-----------------------------------------------------------------------------
【ルノワール/眠る裸婦】










【シスレー/ルーヴシエンヌの道】




【ゴッホ/星月夜】






【レンブラント/聖家族】




■山本美優/12月22日/22時
メールのことを忘れていられたのは、テストのあいだだけだった。
私はひとつのことを始めると別のことを考えられなくなる。でもテストが終わったとたん、あのメールのことを思い出した。
昨夜、センセイと名乗る人物から届いたメール。
返信はまだしていなかった。
得体をしれない人たちの「クリスマス懇親会」なんてものに、私は参加したくはなかった。ただでさえ人見知りだし、漠然とした身の危険のようなものを感じる。理性的に考えてあんなもの無視してしまうのが最適だとわかっていた。
ひっかかっていたのは、やはり久瀬くんのことだ。
彼は一体、どこに消えてしまったのだろう?
センセイという人物は、少しでも彼のことを知っているのだろうか?
私が返したいメールはこうだ。――懇親会とやらには参加できませんが、久瀬くんについて、知っていることをすべて教えてください。
でもメールを送るだけで、なんだかこちらの居場所がばれてしまうような根拠のない不安があって、それでなかなか返信を書けないでいた。
私は安いワンルームマンションのベッドに腰かけている。
枕元のミルキーを一粒、口の中に放り込む。しばしば食べているのに懐かしい味だと感じた。ほんの少しだけ気持ちが安らぐ。
マンションの窓からはうちの大学がみえた。本当に、大学の目の前にある学生用のアパートなのだ。
暗い学校。うちの大学はとても小さくて、校舎の形や並び方も、他の大学よりもなんだか子供っぽい。その風景はしばしば、私をノスタルジックな気分にさせた。
エアコンが効きすぎているのか、頭が少しぼうっとする。
私は立ち上がり、少しだけ窓を開けてみる。
冷たい空気を吸い込んで、小さく咳き込む。
そういえば久瀬くんが私の小学校にいたのは、秋から冬にかけてだった。
彼の名前を思い浮かべた直後に、鞄の中からジングルベルが流れ始める。
長い。メールじゃない。どうしてこんな着信音なんだ、と誰でもない誰かに毒つきながら、私は鞄からスマートフォンをひっぱりだす。
モニターには「非通知設定」と表示されている。
電話。出た方がいいのだろうか? でも気持ち悪い。
早く決めないと。このままだとコールが鳴りやんでしまうかもしれない。私を慌てさせないで欲しかった。私はすぐに追い詰められるし、追い詰められると自分でもわけのわからないことをしてしまうのだ。窮鼠猫を噛むという言葉は、決してネズミに対する褒め言葉ではない。
結局私は応答してスマートフォンを耳に当てた。
――久瀬くんからの連絡。
ほんの少しだけ、私はそれを期待していた。
でも。受話器から聞こえてきたのは、どこか冷たく感じる女性の声だった。
※
「山本さん?」
と、その女性は言った。間違い電話ではないようだった。
おそるおそる応える。
「はい」
「懇親会への参加は決めた?」
どうしてそのことを知っているんだろう?
センセイの関係者、なのだろうか?
「貴女は、誰ですか?」
「アルベルト」
日本人じゃないのか? でもアルベルトは明らかに男性名だ。
「偽名を名乗る人は、信用できません」
と、私は言ってみた。どきどきする。
「別に偽名というわけでもない。あだ名が近い」
「本名は?」
「どうして本名にこだわる?」
どうしてって。上手く説明できないけれど、普通そうじゃないのか?
やっぱり怪しい。クリスマス懇親会とやらには、参加しない方がよさそうだ。
電話を切ろうとして、躊躇って、最後に尋ねる。
「貴女は久瀬くんのことを知っていますか?」
その女性は平然と答える。
「知っている」
息が詰まった。
「え。本当に?」
「10年前に消えた少年。消息はわからない」
「どうして、知っているんですか?」
「その理由は答えられない。すまないね」
「答えられないって、どうして――」
喋り終わる前に、ふいに。
通話が切れた。
