける。
 私もおそるおそるホールに出た。
 ちょうど同じタイミングで、向かい――あの、表に数字だけが書かれたパネルがあった部屋の扉が開いた。
 そちらから姿を現したのは、ファーブルとニールだ。
「もう見張りはいいんですか?」
 とベートーヴェンが言う。
「センセイの部屋に入るには、どうせホールを通らなければけいません。どちらにいようと同じ事です」
 とファーブルが答える。
 頭をかきながら、ニールがぼやいた。
「ならオレまで巻き込むなよ」
「誰も貴方にまでドアを見張れとはいっていないはずですが?」
「うるせぇ。オレの勝手だろうが」
 さて、と呟いて、ファーブルがこちらに歩み寄ってくる。
「そろそろ白状する気になりましたか?」
 彼は鋭い目つきでこちらの顔を睨みつけている。
 私は生れてはじめて殺意というものを感じたような気がした。どうしてこんなことになってしまったのだろう。本当に、わけがわからなかった。
「ねぇ、こんなリンチみたいなことしてても仕方ないでしょ? やっぱり警察を呼びましょうよ」
 そう言ったのはベートーヴェンだ。彼女の感覚が、いちばん一般的――というか、私に近いように思う。
 だがニールが首を振る。
「センセイが死んだってのは、考えづらい」
「どうして。あれだけの出血よ? それに昨夜の時点では間違いなく脈が止まってたんでしょ」
「だがセンセイの遺体は消えちまった。オレが馬鹿な飼い犬みてぇにこのドアを見張ってたのに、だ」
「つまり密室から死体が消えたっていうんでしょ? でもそれで、どうして死体が生き返ったことになるのよ?」
「そんなことができるのはセイセイだけだからだよ」
「なによそれ? 密室トリックは被害者じゃなくて犯人の領分でしょ」
「お前は本当にセンセイのことがなんにもわかってないんだな。オレは、センセイが死んだふりをしたのさえ、あの人の悪ふざけだって可能性を疑ってるんだぜ」
 彼は鋭い目つきでこちらをみる。
「なあ、山本。あんたはセンセイに頼まれて、あの人を刺した振りをした、なんてことはないのか?」
 頷いてしまえばいいのではないか、と一瞬だけ思った。
 実は殺人事件なんてなくて、ただ「センセイ」と呼ばれる人がいたずらですべて演じていただけで、私はその協力者で。
 ぜんぶ趣味の悪いフィクションなら、それでよかった。
 ――でも、違う。
 昨日、確かにひとりが死んだのなら、それを勝手に嘘にしてしまっていいはずがない。
 私は首を振る。
「何度も言ってるでしょ。私はあの部屋で気を失っていただけなの」
 嘘は嫌いだ。それで、誰かが傷つくかもしれないから。
 私は、私の知っている真実を信じる。
「さっさと警察を呼んで、それではっきりさせましょうよ」
 ファーブルが首を振る。
「センセイのご意向がわからない以上、迂闊なことはできません」
「ただ、普通に、殺されただけかもしれないじゃない」
 思わず答えながら、何を言っているんだ私は、と思った。
 人が死んだことが、誰かに殺されたことが、「ただ普通」なんて状況なわけがなかった。いついかなる時でも、どんな理由があろうとも。
「ただ普通に死ぬなんてことはあり得ないんだよ、あの人に限ればな」
 とニールが言った。
 ファーブルは、どこか悲しげな、もっといえば不安げな笑みを浮かべる。
「今回の件に関しては、珍しく私と貴方の意見が共通しているようですね」
 はっ、とニールは笑う。
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ。オレはさっさと帰りたいんだ。つまらない脇道に時間をとられていたくないんだよ。結局、このガキがセンセイの指示を受けていなかったんなら、未遂だとしてもこいつが犯人なんだろ。それで決まりだ」
「ですが、センセイの行方は未だわかりません」
「それこそセンセイの勝手だろ。会いたきゃ向こうから出てくるさ」
 ほら、解散、解散――と、ニールは手を振る。
「いいえ。今日はクリスマスだ。どんな奇跡が起こっても不思議ではありません」
 妙に芝居がかった口調で、ファーブルは首を振る。
「もうしばらく、あの方の帰還を待とうではありませんか」
 いや警察――とベートーヴェンがつぶやく。
 でもニールもファーブルも、そんなこと聞いてはいないようだった。
「どうでしょう、ニール。私は少々、観察眼に自信があります。余興に昨夜、なにがあったのか解き明かそうではありませんか」
「興味ねぇよ。勝手にやってな」
「そういわずに。考えてみれば、いかにもセンセイらしい趣向だとは思いませんか? 密室に消えた死体。その死体自身がセンセイというのも、あの人の遊び心のように感じます」
「お前がセンセイのなにを知ってるってんだよ」
「おやおや。貴方が古参だということを鼻にかけるのも珍しい」
「うるせぇ。オレの前で笑うんじゃねぇ。お前の笑顔はぶん殴りたくなる」
 どうやら話が奇妙な方向に進んでいるようだった。
「まあ、犯人はこの少女で決まりでしょうがね」
「ちっ。その点だけは、同意してやるよ」
 しかも私には都合の悪いところだけで仲がいい。
「そんなことよりも――」
 はやく警察に、と、また言おうとしたときだった。
「いいですね」
 若い青年の声が聞こえた。

       ※

 ドアが開いていた。
 なぜだか、ひとめでわかった。
 そこに立っているのは、彼だ。
 あのころとまったく違う。でも、なにも変わっていない。
 安心して、気が抜けて、涙が滲んだ。
 ――久瀬くん。
 本当に来てくれたんだ。
「やっときたのね」
 とベートーヴェンが言った。
「すみません、宮野さ――」
「黙りなさい私はベートーヴェンよ」
「なんですかそのまんまな名前」
「うるさいわねいいでしょ。こっちも色々大変なのよ」
「お手数をおかけしましたよ。貴女がここにいて助かりました」
 彼は息を吐き出して、それから、こちらに向かって歩いてきた。
「本当に山本がいた」
 どきりとする。
 もともと、彼を捜してここに来たはずなのに、急に再会するなんて考えてもいなかった。
「ええ、はい」
 と口ごもりながら頷いた。
「久しぶり。10年ぶりくらいかな?」
「うん。だいたいそう」
「なんかへんな感じだな。意外とわかるもんだよな」
「うん。わかる」
「元気にしてた?」
「そこそこ。普通に大学生だよ。久瀬くんは?」
「オレもそう――じゃないかな、たぶん。なんかころころ状況が変わるんだ」
 久瀬くんは困ったような、どちらかというと恰好悪い顔で笑う。
 彼がなにを言っているのかはよくわからないけれど、その笑顔がみえてよかった、と素直に思う。
「なんにせよ、今は容疑者なんだろ?」
「うん。よくわからないんだけど、なんかそんなことになってます」
「たぶんオレが巻き込んじまったんだろうな。悪い。でも、きっともう大丈夫だ」
 久瀬くんはポケットから、スマートフォンを取り出す。
「名探偵に事件の真相を解き明かしてもらおう」


■久瀬太一/12月25日/17時10分

 タイムリミットは22時――あと5時間。
 それまでに山本の不幸な未来を書き換えなければならない。さらに、23時までにもうひとつ。余裕はあまりない。
 現場にいる聖夜協会員は、みんな知っている相手だった。ニール、ファーブル、それからなぜだか宮野さん。雪が潜り込ませたのだろうか? よくわからない。
「キミが名探偵だっていうの?」
 と宮野さんは言った。
 そんなわけがない。ミステリなんて小説ででも滅多に読まない。
「オレはただの助手ですよ。名探偵はこの向こうにいます」
 とオレはスマートフォンを宮野さんにみせる。
「なにそれ? 電話だけで推理するの?」
「正確には、メールで。とりあえず状況を教えてくださいよ」
 さっさと山本の無罪を証明しよう。話はそれからだ。 
「現場をみせてもらえますか?」
 と、オレは尋ねた。

       ※

 ファーブル辺りがごねるかと思っていたけれど、意外にすんなり、センセイの部屋に入れてもらえた。
 まず目に入ったのは、少年ロケットのきぐるみだった。
 ――本当にいやがった。
 でもそいつは、動きも、喋りもしない。ただじっとうつむいている。バスの中にいるこいつよりも、余計に不気味に感じた。
 だが部屋には、そのきぐるみよりもなお目立つものがあった。
 床に広がった、黒い染みだ。空気にはまだ血の臭いが混じっていた。
 ニールがどかりと、扉の脇にあるソファに腰を下ろす。
「で? 今さらこの部屋をみて、なにがわかるってんだよ?」
「センセイの遺体、本当に失くなっているんだな」
「質問に答えろよ!」
「ああ、悪い。とりあえず、センセイを刺したのは山本じゃないってことを証明しなけりゃならない」
「どうしてこいつが犯人じゃないってわかる?」
 どうして?
 オレは首を傾げて、山本に尋ねた。
「君がセンセイを刺したのか?」
「違うよ、もちろん」
「ほら」
 ニールを見返して、告げた。
「本人が違うと言っている」
「それがなんの証拠になるってんだよ!」
 彼は不機嫌そうだ。
「別になんの証拠にもならない。でも信じる理由にはなる。彼女とは小学生の頃から友人なんだよ」
 といっても、一緒にいたのは半年ほどだけど。
 オレの知っている山本美優は、真面目で、優しく、誠実な女の子だ。彼女の言葉を信じることに、抵抗はない。
「センセイの遺体は、その椅子の上にあったんですよね?」
 誰にともなくそう尋ねると、宮野さんが頷く。
「間違いないわ。部屋の入口に背を向けるように座ったまま椅子に座った姿勢で、左脇を刺されていた」
 なるほど、確かに床の血の跡をみても、椅子の左側から流れているようだった。
 宮野さんは、ひそめた口調で続ける。
「ついでにいうと、ナイフには山本さんの手の跡がべっとりついていたわ」
「あ、これですね」
 ナイフはテーブルの上に載っていた。
 確かに、成人男性に比べれば小さな手の跡がついている。

ナイフ

「どうして山本のだってわかるんですか」
「はっきり指紋が出ていたから。そりゃ、警察みたいにしっかりは調べられないけど、みればだいたいわかるわよ。偶然こんなにも似た指紋の人が――っていうのは、確率的にリアリティがないわ」
「なるほど」
 まあ、山本はこの部屋で倒れていたとのことだから、ナイフを握ったように偽装されていてもおかしくはない。
「宮野さん、紙と、なにか書くものはありますか?」
「あるけどどうして?」
「この部屋の見取り図を描こうと思って」
 ふ、と宮野さんは笑う。
「もうあるわよ感動しなさい」
 そういって彼女は、なぜだか濡れてたわんでいる大学ノートをひらいた。

見取り図 見取り図2

 助かる。
「どうしてこんなのあるんですか?」
「そりゃ死体消失事件だもの」
「記事にするんですか?」
「しちゃ悪い?」
「おや、なんだか穏やかではないお話ですねぇ」
 割り込んできたのはファーブルだった。
「センセイが本当に死んだとも思えませんが……あの方は私共の代表です。ベートーヴェンさん、貴女も新人とはいえ、その自覚を持っていただかなくてはなりません。記事というのがなんのことだか知りませんが、あの方をそうやすやすと――」
 話が長くなりそうだったので、ファーブルの相手は宮野さんに任せることにする。
 ちらりと見取り図をみたニールが、山本を指さし、つまらなそうに言った。
「こいつがナイフで、椅子に座っているセンセイの左脇を刺した。そう考えるのがいちばん自然だろ。なにもおかしなところはない」
「そもそも犯人が現場に倒れているのがおかしい」
「知るかよ。どうにでも説明はつく」
「たとえば?」
「オレたちが踏み込んだから、とっさに意識がないふりをした」
 オレは内心でため息をつく。
 そんなわけない、と言いたかったが、とりあえずなんの証拠もない。
 ――山本がナイフで、椅子に座っているセンセイの左脇を刺した。
 どうだろう?
 なにかおかしなところはないだろうか?


