

※『赤い手の男の視点』:秋葉原(東京)のカフェ「私設図書館カフェ シャッツキステ」にて発見。
なぜこんなことになったのだろう、と何度
も考えた。
あの少年が目覚めるのを祈っていた。彼の
父よりも強くとはいえないが、おそらくはそ
の次くらいに強く。彼自身のためではなかっ
た。オレのために。少しでもオレの罪が軽く
なるように。
夜はなかなか寝つけなかった。窓の外が明
るくなってきたころ、ようやくほんの短い時
間だけ眠る生活を送っていた。そのたびに繰
り返し同じ夢を見た。暗い夜道、少年が倒れ
ている。オレは茫然と座り込んだまま動けな
いでいる。彼には触れていない。でも、ふと
みると半月が、真っ赤になったオレの両手を
照らしている。あのクリスマスの夢だ。奇跡
らしいことはなにも起こらなかったクリスマ
ス。--いや。彼が息をしているだけで、そ
れは奇跡なのだろうか。
※
ある日オレは、八千代さんに呼ばれ、喫茶
店に向かった。八千代さんとは仕事で知り
合ったが、共通の趣味で盛り上がり、しばし
ば一緒に飲み歩くようになった。彼はオレの
親父よりも歳が上だが、好奇心が旺盛で若々
しいヒトだった。
オレは八千代さんさえ、少しだけ恨んでい
た。あの夜、オレが車を走らせたのは、八千
代さんに頼まれたからだ。もちろん八つ当た
りだとわかっていたけれど、それでも彼の顔
は見たくなかった。
-ーあの少年に関係している話だよ。
と八千代さんは言った。
であれば、オレには断りようがなかった。
彼が指定した店は、いわゆるメイドカフェ
と呼ばれるもののひとつだろう。席について
まず、オレはついぼやいた。
「どうしてこんなところに」
八千代さんは笑っている。
「ここは密談室と呼ばれる席らしいよ。内緒
話にはうってつけだ」
オレは顔をしかめる。
笑ったまま、八千代さんは肩をすくめてみ
せる。
「いいじゃないか。時には、無理やり明るく
ふるまうことも必要さ。空元気も続ければや
がて本当の元気になることだってある」
八千代さんは、メイドのひとりに、「彼に
リラックスできる紅茶を」と注文した。
ため息をついて、オレはぼやく。
「まだ、元気なふりをするほどの余裕はあり
ませんよ」
「そうかい?でも今日は、君の希望になり
得る話を持ってきた」
希望、と思わず聞き返す。なんだか生まれ
て初めて、その言葉を口にしたような気さえ
した。
「少年は目を覚ました」
と八千代さんは言う。
オレは頷く。その連絡は受けていた。ひと
まず最悪の事態は免れたようだ。
「でも、ひどい後遺症が残っていると聞いて
います」
八千代さんは頷く。
「だが、少なくとも命の危機は去った。彼は
これからゆっくり回復していけばいい。現状
は最悪でも、未来は上を向いている」
まあ、そういった考え方もできる。
八千代さんはティーカップに口をつけてか
ら告げる。
「問題は、もうひとつの方だ」
「もうひとり?」
被害者はひとりだけだ。
そのはずだった。でも。
「友人に頼まれてね。できれば君にも、協力
して欲しい」
八千代さんは、ゆっくりとその計画の話を
はじめた。
-----------------------------------------------------------------------------
最終更新日 : 2014-11-15