――なんなんだ、一体。
でも。彼女は、久瀬くんのことを知っていた。
クリスマス懇親会なんて怪しげなものにはでたくなかった。
でも一方で、このスマートフォンを経て飛んでくる情報は、やっぱり彼に繋がっているようだった。
手が小刻みに震えている。
それから、窓を開けたままだということに気がついた。
■八千代雄吾/12月22日/24時
簡単にいってしまえば、嘘にはふたつの種類がある。
良い嘘と悪い嘘。それもひとつの分類ではある。だがたいていそれらは混じり合っていて、本人にだって区別できるものじゃない。
もっとわかりやすい分類がある。
一方は人を操るための嘘で、もう一方は自分を操るための嘘だ。
オレはどちらかというと後者の嘘の方が好きだ。人は自分に嘘をつき続けて堕落し、自分に嘘をつき続けて成長する。素直ではいられない生き物が人間だということだってできる。
だが昨日、あの山本という少女についた嘘は、前者だった。
オレはセンセイについて、もう少しだけ詳しいことを知っている。
――センセイ。
そう呼ばれる人物が、聖夜協会を作った。
彼は聖夜協会において絶対だった。
支配しなくても君臨していた。
そして10年前、ふいに、姿を消した。
多くの聖夜協会員が彼を捜したが、決してみつからなかった。
なのに、ふいに。
彼は数人の聖夜協会員に対して、ある招待状を送った。
※
クリスマス懇親会へのお誘い。
そう書かれた手紙が届いたことで、聖夜協会は騒然となった。
聖夜協会にとって、センセイは絶対的な意味を持ち、クリスマスも同じように意味を持つ。
招待状は全部で5通。あるいは6通。
5通が届いた先は、すでに判明している。
まずは現役の聖夜協会員3人。残念ながら、オレは含まれない。
続けて、ほんの数日前に聖夜協会に入ったひとり。誰もが「どうして」と考えたが、もちろん答えはわからない。ただセンセイの気まぐれなのかもしれない。
最後に、古参の――センセイが消えるのと一緒に姿を消していた、頭に「元」とつく聖夜協会員。
その会員はアルベルトという名前で呼ばれる。
詳細がほとんどわからない、だがセンセイに極めて近しいと噂される人物。
本来、センセイからの招待状の次に話題になるはずなのが、このアルベルトの帰還だった。彼女――女性だということは判明している――の行動は、もちろん注目を集める。
だがそれよりも話題になったのが、謎の「6人目」だった。
山本美優。
聖夜協会員でさえない、ただの大学生。
彼女がセンセイのクリスマス懇親会に呼ばれていることは、5通の招待状に記載されていた。わざわざ山本美優という少女が参加することになればよろしく頼む、とセンセイ自身の直筆で書かれていた。
センセイが招待した、聖夜協会とはかかわりのない少女。
――山本美優という少女は、何者なんだ?
――あるいは、「プレゼント」を受け取るのはその少女なんじゃないか?
そんな噂で、協会はざわついている。
オレ自身は山本という少女とプレゼントを繋げて考えるつもりはなかった。センセイの思惑すべてを理解したいわけでもない。
ただ、24日がオレたちの思惑通りに進めば、それでいい。
そのためにもおそらく、あの少女はクリスマス懇親会に参加するべきなのだろう。
※
ところでセンセイの招待状には、もうひとつ不思議な点があった。
どうやら封筒の裏に書かれた送り主の住所が、すべてばらばらだったようだ。
5通の招待状に書かれた、5つの住所。
それらが、センセイが暮らしていた場所ではないことは、検索にかければすぐにわかった。なぜならどこも書店だった。
三省堂書店 札幌店
書泉ブックタワー
アシーネ 東戸塚店
本のがんこ堂 唐崎店
TSUTAYA AVクラブ近見店
センセイがなぜそんなことをしたのか? 今のところわからない。
調査の結果を待つしかない。
――To be continued
12月21日(日) ← 3D小説「bell」 → 12月23日(火)
-------------------------------------------------------------------------------------------
最終更新日 : 2015-07-30