★久瀬へ:クリスマスパーティをしたときその内装がどんな感じの建物だったか、
 場所はどこか教えてください覚えてなければ父親にも聞いてほしいです
 そこで事件が起こった可能性があります
 →【久瀬くんからのメール】ホテルのパーティ会場だった。ごく普通の立食式の。
 父との連絡はちょっと待ってほしい。あいつ、なかなか電話にでないんだ。
★久瀬へ:宮野さん=ベートーヴェン、雪さん=アルベルトで合っていますか?
 →【久瀬くんからの返信】ああ、それで間違いない。
★久瀬へ:こちらはさほど情報を持って無い…
 アリバイと誰がここにいるかプレゼントもち、持っている人がいるならその効果も答えるように聞いてほしい
 →【久瀬くんからの返信】プレゼントに関しては、持っている可能性があるのはアルベルトのみ。
 詳細はわからない。アリバイがあるのは、ファーブル、アルベルト、ワーグナー、かな。

■久瀬太一/12月25日/17時30分

 スマートフォンが、震えた。
 ――いいタイミングだ。
 オレは1通目のメールを開く。
「ちょっとなにしてんのよ」
 と宮野さんが言った。
「事件の真相を知るために、メールを」
 そう答えて、メール文を確認した。

       ※

『クリスマスパーティをしたときその内装がどんな感じの建物だったか、場所はどこか教えてください覚えてなければ父親にも聞いてほしいですそこで事件が起こった可能性があります』

 クリスマスパーティ。あの、昔行われていたものだろうか。
 ホテルのパーティ会場だった。
 ごく普通の立食式の。父との連絡はちょっと待ってほしい。
 あいつ、なかなか電話にでないんだ。

『宮野さん=ベートーヴェン、雪さん=アルベルトで合っていますか?

 ああ。それで間違いない。

『こちらはさほど情報を持って無い…アリバイと誰がここにいるかプレゼントもち、持っている人がいるならその効果も答えるように聞いてほしい』

       ※

「この中でプレゼントを持っている人は?」
 とオレは尋ねる。
 ファーブルは首を傾げた。
「はて、プレゼントというのは――」
 話が長くなりそうだ。
 遮って、オレは尋ねる。
「おい、ニール。あんたのプレゼントは壊れたままか?」
「ああ? どうしてそんなこと知っている?」
「お前のプレゼントがあれば、これくらのことできるだろ」
「……壊れているよ」
「そうか。昨日この洋館にいた人間で、ほかにプレゼントを持っているのは?」
「なんでオレに聞くんだよ」
 まだしもてっとりばやそうだからだ。
「いいから教えてくれよ」
「オレは知らないよ。もし持ってるとしたらアルベルトくらいだろ」
 そうか。
「じゃあ、昨日のアリバイは?」
 今度はファーブルが、素直に答えた。
「山本さんがこの部屋を訪れたころ、私たちは別の部屋に集まっていました。偉人たちの絵がある部屋です。山本さんのほかにアリバイが確かではないのは、ニール、それからベートーヴェン。このふたりです」
 オレはその旨をメールで返信する。


★★★名前のないキーホルダー、東京へ到着。
東京
★久瀬へ:血の付き方がおかしい。手の周りの形を取るように血が付くはず
 →【久瀬くんからの返信】なるほど。じゃあ、これはやはり偽装されたものだろうか。
★久瀬へ:美優がナイフを右手で握って背後から刺したら傷は右腹部にできるはず.
 左わき腹を突くことはできません
 →【久瀬くんからの返信】確かにその通りだ。ありがとう。

■久瀬太一/12月25日/17時35分

 オレは次のメールをひらく。

『血の付き方がおかしい。手の周りの形を取るように血が付くはず』

 たしかに、その通りだ。
 ――なら、これはやはり偽装されたもの?
 偽装としても荒っぽいように感じた。
 とりあえず山本が疑われればいい、そんな感じだ。

『美優がナイフを右手で握って背後から刺したら傷は右腹部にできるはず.左わき腹を突くことはできません』

 何度か動作を試してみて、部屋の中を確認して、その通りだ、と思った。

       ※

「やっぱり、センセイを刺したのは山本じゃない」
 オレがそう呟くと、は、とニールが笑う。
「どうしてそうなる?」
「センセイが座っている椅子は、回転式のものじゃない」
「それがどうした?」
「血の跡をみても、椅子は動いていない。センセイは刺されたとき、デスクに向かっていた。犯人は背後からセンセイの左脇を刺したんだ」
 でも、だとしたら、おかしい。
 オレはテーブルの上のナイフをつかむふりをする。
「右手で、こう跡がつくようにナイフを持って、後ろから左脇を刺すのは不自然だ」
 あまりに窮屈だ。同じ状況なら普通、右脇を刺す。
「そんなこと知らねぇよ。上手いこと身を捻れば右手で左脇だって刺せるだろうが!」
「どうしてわざわざ上手いこと身を捻らないといけないようなことをするんだよ」
「知らねぇよ! 犯人に聞けよ!」
 そう言ってニールは、山本を指す。
 彼女は犯人ではない。だが、確かに気になった。
 ――犯人は山本に罪をなすりつけたかったのだとして、どうして、センセイの左脇を刺した?
 左脇でなければならない理由があったのだろうか?
 宮野さんが真剣な表情で、顎に手を当ててつぶやく。
「久瀬くんが言う通り、違和感がある状況ではあるけれど、決定的とはいえないわね」
「宮野さんも山本を疑ってるんですか?」
「私はベートーヴェンよ! 別に誰を疑ってるってわけでもないわ。ジャーナリストとしてフェアなだけ」
「オカルト雑誌なのに」
「うるさいわね。真実っていうのは万人を一目で説得する力があるものなの! もうちょっと他の証拠はないの?」
 証拠といわれても困る。
 オレはちらりと山本に視線を向けたが、彼女は困ったようにほほ笑むだけだった。
 ――そのとき。
 ふいに、背後の扉が開いた。


■久瀬太一/12月25日/17時40分

 そこに立っていたのは、雪だ。
「どこに行っていたんですか」
 とオレは尋ねる。
「ちょっとね。大事な荷物を取りに」
「大事な荷物?」
「この部屋を覗いていた人物がいるのよ」
 一瞬、聞き流しそうになった。
 だが。
「それってつまり、目撃者がいるっていうことですか?」
 じゃあもう決まりじゃないか!
「どうでしょうね」
 雪は鞄からノートPCを取り出し、テーブルの上においた。
 そのPCで、彼女は続けて、2本の動画を再生した。


■質問者

http://www.nicovideo.jp/watch/1419442624?via=thumb_watch

部屋の中にいたのは?現場を見ていたのですね。どこから見ていたのですか?



■目撃者

http://www.nicovideo.jp/watch/1419446704?via=thumb_watch

■久瀬太一/12月25日/17時50分

 短い。それに、一方は音がへんだ。
 不機嫌そうに口を歪めて、ニールが言う。
「なんだよこれ? 誰か撮ったんだ?」
 雪が答えた。
「友人が無理やりに作った」
 くくく、とファーブルは笑う。
「友人というのは、もしかしてリュミエールですか?」
「そうだ」
「リュミエールの光景。――お噂は、かねがね。ですが、だとすれば、どうしてもっと決定的な証拠をいただけないのでしょう? センセイが刺される、その凶行の現場をいただきたいものです」
「リュミエールの行動に私は関与していない。彼女のプレゼントの詳細に関しても正確には把握していない」
 宮野さんは勝手にノートPCをいじって、動画をリプレイしている。
「2本目のこれ、なんでこんなに音が聞き取りにくいのよ? 変に小さいし、へんな声。ボイスチェンジャー?」
 たしかに、宮野さんが言う通り、おかしな動画だった。
 椅子に座った女性――腰から下しか映っていないから、顔も確認できない。彼女は小さな声で、奇妙なイントネーションでなにか言っている。
 雪が解説した。
「これは一本の通話の動画、らしい。はじめの動画が質問者、後ろの動画が回答者だ」
 オレたちは2本の動画の台詞を、交互に聞いてみる。

       ※

「部屋の中にいたのは?」
「あかのねこ、おんなだ」
「現場をみたのですね? どこからみていたのですか?」
「グリーン」

       ※

 グリーン? ……微妙に、違うかもしれないが、だいたいそんな風に聞こえた。ウリーン、の方が正確かもしれない。が、より意味がわからない。
 ファーブルがため息をついた。
「なんにせよ、決まりですね」
「なにが決まりなんだよ?」
「女で、赤い猫。山本さんを指しているとしか思えない」
 どうして?
 宮野さん、じゃなくて――
「ベートーヴェンも一応、女性ですよ?」
「キミ、私を疑っているわけ?」
「いえ探偵の助手としてフェアなだけです」
 山本が小さな声で――なんだか恥ずかしそうに、告げる。
「実は私、昨日、赤い猫耳をつけたの」
「え?」
 思わず聞き返してしまった。どうしてそんなものを? そう尋ねたかったが、山本が赤面してうつむいているから言葉を呑み込む。
 相変わらず鼻につく、得意げな声で、ファーブルが言った。
「昨日ここにいた人間ならわかるのですよ。赤い猫という言葉が指すのは、山本さんのことです」
 なんだそれ。
 ――どうして?
 動画の中の不可解な目撃者を、本当に信用していいのだろうか?


★★★目撃者の音声【逆再生】:http://tmbox.net/pl/717418
★久瀬へ:血だまりの形はどのようになっていますか?
 →【久瀬くんからの返信】センセイの椅子の左側から広がっている。
 左脇がさされていたというから、やはりそこから血が流れたのだと思う。
★久瀬へ:山本さんの手に今は血はついていないか
 →【久瀬くんからの返信】ついていない。さすがに昨夜のうちに洗い流したようだ。
 昨夜はべっとりと手のひらに血がついていたそうだ。
★久瀬へ:美優さんに部屋に入った時に着ぐるみはあったか聞いてみてください
 →【久瀬くんからの返信】あったそうだ。
★久瀬へ:壊れてるノートPCし気になる。美優ちゃんが入ったとき、壊れてたかどうかをたずねてくれませんか?
 また、山本さんが部屋に入ったときと今で、違う点がどれほどあるか、たずねてもらえると有難いです
 →【久瀬くんからの返信】ノートPCは記憶にないそうだ。
 違う点は、ぱっと思い当たるのは床の血、それから今指摘されて、ノートPCのことに気づいたと言っている。

■久瀬太一/12月25日/18時

 オレは、ひたすらソルからのメールに対応する。

『血だまりの形はどのようになっていますか?』

 血だまりの形?
 伝えるのが難しいな……。
 センセイの椅子の左側から広がっている。
 左脇がさされていたというから、やはりそこから血が流れたのだと思う。

『山本さんの手に今は血はついていないか」と送ってください』
『美優さんに部屋に入った時に着ぐるみはあったか聞いてみてください』
『壊れてるノートPCし気になる。美優ちゃんが入ったとき、壊れてたかどうかをたずねてくれませんか? また、山本さんが部屋に入ったときと今で、違う点がどれほどあるか、たずねてもらえると有難いです』

 みっつとも、山本に質問するメールだ。
「山本」
 とオレは彼女に声をかける。
「ちょっと手をみせてもらえるか?」
 彼女は小さな声で、え、と呟いてから、言った。
「どっち」
「一応、両方」
 彼女は両手を広げて、こちらに突き出す。
「裏も頼む」
 と言うと、くるりと手をひっくりかえす。
 とくにおかしなところはない、綺麗な手だ。
「昨日の夜には、血がついてたのか?」
 彼女は表情を陰らせて、頷く。
「べっとり」
 それを洗い流すことくらいは許されたようだ。
「ところで、山本。あのきぐるみは昨日からあったか?」
「ああ、うん。あったよ」
 変わったきぐるみだね、と山本はいう。 
 まったく、変わったきぐるみだ。
「じゃあ、今のところ最後の質問だ」
「うん」
「あのノートパソコン、昨日から壊れてたか?」
 彼女は首を傾げる。
「覚えてないけど……あんなに派手に壊れてたら、気づくかも」
 確かに。ノートパソコンは悪意のかたまりをぶつけられたように壊れている。
「ほかには、なにか昨日の夜と違う点は?」
「血だまり。ほかは、やっぱりノートパソコン?」
 ありがとう、と答えて、オレはメールに返信する。


★久瀬へ:キグルミの中に何が入ってるか分かりますか?
 →【久瀬くんからの返信】調べてみたが、なにも入っていなかった。からっぽでぐったりしている。
★久瀬へ:右手に持って左脇腹を刺したのなら返り血を浴びてなければいけない。
 それを証明するものはあるか。また、そのままである場合、センセイは無抵抗で刺された事になる
 →【久瀬くんからの返信】確認したところ、返り血はなかったようだ!ありがとう!
★久瀬へ:動画の人物と、声や服装が照合できる相手はいるか
 →【久瀬くんからの返信】質問者の動画はワーグナーという人みたいだけど、今は連絡がとれないようだ。
★久瀬へ:ウリーンは逆再生するとニール。部屋の中にいたのはニールだということになる
 →【久瀬くんからの返信】ありがとう!部屋の中に、ニールがいたのか?
★久瀬へ:鏡をよく調べてくれ
 →【久瀬くんからの返信】とくにおかしなところはない、ただの鏡のようだ。
★久瀬へ:食器棚があるはずなんだけどそれが怪しいんだ。調べて見てくれないかな?
 →【久瀬くんからの返信】確認しているが、ティーカップなんかが綺麗に並んでいるだけだ。
 とくに気になる点はみつからない。
★久瀬へ:そっちのPCで逆再生はできないか?
 →【久瀬くんからの返信】現在、準備中だ。もうすぐ準備できそうだ。
★久瀬へ:美優ちゃんが昨日話したセンセイの声は、別の誰かとの会話の録音を編集したものの可能性がある
 美優ちゃんから会話の内容を聞き、思い当たりがある人間がいないか確認してほしい
 →【久瀬くんからの返信】思い当たる人物についてはわからないが、
 確かに会話に、奇妙なすれ違いのようなものを感じたと山本が言っている。
★久瀬へ:目撃者動画に映っているパソコンがセンセイの机の壊れたパソコンと同じ物か確認してほしい。
 →【久瀬くんからの返信】いや。どうやら違うもののようだ。

■久瀬太一/12月25日/18時15分

 オレは次のメールを確認する。

『右手に持って左脇腹を刺したのなら返り血を浴びてなければいけない。それを証明するものはあるか。また、そのままである場合、センセイは無抵抗で刺された事になる』

 その通りだ。
「昨日の夜、発見された時点で、山本は返り血を浴びていましたか?」
 と、オレは尋ねる。
「そんな情報はないわね」
 と宮野さんが言った。
 オレはいちおう、ファーブルも確認する。
「手に血がついていただけですね、今のところ判明しているのは」
 オレはスマートフォンをかかげて笑う。
「なら、おかしいとみんな言ってるぜ? どうして返り血を浴びていない? それに、センセイは無抵抗で刺されたみたいだ。へんだよな?」
 ファーブルもニールも沈黙している。
 オレはさらに次のメールを開く。

『動画の人物と、声や服装が照合できる相手はいるか』

 ファーブルが、不機嫌そうに答えた。
「こちらの、質問している方の男性はワーグナーです。先ほどから連絡を入れていますが、繋がりません」
 なるほど。確かに質問者から話がきければ、いろいろとわかりそうだ。
「引き続き頼む」
「貴方に言われるまでもなく」
 不機嫌そうなファーブルの声を聞き流し、オレは次のメールを開く。

       ※

『ウリーンは逆再生するとニール。部屋の中にいたのはニールだということになる』

 逆再生――どうして、そんなことを?
 だが、目撃者の動画には、おかしな点がある。
 なぜかこちらの動画は、PCかなにかのモニターに映ったものを眺めている視点だ。
 ――この動画は加工されている。
 そう考えればこの動画の声が奇妙な点にも説明がつく。
「雪さん、この動画、逆再生することは可能ですか?」
「可能なソフトが入っていない。少し時間がかかっていいなら」
「お願いします」
 ソファの上で、ニールがふんぞりかえって、足を組む。
「おいおい、どうして逆再生なんだよ?」
「知らないよ、そんなこと」
「なら適当なこと言ってんじゃねぇよ。普通、動画を逆再生なんかしないだろうか」
 動画を逆再生にした理由――。
 なにか、あったのか?
 動画がPC上で再生されていたのなら、何者かが、この動画を編集していたということだろう。
 一体、どうして?
 なぜそんな奇妙なことをする必要があったんだ?


★久瀬へ:ファーブル、アルベルト、ワーグナーは事件が発覚するまで
 絶対にその部屋を一歩も出ていないか確認してほしい
 →【久瀬くんからの返信】でていない、とファーブルが自信満々に答えている。どうやら強く監視していたらしい。
★★★完成した寄せ書き。
寄せ書き

■久瀬太一/12月25日/18時39分

 「準備できた」
 と、アルベルトが言った。
「解答者の動画を逆に再生すると、こうなる」
 ――いよいよだ。
 息をのんで、オレたちはPCのモニタをじっとみる。
 どこか聞き覚えのある、女性の声が聞こえた。


■目撃者逆再生

http://www.nicovideo.jp/watch/1419442805?via=thumb_watch

ニール。あ段の桶の中。


■久瀬太一/12月25日/18時45分

 質問者の動画と、目撃者の動画を組み合わせると、会話はこうだ。

『部屋の中にいたのは?』
『ニール』
『現場をみたのですね? どこからみていたのですか?』
『あ段の、桶の中』

 今、この場にいる全員の視線が、ニールに集まる。
 彼は相変わらずソファでふんぞりかえっている。
 天井を見上げて、長い息を吐いて、それからこちらをみた。
「で?」
「いや。お前、この部屋にいたのか?」
「いたよ。それが?」
「どういうことだよ!」
 ニールは一度、ソファから立ち上がろうとしたようだったが、やはり気が変わったのか座りなおす。
 彼は早口にまくし立てた。
「事件の第一発見者はオレだ、それは全員が知っていることだ、オレは山本の次にこの部屋に入った、だがそれがどうした? オレが部屋に入ったとき、こいつは床に倒れていた。だから大方目撃者――あの声はノイマンか? あの馬鹿には山本がみえなかった。だからオレが犯人だとでも勘違いしたんだろう。いったいどこに矛盾があるってんだ?」
「第一発見者なら犯人にだってなれるはずだ」
「はずだ? は、仮定でならどんな推測だってたてられるさ」
「山本を犯人扱いしたのだって仮定だろ」
「ああそうだな。だが一番可能性が高い仮定だ。不信な点があるにせよ、ナイフに指紋があるんだぜ?」
「あんなものなんの証拠にもならない。明らかに偽装だ。きっと調べれば、きちんとした証拠がでる」
「そうね、調べてみましょう」
 と、そう言ったのは宮野さんだった。
「ここにルミノールがあります」
 彼女は自慢げに、銀色の小袋をかかげている。
「なんでそんなもんがあんだよ!」
 とニールが叫ぶ。
「あと指紋採集用のアルミニウム粉末もあるわ。センセイへのプレゼント用に買っておいたのよ!」
 百歩譲ってプレゼントを用意してるのはいい。
「クリスマスにルミノールを贈るってどんなセンスですか」
「とある極秘の消息筋から、センセイは男の子が好きそうなものならたいてい好きだって聞いたから、頑張って選んだのよ」
 意外と高級品よと彼女は言う。たぶん宮野さん自身の趣味だと思う。
「指紋採集の方は実際に使ってみたわ。ね?」
 と宮野さんに振られ、山本がしぶしぶといった様子で頷く。
「私は指紋を取られました」
「それで無事、ナイフの手の跡が山本さんのものだと確定したわけよ」
 だからナイフの指紋のとき、自信満々に答えていたのか。
 宮野さんがちゃちな説明書を読み上げる。
「ええと、このルミノールと、こっちの過酸化ナトリウムを精製水に溶かすだけで、簡単にルミノール試薬を作れるらしいわ」
「おいふざけんなよ」
 ニールが怒鳴る。
「証拠品だぞ? 素人が勝手に薬品をぶっかけるつもりか?」
 まあ、たしかに常識的に考えれば、あり得ない話だ。
「まあいいじゃないですか」
 と、そういったのはファーブルだった。
 彼は宮野さんの手の中からルミノールの小袋を抜き取る。
「センセイに起こったことです。我々で解き明かそうじゃありませんか。――それとも、ニール。なにか不都合でも?」
 その嫌みな口調が、どこか頼もしく感じる。
 ニールはファーブルを睨みつけ、それから舌打ちした。
「無意味だ」
「無意味? どういう意味ですか?」
「凶器はおそらく、そのナイフじゃない」
 どういうことだ?
 ニール。お前は、なにを知っている?


■久瀬太一/12月25日/18時50分

 ニールは不機嫌そうに膝の上で頬杖をつき、続ける。
「簡単な話だ。オレがこの部屋に入ったとき、血は流れていなかった。センセイはおそらく死んでいたがな」
 思わず叫ぶ。
「なんだよそれ」
 めちゃくちゃだ。
「じゃあセンセイは死んでからナイフで刺されたってのか? そんな話、信じられるか」
 ニールは首を傾げる。
「お前がさっき騒ぎ立ててなかったか? センセイは無抵抗だった。ナイフで刺される前にもう死んでたんだ」
 いや、おかしいだろ、なんだそれ。
「だったら早くいえよ」
「うるせぇそのガキが犯人ってことで話がまとまってただろうが。余計なことをべらべらしゃべって話を長引かせたくなかったんだよ」
「冤罪でいいってのかよ!」
「そもそも犯人を捕まえるのは警察の仕事だろうが。オレたちがどうこういうことじゃない」
「なら山本を犯人扱いするのもやめろよ」
「知るかこいつしかいないと思ったんだよ、仕方ないだろうが」
 ニールは舌打ちする。
「状況は、ややこしくなるだけで本質は変わってない。犯人は、オレがこの部屋に入って、一度出て、また戻ってくるまでにセンセイにナイフを突き刺した。そのあいだ部屋にいたのは山本だけだからこいつが犯人だと思った。だが確かに証拠はない、別人がどこかに潜んでいたのかもしれない、お前の言う通りオレがついでにナイフを突き刺した可能性だってある。もう推理ごっこは終わりにしようぜ。オレたちには答えを出せない」
「不思議ね」
 宮野さんが言う。
「ナイフが凶器じゃなかったなら、いったいどうしてセンセイは死んだの?」
 そうだ。
 別の死因、なんてものが、あるのだろうか?
 ニールが、つまらなそうに白いサイドテーブルを指さした。
「ただの推測だがな。そこに紅茶がある。たとえばあれに、毒が入っていたんだとしたら?」
 オレたちは思わず、そのサイドテーブルをみる。
 確かに今も、そこにはティーカップが乗っている。
 口をつけた跡はあるか? わからない。
 と、ふと、肩に手が置かれた。
 小さな手だ。山本の手。
「だとしたら、本当に、犯人は私かもしれない」
 彼女は顔を上げて、まっすぐにオレをみて、言った。
「私、センセイに頼まれて、紅茶に薬を入れたの」
 ――実は、知っていた。
 あのバスでリュミエールにみせられた「光景」で、その場面をすでに目撃していた。
 確かにセンセイは、山本に「薬を入れてほしい」と言って。
 山本はそれに従って、紅茶に薬をいれた。
 ――あれが、毒薬だったのか?
 だとすれば山本は悪くない。
 センセイは、ほとんど自殺のようなものだ。
 でも、オレの肩に乗った彼女の手は、僅かに震えている。
「少し考えさせてください」
 と、オレはそう言って、オレは彼女を連れて部屋を出た。

       ※

 オレたちと一緒に部屋を出た人物が、もうひとりいた。
 アルベルト。彼女はノートPCを脇に抱えていた。
「私は『あ段の桶の中』を調べる」
 そうだ。
 ニールが目撃されていたことで意識が向かなかったが、目撃者は確かに、言っていた。
 ――どこからみていたのですか?
 ――あ段の、桶の中。
「あ段の桶の中って、なんですか?」
「昨日、館にいた人間ならわかる」
 そちらは任せて、と彼女は言った。


★久瀬へ:ソルはみんな、あなたを応援しています。
 私たちにしかできないこと、あなたにしかできないことがあります。私達、全力で頑張ります。
 久瀬さん、あなたにしかできないことを全力で成し遂げてください。私達なら、変えられる
 →【久瀬くんからの返信】ありがとう!ソルがいると心強いよ。

■山本美優/12月25日/18時55分

 平衡感覚がおかしかった。
 ――私が、人を殺した?
 そんなわけない、と、つい先ほどまで信じていた。
 でも確かに私は、センセイの紅茶に薬を入れた。
 白いカプセルの、なにも書かれていない薬だった。
 毒薬? まさか。毒薬ってあんな風なものなの?
 信じられない。でも――
 私は久瀬くんに連れられて、ひとつ手前の部屋に移動する。あの、数字の埋まった50音表のある部屋だ。
「君じゃない」
 と久瀬くんが言う。
「でも。私、薬入れたよ?」
 久瀬くんの声は冷静だった。
「死因がなんだったとしても、犯人はナイフでセンセイを刺したんだ。君じゃない誰かがあの部屋にはいた。そいつが犯人だ、と考えた方が自然だ」
「でも、私が入れた薬で人が死んだんだよ」
「だとしても君は悪くない。誰かが君のせいだって言ったならオレが怒鳴り返してやる。君自身が君のせいだっていうなら、いつまでもオレが反論してやる。君は悪くない。ただ巻き込まれただけの不運な被害者だ」
 冷たいくらいに真剣な顔で、そう言ってから彼はふっと笑った。
「実は昔から、君を尊敬してたんだ」
「え?」
 尊敬?
「なんて言ったかな。クラスにいた、偉そうな女の子」
「景浦さん?」
「そう。その子と、友達のために戦ったんだよな」
 そういうのって格好いいよと彼は言う。
 ああ、やっぱりこの人は久瀬くんだ。
 彼は自分のことは棚にあげて、人のことばかりをほめるんだ。
「オレは格好いい奴の味方だから、君は裏切らないよ。そもそも、まだ君が入れた薬のせいだって決まったわけじゃない。本当にセンセイが死んだのかもわからないんだ。落ち着いて、ゆっくり考えていこう」
 スマートフォンをいじりながら、彼は呟く。
「冤罪なんてものを、ソルが許すはずないんだ」
 ソル。
 私はその名前を知っている。


■久瀬太一/12月25日/19時

 今は山本のことを気にかけていたかったが、彼女のためにもメールチェックしないわけにはいかない。
 と、そのとき、次のメールが届いた。

『山本先輩が棚を見ている間に、紅茶を置いてあったお盆を何者かが回転させたものと思われます。つまり、山本先輩が入れた薬は山本先輩が寝る原因になっただけで、センセイの殺人には関係ないはずです』

 なるほど。そういうことか。
 オレはゆっくりと息を吐き出す。
「わかったよ、山本。ソルが教えてくれた」
「なにがわかったの?」
「君はやっぱり、あらゆる意味で無罪だ」
 リュミエールの光景。あの映像は、今はまだ手元にはないけれど。
 でも、山本が渡した紅茶が無害だっていうことは、簡単に証明できる。
「戻ろう」
 とオレは言う。
 山本はまだ怯えたような顔でこちらを見上げている。
 そうだ。こういう奴なんだ、山本は。気が強そうにみえて、そのせいで色々と損な役割をおしつけられたりするけれど、本当は脆くて優しい子だ。10年も前から、オレはそのことを知っていた。
 さっさと、山本を安心させてやろう。
「君が入れた薬は、たぶん睡眠薬だ。君自身が飲まされていたんだよ」


■久瀬太一/12月25日/19時05分

 センセイの部屋に戻ると、一同の視線がこちらに向いた。
「よう。お前らが逃げ出しちまったんじゃないかって、みんなで噂してたんだぜ?」
 とニールがソファにふんぞり返って言う。
「逃げるわけないだろ」
 それで気持ちが楽になるならそうしてもいいけれど、山本が気にしているのは昨夜の事件の真相なんだから、ここから逃げ出してどこにいけっていうんだ。
「だいたいわかったよ。ティーカップはすり替えられていた」
 宮野さんが首を傾げる。
「すり替え?」
「たぶんトレイが回転したんです。だからセンセイの隣に運ばれた紅茶には、そもそも薬なんか入っていない。薬が入った紅茶は山本が飲んだ」
 ニールは相変わらず不機嫌そうだ。
「どうしてトレイが回るんだよ?」
「誰かが回したんだろ。ほら――」
 オレは不気味な、少年ロケットのきぐるみを指さす。
「ちょうどテーブルの脇に、こんなにも犯人が隠れるのに最適なものがある。こいつの丸っこい手でも、トレイくらい回転させられる」
「そんなもんすげぇ目立つだろうが!」
「山本は少しだけテーブルから目を話していたんだよ」
 だよな、とオレは彼女にふる。
「うん。センセイが、薬は棚の中にあるって言って。でも、その薬は、テーブルの目立つ場所にあったから。へんだなと思った」
「そのあいだに、トレイは回転していたんだ」
「そんな証拠、どこにあるってんだよ」
 薬の梱包の向きが変わっていた――なんてことは、今さら証明しようがない。
 でもこの部屋には、わかりやすい証拠が残されている。
「目の前にあるだろ」
 オレはセンセイのデスクに――その隣にある、サイドテーブルに近づく。
 そして、そこにあったティーカップを手に取った。
 薬が入った紅茶を山本が飲んだなら、このティーカップに入っているのは、ただの紅茶だ。
 ――あとで警察か誰かに怒られるだろうな。
 そう思ったけれど、あとのことはあとで考えればいい。
 オレはそこに残っていた、冷めた紅茶を一息に飲み下した。


■久瀬太一/12月25日/19時10分

「冷めても結構美味いな」
 とオレは口を拭う。たぶん高い紅茶なんだろう。
「なにしてるの!」
 と叫んだのは山本だった。
「もし本当に毒が入ってたらどうするつもり?」
「ないよ。絶対」
「どうして言い切れるの?」
「ソルが言った」
 信じると決めたものは信じる。そこがぶれてしまうと、なにも進められなくなってしまう。
 だが山本は、目元に涙を浮かべて叫んだ。
「それでもし間違ってたら、めちゃくちゃトラウマだよ!」
 それはそうか。しまったな、本当に毒が入っている可能性なんて、まったく考えていなかった。
「うん。ごめん」
 とはいえ、なんにせよこれで山本が入れた薬とセンセイの死は無関係だということが証明された。
「ともかく、薬が入っているなら、もう一方だ」
 オレはテーブルの上に残された紅茶を指さす。
 そちらは、山本が飲んだ紅茶だ。
「きっとそっちの紅茶に、睡眠薬が入っている。みんな山本が眠っているあいだに起こったことなんだ」
「みんな推測だろうが」
 とニールが言う。
「なら、お前がそっちの紅茶を飲んでみるか?」
 舌打ちして、彼は引き下がった。
 オレは改めて、時系列を整理する。
「山本は22時に、この部屋にひとりでくるように言われていた。それは間違いないな?」
 彼女は頷く。
「うん」
「もしこのきぐるみの中に誰かが入っていたなら、そいつは22時よりも先に部屋に入ったことになる」
 宮野さんが首を傾げた。
「おかしいわね。ここの扉は、22時までは開かなかったはず」
「本当ですか?」
「もちろん絶対にとはいえないけど……」
「なんらかの理由で、このドアがそれよりも先に開いていたのだとしたら?」
「だとしても私たちは無罪ですよ」
 と、そういったのはファーブルだった。
「センセイはまず、山本さんだけが部屋に訪れるよう指示していました。私、アルベルト、それからワーグナーは、ゆっくりティータイムを楽しんでいました。そう、あちらの偉人たちの部屋でね」
 なるほど。
「じゃあやっぱりニールの容疑は外れないわけですね」
 あとはついでに宮野さんだが、まあ宮野さんのことは考えなくてもいいだろう。勝手にものを持ち出すくらいのことはするかもしれないけれど、人は殺さないはずだ。
 だが、その宮野さんが小さな唸り声を上げる。
「私とニールさんは、そのときは洋館にいなかったわ」
「そうなんですか?」
 ちっ、とニールが舌打ちする。
「飯食いに出たら、そいつもなんかついてきたんだよ」
 その場面は、リュミエールにみせてもらった記憶がある。シーザーサラダを食べていた。たしかあの映像の中で、宮野さんが時刻を宣言していたはずだ。
「21時、5分?」
 だっただろうか。
「そうよ! 私の可愛いボイスレコーダー1号がこの悪魔によって溺死させられたのよ!」
「勝手に人の声を録音しはじめるのが悪いんだろうが!」
「とりあえず落ち着いてください宮野さん」
 だいたいこういう場面は、宮野さんに非があるのが通例だ。
「21時ごろに食事をしていたのはわかりましたが、それが22時のアリバイになるんですか?」
「微妙に」
「どういう意味ですか?」
「それは私の完璧なチェックノートをみればわかるわ」
 と、そう言って。
 彼女は自信ありげに、大学ノートを開いた。


■宮野のチェックノート

・18時
 私、洋館に到着。
 先客はワーグナーひとり。
 聖夜協会についていろいろ聞き出そうとするが、あまり上手くいかない。
 彼はひとりで本を読み始めてしまう。
 私は棚のアイテムを調査。かわいいロボットの仮面をみつける。

・19時
 ファーブル、山本が洋館に到着。
 どうやら山本が今夜の重要人物らしい。

・19時20分
 アルベルトが洋館に到着。
 そっけない雰囲気。あまりやる気はなさそう。

・19時55分
 ひとつ目の扉がひらく。

・20時15分
 ニールが洋館に到着。
 話しかけたら怒鳴られた。危険人物。

・20時45分
 ふたつ目の扉がひらく。
 ニールが洋館を出たのであとをつける。
 決してお腹がすいていてご飯を食べたかったわけではない。

・21時
 雰囲気のよい洋食屋さんに入店。
 洋館からは徒歩で15分の位置。
 客はカップルが多い。思えばイヴである。
 ひとりきりスマートフォンをいじるニールが不憫だったので合席を申し出る。
 取材開始。

・21時15分
 取材終了。事故によりボイスレコーダー1台が破損。
 ニールはバーに移動。
 私はドイルに電話をかけ、この付近でニールが訪れそうなバーを聞き出す。
 意外に遠い。タクシー代は経費で落ちるだろうか?
 食事をとってから移動。

・22時
 みっつ目の扉がひらく。 
 私はバーに到着。暗い。安い。
 洋食屋さんからタクシーで20分の位置。
 ニールはおらず。
 ちょっとしたトラブルにより1188円の追加出費。

・22時45分
 私、洋館に帰還。
 バーからタクシーで25分。
 ちょうどそのころ、センセイが死んでいると騒ぎに。
 第一発見者はニールらしい。


※以降、ニールとファーブルはずっと「50音の部屋」で、センセイの部屋に繋がる扉を見張っていたと証言。


■久瀬太一/12月25日/19時20分

「こんなのあるならさっさと出してくださいよ」
 とオレは顔をしかめる。
「なんか自分で考えるのに夢中になってたわ」
 と宮野さんは答える。
 オレはノートをのぞき込んで、尋ねる。
「わざわざタクシーで20分もかかるバーに行ったんですか?」
「ええ。なのにこいつはいなかったわ」
「てめぇさっきまで敬語じゃなかったか?」
「今は久瀬くんと話してましたよニールさん」
「だとしても目の前でこいつは違うだろうが」
 このふたり妙に相性がいいな、と感じたがとりあえず今はどうでもいいことだ。
「じゃあニールがそのバーにいたっていう証拠はないわけですね」
「そうなるわね」
 ち、とニールは舌打ちする。
「オレがバーに行ったのは確かだ」
「どうしてわざわざタクシーに乗って? バーなんていくらでもあるだろ」
「前に何度か行って、悪くなかったんだよ。こっちにくるのは久しぶりだから、顔を出したくなったんだ」
「でもほとんど滞在してないな。21時15分にレストランを出て、まっすぐバーに向かったとしても到着は21時35分。でも22時に宮野さんがそこに着いたときにはもういなかった」
「流れている音楽が趣味じゃなかった。だから一杯だけ飲んですぐに出た」
 まあ、話自体に矛盾はない。
 ニールは22時30分にはこの洋館に戻っているようだ。
「そうだ、ニールさん。そのバーには日替わりメニューがあるんだけど」
「ああ? それがどうした?」
「実際、店に行ってみないとわからないらしいのよね。答えられる?」
「やっぱお前、言葉遣いぞんざいになってるだろ」
「そんな細かいことはどうでもいいの。本当に重要な情報に装飾なんていらないの。ほら、せーの」
「せーのってなんだよ」
 ニールはだるそうにうつむいて、ぼそりと答える。
「枝豆のペペロンチーノ炒め」
 なんだそれ。
 だいたい想像できるけど、食べたことはない。
「合ってますか、宮野さん」
「残念ながら正解ね」
「なんで残念なんだよ」 
 とはいえ、なんにせよ。
「おやおや、でしたらニールだけでなく、ベートーヴェンにも犯行は不可能だったということになりますねぇ」
 妙に芝居がかった声で、ファーブルが言った。
 確かにレストランを21時15分に出て、バーを回って帰ってくると、最速でも22時ジャストだ。22時にはすでに、山本がセンセイと会っている。
 山本が部屋に入る前に、何者かがあのきぐるみに潜んでいたのだとすれば、昨日この洋館にいた全員にアリバイがあることになる。
 ――答えは、この中に犯人はいない?
 本当にそれでいいのだろうか?


★久瀬へ:紅茶を用意した人が誰か分かる?周りの人に聞くなりして調べてほしい。カップに指紋もあるかも。
 →【久瀬くんからの返信】ここにいる人たちは、紅茶を用意していないそうだ。
 指紋に関しては、宮野さんが嬉々として調べた。とりあえず指紋は出てきた。

■久瀬太一/12月25日/19時30分

 オレはソルからのメールを読み進める。

『紅茶を用意した人が誰か分かる?周りの人に聞くなりして調べてほしい。カップに指紋もあるかも』

「この中に、この紅茶を用意した人はいますか?」
 とオレは尋ねる。
 だが、だれも名乗り出ない。
「この中にはいないようですね。誰かが嘘をついていない限りは」
 と、ファーブルが答える。
「じゃあ、宮野さん」
「なに?」
「ちょっとこのカップの指紋を調べたいんですが」
「お。任せなさい。こんな時のために用意していたのよ」
 と彼女は指紋を取るための粉を取り出す。
 それはプレゼント用だと言っていただろう、と思ったけれど口には出さず、経過を見守る。
「おいおい、証拠品だぞ」
 とニールがいうが、宮野さんは嬉々としてティーカップに白い粉をつけていく。

       ※

 しばらくして、彼女は言った。
「結果がでたわ」
 一同が宮野さんに注目する。
「でてきた指紋は、たぶん全部で3種類ね。ひとつは山本さんのものよ」
 山本の指紋があるのは当然だ。
 彼女は一方のカップをセンセイのサイドテーブルに運び、もう一方は自分で飲んでいる。
「残りの2つは、誰の指紋でしょうね?」
「今のところ、わからないわ」
 宮野さんは一同を見渡して、
「みんな、指紋を提出してちょうだい」
 と彼女は言った。


★久瀬へ:宮野さんにタクシー代を経費で落とすための領収書、およびトラブルで支払ったレシートを
 持っているか 聞いてほしい、あったらアリバイが確定するかもしれない。
 →【久瀬くんからの返信】タクシー代の領収書はあった。トラブルで支払った方は、レシート等はないようだ。

■久瀬太一/12月25日/19時40分

『宮野さんにタクシー代を経費で落とすための領収書、およびトラブルで支払ったレシートを持っているか聞いてほしい、あったらアリバイが確定するかもしれない』

 なるほど。
 宮野さんが犯人だとはなんとなく考えていなかったが、確かにその通りだ。
「宮野さん。このバーへの往復のタクシー代、経費で落ちます?」
「あわよくば、ね」
「じゃあ、領収書ありますか?」
「もちろん」
 彼女は鞄をごそごそやって、2枚の領収書をこちらにみせる。
 レストランからバーに向かったもの。
 バーからこの洋館に帰ってきたもの。
 ともに、違和感はない。
「じゃあ、このトラブルで支払った1188円っていうのは?」
「それは個人的に買い取ったわ。さすがに難しそうだし、わりと気に入ったし」
「レシート等も?」
「ないわね。売り物じゃなかったし」
「なにがあったんですか?」
「塩入れが壊れたのよ」
 塩入れ?


★久瀬へ:宮野さんへ「スノードーム型の塩入れを壊したんですか?」って訊いてくれ
 →(回答なし)

■久瀬太一/12月25日/19時56分

『スノードーム型の塩入れを壊したんですか?』

       ※

 ――スノードーム型?
「宮野さん」
「なによ?」
 どうしてこの人の返事は、いつも怒っているように聞こえるのだろう?
「その、バーで壊した塩入れっていうの、もってますか?」
「ええ。それが?」
「みせてください」
 宮野さんは軽く首を傾げたけれど、鞄の中からなにか取り出し、たん、と机の上に置く。
「これよ」

塩入れ

 これは――確かに、スノードーム型の塩入れだ。
「思いっきり振ったらすっぽ抜けたわ」
 正面からみると、ひびわからないでしょ? と彼女はいう。
 意外と嬉しそうだ。好みの商品なのだろう。


■久瀬太一/12月25日/20時05分

 スノードーム風の塩入れには、思い当たることがあった。
「ニール」
「あ?」
「これ、なんにみえる?」
 彼はしばらくテーブルの上の塩入れを眺めてから、ゆっくりと答えた。
「スノーグローブ、風の塩入れ」
「これをみたことは?」
「……あるよ」
「どこでみた?」
「バー」
「昨日の夜に行ったバー?」
「そうだよ。それがどうした」
「それはおかしい」
 あの、リュミエールの光景でみたレストラン。
「レストランで宮野さん――ベートーヴェンに会ったのはバーに行く前だったはずだ。でもお前は、その時点でスノーグローブと塩入れを間違えている」
「ああ?」
「逆ならわかるよ。スノーグローブ風の塩入れをスノーグローブと間違えるのはまだ自然だ。でもその反対はおかしい。お前は先に、こいつをみてたんだ」
 バーにあった、スノーグローブ風の塩入れを。
「ニール。あんたがバーに行ったのは、レストランに行く前だ。この洋館にくる前に寄っていたんじゃないか?」
 ニールは、今日何度目かの舌打ちをする。
「まてまて、オレがスノーグローブと塩入れを間違えたなんて証拠、どこにある?」
「ここにあるわ」
 宮野さんがボイスレコーダーを取り出す。
「おい、そいつは壊れたんじゃなかったのか?」
「機材は2台ずつ用意するのが取材の鉄則よ」
 宮野さんが再生ボタンを押す。

『えー、12月24日の、21時05分になりましたが』

 あの映像で聞いた声が流れ始めた。


■久瀬太一/12月25日/20時10分

『おい、塩』
『塩?』
『取ってくれって言ってんだよ』
『ありませんよ。店員さーん』
『そこにあんだろうが』
『どこですか?』
『そこ』
『これ?』
『それだよ』
『これ、スノーグローブですよ』

       ※

 ボイスレコーダーと目の前のニールが、同時に舌打ちした。
「そこまででいいです」
 とオレは告げる。
「ニール。お前がスノーグローブを塩入れだと勘違いしたのは間違いない。昨日の21時過ぎ、あのレストランで、だ」
 ニールは大きなため息をつき、それから首を振る。
「お前が言ってんのは状況証拠ばかりだ。それだけじゃオレが先にバーに行ってたって証拠にはならない。同じ商品を別の場所でみていたのかもれしないし食卓にあったスノーグローブが塩入れに似ていたのかもしれない。それにバーに行っていないことが、ここできぐるみに入っていた証拠にはならない」
「でも、極めて疑わしい」
 証拠が充分じゃなくても。
「現場で倒れていた少女が、もうすでに凶器じゃなくなったナイフを握っていただけで犯人扱いされるよりもずっと、疑わしい」
「勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
「そうかな。センセイはナイフで刺される前にもう亡くなっていた。だとすれば犯人はどうしてナイフでセンセイを刺したんだ? 山本が犯人だと偽装するためだと考えるのがいちばん説得力がある。そして、それが可能だったのは、この中じゃニール、お前だけだ」
 ニールはつまらなそうに首を振る。
「いいから、あとは警察に任せてもう帰れよ」
「そういうわけにはいかない」
 ――洋館の真相に、お前が望むものが眠っている。
 バスの中の少年ロケットは、確かにそう言った。
 オレはここで、真相を解き明かさなければならない。
「ニール。お前が犯人なのか?」
「オレが頷けば、満足か?」
 ニールは笑う。こちらを馬鹿にしたように。
「じゃあもう、オレが犯人でいいよ」
 ――なんだ、それ。
「ほら、探偵ごっこはおしまいだ。さっさと帰りな」
 彼はソファの背もたれに身体を預け、こちらを追い払うように手を振る。
 これで、真相だってことでいいのか?
 すっきりしない。
「どうしてセンセイを殺したんだよ?」
「寒かったんだ」
「そんなことが理由になるか」
「いちいち理由なんて捜してんじゃねぇよ。ただの気まぐれでなにが悪い?」
 そんなの、もう滅茶苦茶だ。
 ――ニール。
 本当に、こいつが犯人なのか?
 こいつはいったい、なにがしたいんだ?
 一体、オレはなにを言えばいい?
 わけがわからなくて、ただニールを睨む。
 そのとき。部屋の扉が開いた。
 
       ※

 入ってきたのはアルベルトだ。
「あ段の桶の中を調べていた」
 と彼女は言う。
 確かに、彼女はそうすると言っていた。
「棚の裏に監視カメラがあった。この部屋を撮っていたものだろう」
「じゃあ――」
 それをみれば、すべての真相がわかる!
「ふざけるな!」
 とニールが叫ぶ。
「中をみたのか? お前は誰の味方なんだ!」
 ――誰の味方なんだ?
 アルベルトは、自分の味方だと言いたいのか?
 彼女は首を振る。
「データはなかった」
「え?」
 どうして。
「すべてPCに保存されるようになっていた。だがそのPCは、壊されている」
 彼女は部屋の前方に視線を向ける。
 そこには確かに、壊れたPCがある。
「は」
 とニールが笑う。
「ははっ。残念だったな。さぁ、もうどうしようもないぜ?」
 アルベルトは淡々と告げる。
「代わりに、友人に連絡を取っておいた」
 友人?
 アルベルトはこちらの顔をのぞき込む。
「あの光景、『こちら側』で使うのはちょっと面倒なの。貴方が真相を想像できたなら、その映像をみられるはずよ」
 光景?


■久瀬太一/12月25日/20時15分

 真相を想像しろ、といわれても、どうしていいのかわからなかった。
 オレはとにかく、現状で気になっていることを羅列する。

 ――センセイが死んだのはいつだ?
 山本がこの部屋で気を失ってから?
 毒かなにかで殺されてから、ナイフを突き刺された?
 なんだか違和感がある。始めからナイフを使った方が効率的なはずだ。
 だが、センセイが山本に会うよりも先に死んでいたのだとすれば、おかしい。山本は誰と会話していたというんだ。

 ――ニールはなにを隠している?
 犯人だ、とまで言っておきながら、いまさらなにを?
 警察では証言をひっくり返せるように、致命的なことは言わないでいるのだろうか?
 あるいはほかに、なにか隠していることがあるのだろうか?

 ――ニールにおかしな行動はなかったか?
 たとえば、ルミノール試薬。
 宮野さんがあの薬をナイフに使おうとしたとき、違和感を覚えた。
 どうしていきなり、別の死因を語り始めたんだ?
 山本に、自身が毒殺したのだと思わせるため?
 だがその行動は、ナイフの偽装工作と矛盾する。

 ――そもそも、なぜセンセイは刺されなければならなかった?
 始めから毒殺だということにしておけば、昨夜の段階で山本は罪を認めていたかもしれない。
 毒殺という証言自体が嘘なのか?
 あるいは、別の理由があるのか? 

 ――なぜセンセイは、左脇を刺されていた?
 今となっては、些細な点のように感じるけれど。
 山本は右利きだ。ナイフも、右手で握るように偽装されていた。
 ならわざわざ不自然に左脇を刺した理由はなんだ。

 ――ノートPCが壊されていたのはなぜだ?
 監視カメラのデータを破棄するため?
 だが、犯人がニールだとすれば、彼はまるで監視カメラの存在自体は知らないようだった。
 監視カメラがみつかった、とアルベルトから聞いたときの反応は、明らかに過剰だ。

 考えるが、わからない。
 なんでもいいから手がかりが欲しかった。


★久瀬へ:そういえば指紋どうなった?
 →【久瀬くんからの返信】カップにある正体不明のふたつの指紋は、今ここにいる誰とも一致しなかったようだ。
★久瀬へ:美優さんに昨日のセンセイとの会話の声はおかしくなかったか?
 こちらがリュミエールの光景で確認した限りでは録音のように聞こえた。
 →【久瀬くんからの返信】録音かもしれない。紅茶を運んでから、紅茶を運べって頼まれた、と山本が言っている。
★久瀬へ:コーヒーカップの指紋と君が少年ロケットにもらったスマートフォンの指紋を比較してみて。
 一致したらニールはメリーをかばってる
 →【久瀬くんからの返信】一致した。

■久瀬太一/12月25日/20時35分

 オレはメールをチェックする。

『指紋どうなった?』

 そうだ。
「宮野さん、指紋は?」 
「とりあえず、ここにいる人たちの指紋と、カップの指紋は一致しなかったわ。もちろん山本さんをのぞいて」
 そうなのか。
 ならつまり、今この場にはいない2人がこの部屋に入っていた、ということだろうか。


『昨日のセンセイとの会話の声はおかしくなかったか?こちらがリュミエールの光景で確認した限りでは録音のように聞こえた』

 オレは山本に尋ねる。
「なあ、昨日のセンセイとの会話、へんだって言ってたよな?」
「うん」
「それが録音だった可能性はあるか?」
 少し考えて、山本は頷く。
「私が紅茶を運んでから、紅茶を運べって頼まれたよ」
 なら、その可能性は確かにある。

『コーヒーカップの指紋と君が少年ロケットにもらったスマートフォンの指紋を比較してみて。一致したらニールはメリーをかばってる』

       ※

 どういうことだ?
 ――わからない、けれど。
「宮野さん、このスマートフォンの指紋を取ってもらえませんか?」
 彼女は顔をしかめる。
「あんたの指紋は関係ないでしょ」
「別の指紋もあるのかもしれないんですよ」
 彼女は、わかったわ、と答えて、スマートフォンの指紋を調べる。
「お、確かにあるわね」
 あった。
 ――メリーの指紋?
 なぜ?
 いや、とにかく。
「その指紋、ティーカップの指紋と一致しませんか?」
「待って」
 彼女はふたつの指紋を見比べて、ゆっくりと口をひらいた。


★久瀬へ:ナイフと血溜まりにルミノールを使ってほしい。ニールが不自然に別の死因を主張し出したのは、
 ナイフの跡と血溜まりが本物のセンセイの血液ではないからの可能性がある。
 →(回答なし)

■久瀬太一/12月25日/20時45分

「一致したわ」
 宮野さんが、こちらをみる。
「これ、誰の指紋なの?」
「メリー」
 オレはニールをみる。
「この部屋に、メリーがいたのか?」
 彼は答えない。

       ※

 ――センセイの声が録音だとしたら?
 山本はずっと、録画再生されているセンセイの声を相手に会話していた。 
 その相手が、メリーだった。そう考えるのが、自然なようにみえる。

 ――ニールはなにを隠している?
 それはおそらく、この部屋にいたもうひとりの痕跡を。
 きっとメリーの痕跡を。

 ――ニールにおかしな行動はなかったか?
 ナイフにルミノール試薬を使うことを、強く拒絶した理由はなんだ?

       ※

 次のメールが届く。

『ナイフと血溜まりにルミノールを使ってほしい。ニールが不自然に別の死因を主張し出したのは、ナイフの跡と血溜まりが本物のセンセイの血液ではないからの可能性がある』


■久瀬太一/12月25日/20時55分

 もうルミノールを使ってもいいだろう、という気になっていた。
 オレは宮野さんの耳元でささやく。
「ルミノール、用意していただけますか?」
「いいの?」
「オレが責任を取ります」
 どう取るのかはよく知らないが。
「オーケイ」
 と宮野さんは答える。

       ※

 彼女が戻ってくるまでのあいだ、オレはニールに尋ねる。
 メールできていた質問だ。
「お前がかばっているのは、佐倉みさきか?」
 彼はなにも答えない。
「パソコンを壊したのはなぜだ? あの監視カメラの映像を破棄するためか?」
「うるせえよ」
 と彼は言う。
「もうなんだっていいだろ。犯人はオレだって言ってんだぜ?」
 にらみ合っているあいだに、宮野さんが戻ってきた。
 ペットボトルを握っている。あれがルミノール試薬だろう。
 オレはそれを受け取って。
「明かり、消してもらえますか?」
 そう言って、中の薬をばらまいた。

       ※

 蛍光灯が消える。
 反応があったのは、床の血だまり、ナイフの先端。そして。
 血がついていなかったはずの、ナイフの根本の部分だった。


★久瀬へ:今八千代は近くにいますか?居たらメリーに連絡を取れるか?
 →【久瀬くんからの返信】雪によると、八千代は館の前で待っているとのこと。彼女に呼んできてもらう。
★久瀬へ:PCの指紋も調べてくれ
 →【久瀬くんからの返信】この部屋に多く残されている指紋がある、とのこと。
 ティーカップの指紋のうちのひとつもこれ。おそらくセンセイ自身のものだと思う。

■久瀬太一/12月25日/21時05分

 ――ナイフの根本の方にも血。
 それは、なにを意味している?
 考え込んでいるあいだに、メールが届いた。

『今八千代は近くにいますか?居たらメリーに連絡を取れるか?』

 オレは雪に向かって尋ねる。
「そういえば、ドイルはどこに行ったんですか?」
「屋敷の前で待っているみたい」
 そうか。
「すみませんが、呼んできてもらえますか?」
 わかった、と応えて、雪は席を外す。
 オレは次のメールをひらく。

『PCの指紋も調べてくれ』

「宮野さん、PCの指紋を調べてもらえませんか?」
「さっきやったわ」
 ……どうして、そんなことを。
「センセイの指紋を知りたかったのよ。PCにある指紋は、この部屋のあちこちに残ってるみたい。たぶんセンセイのものでしょうね」
 なるほど。
「ついでに、その指紋がティーカップの、最後の指紋と一致したわ」
 宮野さんはにっこり笑う。
「山本さん、センセイ、それからメリー。ティーカップはたぶんこの3人で決まり」


■久瀬太一/12月25日/21時18分

 オレはこれまでの情報を整理する。
 山本の会話は、録音だった。
 つまりセンセイは、この部屋に山本の前に訪れた誰かにたいして、あれを騙っていた。
 ――その誰かが、メリー?
 会話内容が親しそうだったことを考えても、可能性は高そうだ。

 ニールは、メリーをかばっている。
 ――なら、メリーがセンセイを殺した?
 わからないが、少なくともニールはそう判断した。
 そして真犯人の痕跡を消そうとした。
 きっと、その真犯人を守るために。
 だからニールは自分が犯人だとされることに、大した抵抗もみせなかったのだ。
 すんなり自分が犯人だと、認めてみせたのだ。

 わからないのは、なぜセンセイは刺されなければいけなかったのか、だ。
 センセイを刺したのは、ニールか、メリーか。
 どうしてその時点ではもう死んでいるはずのセンセイが刺されたのか。
 ――どうして?
 そう考えたとき、スマートフォンが、震えた。


■久瀬太一/12月25日/21時25分

 『その部屋で血を流したのはメリーかもしれない』

       ※

 メリーが、血を流した。
 山本とあったとき、センセイはまだ生きていたように装うために。
 それは本来、センセイと真犯人の会話だった。だからところどころ食い違いがあった。
 ニールはおそらく、ノートPCに保存されていた監視カメラの動画を使ったのだ。でもその監視カメラがどこにあるのかまではわからなかった。だからノートPCを壊して満足していた。
 ニールは、山本が紅茶に入れた薬が睡眠薬だと知っていたのだろう。
 これは完全な当てずっぽうだけど、真犯人から聞いたというのが、いちばん説得力があるように思う。この予想も、真犯人がセンセイにとって親しい人物だったことを指している。
 ともかく少年ロケットのきぐるみにひそんだニールは、山本に睡眠薬を飲ませることに成功した。
 山本が眠ってしまってから、彼はセンセイの左脇にナイフを突き刺す。
 なぜ、センセイは刺されなければならなかったのか?

 ――だから、なのか?
 センセイは、流れた血で真犯人の血を隠すためだけに、刺されたのか?
 それは、めちゃくちゃだけど、辻褄が合うような気がした。
 なぜか不自然に左脇を刺されたセンセイ。
 一度、ナイフの根本に付着し、拭われた血。
 その痕跡が発見されるのをおそれて、ニールはルミノール試薬の使用を強く拒んだ。
 ニールは、徹底的にメリーの痕跡を消そうとして。
 そのために、センセイを刺したのか?

       ※

 そこまで考えたとき、ふいに、強いめまいに襲われた。
 視界がぐるぐると回り、思わず膝をつく。
 気持ち悪くて、目を閉じた。
 ――なんだ?
 オレの身体に、なにが怒っている?
 ふいに、声が聞こえた。
 ――条件を達成しました。
 ――リュミエールの光景、起動します。
 そして、暗い視界に、光が射した。

       ※ 
 
 それは白い、長方形をした光だった。映画のスクリーンのような。
 白いスクリーンの左下に、ふっと文字が浮かぶ。
 ――リュミエールの光景、起動。

【BREAK!!/BAD FLAG-08 推理失敗 回避成功!】


■座らないのか

http://www.nicovideo.jp/watch/1419442868?via=thumb_watch

■久瀬太一/12月25日/21時30分

「ニール」
 と、オレは彼に呼びかける。
「お前、」 
「はっ。なんのことだよ」
 彼が素直に認めるとは思えない。
 だが、ひとつだけ、考えていたことがあった。
「山本がこの部屋に入る前、お前ともうひとりがこの部屋にいたとして。そのもうひとりは、どこにいったんだろうな」
「あ?」
「お前はこのきぐるみの中にいた。じゃあ、もうひとりは? この部屋から、上手く逃げ出せたのかな」
 これも、状況証拠だ。
 確信はない。
 だが、違和感があった。事件のあと、どうしてニールはずっと、ファーブルと一緒にこの部屋の扉を見張っていたのか。その行動は奇妙だ。
 ――もしも、ニールが見張っていたのが、扉ではなくファーブルなら。
 彼が扉の前から離れるときをずっと待ちわびていたなら、説明がつくように思う。
「お前がかばっていた『誰か』は、まだこの部屋の中にいる」
「……どうしてそうなる?」
「逃げ出すタイミングがなかったから。まだお前たちがこの部屋にいるうちに、部屋の前には山本がやってきた。山本を眠らせてあれこれ工作して、それから逃げ出そうとしたら他のひとたちが来てしまった。だからお前は第一発見者のふりをした」
「適当にめちゃくちゃなことを言ってんじゃねぇ」
「この部屋に、もうひとり誰かいるなら、隠れられる場所はそう多くない」
 たとえば、ロケットのきぐるみの中。
 オレはそこを確認してみるが、からだ。
 なら、もうひとつ。
「ニール。お前、ずっとそのソファから動かないな」
「気に入ってんだよ。別にいいだろ」
「そのソファ。中にものをしまえるタイプじゃないか?」
「知らねぇよ」
「立て、ニール」
「ああ?」
「その中をみせろ」
「ふざけるな。立とうが座ろうが、オレの勝手だろうが」
「ニール」
 オレはゆっくりと彼に近づいた。
 そして、飛びかかる。
「やめろ」
 ニールがソファに座ったまま、オレを蹴り飛ばす。だが、弱い。踏みとどまってその足をつかんだ。彼をソファから引きづり下ろしながら、叫ぶ。
「宮野さん!」
「オーケイ」
 彼女はソファに手をかける。やはり、それは開くようだ。
「やめろ」
 とニールが言った。
 だが、宮野さんがやめるはずがなかった。
 彼女はがばりと、ソファを開く。
 そこには――


■久瀬太一/12月25日/21時35分

 実のところ、気づいていた。
 あの、リュミエールの光景の最後に聞こえた声。
 それは、佐倉みさきの声だった。
 ――いや、ちえり?
 判断はつかない。だが、どちらかだ。  
 ――彼女が、センセイを殺した?
 そんなわけない、と確信していた。
 ニールは勘違いしたのだ、きっと。
 真相に辿り着けば、それがわかるはずだ。
 だが。

       ※

 彼女はがばりと、ソファを開く。
 そこには、小さなメモが1枚、落ちているだけだった。
 少し血がついてる。ソファの中にも、血のあとがあった。
 メモには、1行だけ。

『星をみた公園によっていきます』

 ただそれだけが、書かれていた。


■久瀬太一/12月25日/21時40分

 メモ。
 いや、血か?
 それをみたとたん、ずきんと頭がいたんだ。
 ――久しぶりだな、おい。
 この、急な頭痛。
 まったく、止めて欲しい。
 視界がぼやけて、平衡感覚がなくなった。
 よろめいたオレを、山本が支える。
「大丈夫?」
「ああ」
 大丈夫。オレは大丈夫だ。だから。
「千葉」
「え?」
「いかないと」
 上手く立っていられなくて、オレは山本の肩をつかむ。でもそれが想像よりもずっと細くて、びっくりして、離した。
 壁によりかかって、言った。
「いかないといけないんだよ。変な思い込みで、つまらない結末じゃ終わらせられないだろ」
 星をみた丘? なら、みさきか?
 わざわざ書き置きを残したんなら、こいってことだろ。
 どこにだって行ってやる。
「八千代がいるはずだ。女の子を助けるためだって伝えてくれ」
 あいつならたぶん、オレをそこまで送ってくれる。


■久瀬太一/12月25日/21時50分

 完全に意識を失ったようだった。
 また、オレはバスの中にいた。
 きぐるみが言う。
「覚えてるかい? あの公園」
 もちろん、とオレは答える。
 それはちょうど12月25日。
 星空を見上げて、芝生に寝転がった公園だった。

芝生に寝転がった公園


★★★現地を「みなと公園」と推測。

■山本美優/12月25日/22時

 久瀬くんは、みるからにふらふらだった。
 八千代さんにもたれかかった彼に、私はいう。
「行かないでよ」
 どうして、久瀬太一は。どこかに行ってしまうんだ。
「ずっと昔、病院を抜け出したって聞いたときから言いたかった」
 ただ、ひとつだけ。
「無茶して、勝手にどこかにいかないでよ」
 久瀬くんは、意識がないようだった。
 でも、うっすらと目を開けて、笑った。
「行くよ」
「どうして?」
「クリスマスだし」
 なんだ、それ。
 わけがわからなかった。泣きそうだ。
「本当は理由なんて、いらないんだ」
 そう言って彼は、また目を閉じる。
「もういいかい?」
 と八千代さんが言った。
 ――いいわけない。
 もう一度、いかないでと言おうとして。
 なんだか言葉が詰まって。
「助けにきてくれてありがとう」
 と私は言ったけれど、彼はもうなにも答えなかった。


★★★名前のないキーホルダー。最後の望み。ミルキーも入っている。
最後の望み

■星をみた公園

 私は彼らよりもひと足先に、あの公園に到着した。
 物語は確実に、急速に進んでいる。
 ルールの下でいくつもの願いが混じり合い、うごめいて、とても複雑な形になっている。
 私は彼らが公園の丘に現れる前に、丘からみえる、大きな道路を一本挟んだ先のバス停に移動した。現状、私と彼らが会う必要はない。
 バス停には、薄い青色と赤色の小さなベンチが4つ並んでいる。
 ――もうすぐこの場所に、彼女が来る。
 そのとき、ここに「あの魔法」があれば、それはきっと彼女に届くだろう。
 私は、ベンチの上に、彼らへあてたメッセージカードを置く。
 願いをこめて。
 それから、バス停を後にする。


■星をみた公園2

 私は交差点の角からじっと、バス停をみていた。
 ――まだだ。
 バス停のベンチに、まだ彼と彼女の魔法は届かない。


■星をみた公園3

私は交差点の角からじっと、バス停をみていた。
 時間がない、と何度目かの時計を確認した。
 そのとき。
 ――きた。
 静かな夜に、大きな足音が聞こえた。
 それは夜空を照らす強い光のようでもあった。
 現実と物語を繋ぐものだった。
 目にみえる、わかりやすい奇跡だった。
 ――これで、クリスマスの今夜のミッションは、すべて完了だ。
 彼らの手で生み出したプレゼントは、きっと正しく機能する。
 間違いなくそうなるはずだ、と確信した。


【BREAK!!/BAD FLAG-07 ハッピーエンド 回避成功!】
【BAD FLAG-ALL BREAK!!】 


★★★バス停に置かれていたメッセージカード。
メッセージカード
★★★メッセージと共に残されていた音声:DL

あなたたちが作ったプレゼントを現実のものにしましょう。



■八千代雄吾/12月25日/23時10分

 ――女の子を助けるためだ。
 とこいつは言った。
 なんてクリティカルなセリフだよ、と思わず笑う。断れるわけがなかった。
 オレは千葉を南下する。
 とはいえ、千葉のどこだよ。
「おい、久瀬。起きろ」
 呼びかけてみるが、答えない。とにかく今は車を走らせるしかない。
 と、そのとき。
 スマートフォンが震える、低い音が聞こえた。
 ――なんだ?
 オレのじゃない。
 気がつかなかったが、助手席で眠っている久瀬は、ずっとスマートフォンを握り締めていたようだ。
 なにか手がかりはないか、と、そのスマートフォンを手に取る。
 そこには。
 求めていた情報が、ストレートに乗っていた。 

『メリークリスマス! 面倒見がいい男は恰好いいよ!
 目的地は千葉のみなと公園というところみたいです。
 そこから、丘の上からみえるバス停? にいってください。
 それじゃあがんばって。応援してるよー! 臨時代理人より』

 なんだ、これ。と思った。
 でもあるいは。
 クリスマスに、たったひとつ、ちいさな奇跡が起こったのかもしれない。
 オレはアクセルを踏み込む。


■佐倉みさき/12月25日/23時20分

 とても寒い。
 私はコートのポケットに両手をつっこんで歩く。
 あの公園の芝生の上で、ほんの1分くらい立ち止まって、空をみあげる。
 空は曇っていて、星はよくみえない。
 やっぱり、あのときとは違うのだ。
 私は今、ピンチだろうか?
 ――なかなか難しい命題だな。
 と私は思う。
 悲しいは悲しいし、苦しいは苦しい。
 でも、ほっとした、という風な思いもある。
 ――昨日、センセイが完全に消えて、プレゼントが生まれた。
 物語に関わるすべての人たちが納得する結末?
 確かそんな効果だったように思う。
 そのプレゼントはおそらく昨夜使われたのだけど、効果はなかなか複雑そうだ。
 少なくとも。
 ――そのプレゼントが使われた直後、おそらく、私は久瀬くんの魔法を忘れた。
 あのキーホルダーにこもった、ひとつの約束。
 私には絶対に悲しいことが起こらない、という、スペシャルな魔法。
 その魔法が消えてしまうことが、きっとハッピーエンドへの道筋だったのだろう、と予想できる。
 幸福になるのがすべての人であれば、もちろん久瀬くんも含まれるから。
 とりあえずあの魔法自体がなかったことにならなければ、いろいろと面倒だったのだろう。
 すべてを忘れて、久瀬くんは平穏な生活を取り戻したはずだった。
 彼が平穏なら、とりあえず私も平穏だということは簡単だ。
 ――なのに。
 今日のお昼に、私はあのキーホルダーのことを思い出してしまった。
 どうして?
 私自身に理由がないとすれば、おそらく。
 キーホルダーの魔法が消えてしまった結末が許せない人が、ぽんとこの世界に現れてしまったのだろう。
 だから「物語に関わるすべての人たちが納得する結末」を作るプレゼントは、あのキーホルダーを消したままではいられなくなったのだ。
 きっと。
 私が悲しむたびに、私のところに駆けつけたいと思ってくれた人がいるんだ。

       ※

 目の前にはバス停がある。
 私はこれから、バスに乗る予定だけれど、このバス停は関係ない。
 なんとなくちらりとベンチをみた。
 ――そこに。
 なぜこんな場所にあるのだろう?
 見知ったキーホルダーがあるのをみつけた。


■久瀬太一/12月25日/23時23分

 暗闇の中で、一瞬、なにかが光った気がした。
 眩しい。直後。
「おい、久瀬! おきろ!」
 と、声が聞こえた。
 ――八千代?
「ここだろ?」
 と彼は笑う。
 速い速度で車が走っている。
 目の前に、あの公園がある。
「ここだ」
 間違いない。
 と、オレは答えて、ドアを開く。
 振り返らずに言った。
「ありがとう」
 そして、オレは駆け出す。 
「丘の上からみえるバス停だ」
 いけ、と八千代が叫んだ。


■佐倉みさき/12月25日/23時25分

 キーホルダー。なんで?
 足を踏み出せない。
 それを手にとりたくて仕方がなかった。
 握り締めて、大声で、彼の名前を呼びたかった。
 でも。
 そうするわけにもいかなくて。
 長いあいだ、私はここから足を踏み出せなくて。
 目を閉じて、大きく深呼吸をした。
「クリスマスはもう終わりだよ」
 と声に出してみる。
 それから。
 ようやく、次の一歩を踏み出した。
 そのとき。
「みさき!」
 と、叫び声が聞こえた。


■久瀬太一/12月25日/23時27分

 なぜ、こんなに。頭が痛いんだろう?
 わからないまま、オレは走る。
 彼女と寝転がった芝生を駆け抜けて、まっすぐに走る。
 バス停がみえた。そこに彼女がいるのがわかった。
 オレは公園と道路を隔てる、1メールほどの段差を跳び降りる。
 すぐそこにみさきがいた。
 彼女はバス停に置かれたキーホルダーを、じっとみていた。
 でも、それに背を向けて。
 どこかに歩み去ってしまう。
「みさき!」
 と、オレは叫んだ。


■佐倉みさき/12月25日/23時30分

 そこには、肩で息をする久瀬くんがいた。
 ――どうして?
 キーホルダーが、復活したから?
 そんなわけない、と思った。
 あのキーホルダーにかかった魔法は、全部ウソで。
 別にセンセイのプレゼントとか、不思議な力とか、そういうのじゃなくって。
 ただ、久瀬くんが勝手に言っていただけで。
「どうしているの?」
 と私は尋ねる。
「昔、約束しただろ?」
 と久瀬くんは答える。
「そんな約束、もう覚えてないよ」
「ほんとに?」 
 彼は、ベンチの上のキーホルダーを拾い上げる。
「ほら。でも、すげぇ魔法のアイテムがここにある」
 私は首を振る。
「ただのキーホルダーだよ」
「そんなわけないだろ」
 彼は平然と笑う。
「このキーホルダーでお前が足を止めたから、オレは追いつけた」
 間違いなく魔法だ、と彼は言った。


■久瀬太一/12月25日/23時35分

「今はさ、別にオレだけがこのキーホルダーを信じてるわけじゃないんだぜ?」
 このただのキーホルダーに、本当に魔法がこもっていると信じてるのも。
 このキーホルダーを、無理やりにここに届けてくれたのも。
 きっと、大勢の。
 とても大勢の人たちからの、クリスマスプレゼントだ。
 そんなものに、特別な力がないはずなんてないのだ。
「受け取ってくれよ、みさき」
 オレはまた、キーホルダーを差し出す。
「みんなからのプレゼントだ」
 その直後、また。
 激痛で、一瞬、視線が暗くなった。


■佐倉みさき/12月25日/23時40分

 久瀬くんが頭を押さえるのをみて、私は確信する。
 ――やっぱりだ。
「受け取れないよ」
 と私は答える。
 私はもう、私たちの関係を知っている。

       ※

 12年前のクリスマス、私をかばって、久瀬くんは事故に遭った。
 たぶんとてもひどい事故で、でも、その傷を癒したのはひとつのプレゼントだった。
 名前のないプレゼント。
 ある年だけ、センセイがふたつ目を生み出した、臨時のプレゼント。
 彼はそれで健康な身体を手に入れたけど、でも。
 ――久瀬くんが、あの事故のことを思い出したら、プレゼントが壊れてしまう。
 久瀬くんの身体が、元に戻ってしまう。
 口に出しては、決していえないことだ。
 でも。
 ――私は知ってるんだよ、久瀬くん。
 私と君が出会ったら、君は事故のことを思い出して。
 大切なプレゼントが壊れちゃうことに、なってるんだ。

       ※

 はやく。はやく。
 彼がまだ無事なうちに。
 すべてを思い出してしまう前に、私は告げる。
「さよなら、久瀬くん」
 できるなら綺麗に笑って。
 これまでの感謝を込めて、できるだけ可愛く。
「私はもう、君に会いたいとは願わないよ」
 久瀬くんがすべてを忘れていたら、それでよかったのだ。
 私が我慢するだけで、みんな幸せな結末だったのだ。
 それは、私にとっても、バッドなエンディングじゃない。
 もう彼が苦しむところをみないで済むなら、それは幸せなことだ。
 心の底から、それを願える。


■久瀬太一/12月25日/23時45分

 佐倉みさきが、こちらに背を向ける。
 オレは彼女に向かって、手を伸ばそうとする。
 でも、どうしてだ?
 こんなときに。
 意識が――

       ※

「よう。今日はよく会うな」
 と、きぐるみが言った。
 バス? どうして。いや。
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ」
「なにがだよ?」
「みさきに会わなきゃ」
 彼女を説得しないといけないんだ。
 なんだかよくわからないけれど、彼女はとても悲しい顔で笑ったから。
 もっと、彼女と話さないといけないことがある。
「じゃあ、会えよ」
 と、きぐるみはいう。
「そこにいるぜ?」
 そう言って彼は、窓の外を指した。


■佐倉みさき/12月25日/23時53分

 目の前で、ぐらりと久瀬くんが倒れた。
 その直後。
 私の視界も、暗転したのだと思う。

       ※

 いつの間にか私は、バスの中にいる。
 この移動は、いつもよくわからない。
「いいの?」
 と、私は言った。
 返事をしたのは、後部座席に座る少女だ。
「なにが?」
 幼い、強がった声で、彼女はそう答える。
「彼に会わなくて、いいの?」
「仕方ないよ」
 私は彼女の声を知っている。
 無理をしているときの声。
 平然としているようで、本当は泣いていることに気づいて欲しい声。
「ほかには、思いつかなかいもの。たぶんこれが、私の幸せな結末なんだよ」
 と、彼女が言った。
 そのとき。
 バスの隣に、別のバスが並んだ。


■久瀬太一/12月25日/24時

 窓の向こうに、佐倉みさきがみえた。
 驚いた顔。
「どうなってんだ?」
 とオレはきぐるみに尋ねる。
 この道、別のバスも走るのか?
「さあな。オレも初めてでよくわかんないよ。たぶん昨日、ソルが作ったプレゼントが影響してんだろうけど」
「ま、なんでもいいや」
 都合がいい。
 理由なんてよくわからないけれど。
 バスはちょうど、隣のバスと同じ速度で走る。
 ――これ、窓あくのか?
 不安だったが、横にスライドした。
 風が頬を殴っていく。
「みさき!」
 とオレは叫ぶ。
「10秒後にそっちに飛ぶ! 窓を開けてくれ!」
 声は聞こえているだろうか?
「じゅう、きゅう」
 と、とにかく叫ぶ。窓辺に足をかけて。
「ちょっと、やめてよそんな無茶」
「はち、なな!」
 慌てた様子で、彼女は窓を開けて。
 だから。
 笑って、オレは飛んだ。
    
       ※

 このバスがどこにいくのかわからないけれど。
 ソルたちが作ったプレゼントの効果なら、それに身をまかせようと、素直に思う。
 これまでもそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。

       ※

 俺の身体は、上手く向こうの窓を通り抜けたようだった。
 驚いた表情で。
 オレをみつめて、「ばか!」と叫ぶ。
 とりあえずオレは、メリークリスマスと応えておいたけれど、クリスマスに間に合っただろうか。


■少年の視点

 そして僕は目を開く。
 ――オレは?
 どっちだろう。どちらでもいいけれど。
 頭がずきんと傷んだ。
 そこを押さえて、身体を起こす。
 それから僕は枕の下に手を突っ込んだ。
 つい、癖になっていた。でもそこには、あのスマートフォンはない。
 ――みんな、上手くいったのかな?
 わからないけれど、不安はなかった。
 きっと大丈夫。そう信じていた。
 ――僕は。
 僕は、どうするべきなんだろう?
 ずっと考えているけれど、わからない。
 もう一度、頭を押さえて。
「ベルの音がうるさいよ」
 と、僕は呟いた。
 
――End


12月24日(水) ← 3D小説「bell」 → 12月26日(金)
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最終更新日 : 2015-07-30

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