【報告書】作成者:ましろ

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2014-08-17 (Sun) 23:59

8月17日(日)

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――水曜日のクリスマスには100の謎がある。

50番目の謎は、なぜ2つの過去が存在するのか、だ。

★久瀬へ:まだ確証は持てないがニールのプレゼントが壊れた可能性がある。
 例の久瀬くんの記憶巡りの最後にニールの過去と思われる2つの記憶が見え、以降ニールは姿を消している ※8/16


◇9番目の謎は、なぜ英雄の証は傷ついたのか、だ。 ※8/16 ストーリー進行による公開
◇15番目の謎は、なぜ「彼」の手は赤いのか、だ。 ※8/16 ストーリー進行による公開
◇43番目の謎は、誰によって40枚のイラストは用意されたのか、だ。 ※8/16 ストーリー進行による公開
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■八千代雄吾/8月17日/21時

 アカテからの電話を受けたが、雑談ばかりで、中身のある話はほとんどなかった。
「結局、あんたは今回の件に、どう関わってるんだい?」
 とオレは尋ねた。
 ホールと名乗るスイマの部屋にはメモがあった。タイムカプセルと、英雄の証に関するメモ。
 その字には見覚えがあった。アカテのものだ。
「雄吾。取り返しのつかない失敗をしたら、どうする?」
 とアカテは言う。
「取り返しのつかない失敗ってのが、上手く想像できないね」
 とオレは答える。
 アカテは笑った。
「その通りだよ。どんな失敗であったとしても、なんとかして取り返そうとするしかない。つまり、それがオレの状況だ」
「詳しい話は聞かせてくれないのかい?」
「ああ。そろそろ切るぞ」
「友達なのに、つれないねぇ」
「友達にだって話せないことはあるさ」
「あんたのせいで、オレはミュージックプレイヤーを失くした」
「そりゃ逆恨みだ」
 君はあのミュージックプレイヤーを手放したかったんだろう? と言って、アカテは電話を切った。

       ※

 アカテは、聖夜協会には所属していない。そのはずだ。
 でも親父――先代のドイルとは仲がよかったはずだから、なにかしらのコネクションがあっても不思議ではない。ホールに情報を回せるようなコネクションだ。
 でも、ホールが「英雄の証」を手に入れるのを手伝って、あいつになんの得があるというんだ。
 ――今回の件は、複雑だ。
 大きく分けても、みっつの立場があるように思う。
 ひとつ目はもちろん、聖夜協会。その中でも色々なごたごたがあるようだが、とりあえずひとつまとまる。他人事のようだが、オレもこのカテゴリに入る。
 ふたつ目はわけもわからないまま、その聖夜協会のごたごたに巻き込まれている者たち。たとえば久瀬太一。たとえば悪魔――佐倉みさき。彼らは本来なら圧倒的に弱いはずだ。でも色々なことが、彼らを中心に動いている。久瀬太一が「友達」と表現する人物が気になる。おそらくその「友達」によって、久瀬太一は聖夜協会と対立できる場所まで押し上げられている。
 だがアカテは、そのどちらにも含まれない。もっと別の――より真相に近く、なにもかもを俯瞰し、聖夜協会と久瀬太一の対立をセッティングしている集団。そんな影が、以前からちらつく。これをゲームだとするなら、そのルールとなるような者たち。物語だとするなら、筆者にあたるような者たち。
 ――制作者、か。
 そう名乗った人物がなにものなのか、オレは知らない。そちらの陣営にいると断言できるのは、あの雪という女性。そしておそらくアカテ。
 ――加えて、センセイ。
 根拠はない。でもキーになりそうな人間を無理やりに振り分けるなら、そうなる。センセイが消えなければ現状の何もかもが発生していない。
 ――なんにせよ、メリーだ。
 わけのわからない聖夜協会の全貌を知っているのは、おそらく彼女だろう。センセイがいなくなったあとの協会を作ったのは彼女だ。ある少年を英雄にして、プレゼントに群がる人々を従えている。でも一方で、彼女は聖夜協会を統率してはいない。彼女自身は望みを口にせず、協会内でどんな対立があろうが、それを自らは収めない。ただ「次にプレゼントを贈られる相手」を指名する立場にある女性。メリー。
 ――彼女のカテゴリは、聖夜協会でいいのか?
 メリーはまるで、ルールの一部のようだ。
 これがゲームだとするのなら、このゲームは誰が、なんのために用意したんだろう? これが物語だとするのなら、この物語は誰が、誰ののために用意したんだろう?
 考えれば考えるほどわからなくなる。外側の、大きな構造がみえない。
 オレが求めているのは、ささやかなプレゼントひとつだけだ。 
 でもそれを手に入れるためには、意外なほどに大きな構造を理解する必要があるのかもしれない。

       ※

 オレはホテルのベッドに寝転がって、目を閉じる。
 ――君はあのミュージックプレイヤーを手放したかったんだろう?
 とアカテは言った。
 その声が耳の奥で反響する。 
 あの古臭いミュージックプレイヤーを亡くしたのは、先月の終わりのことだ。


■八千代雄吾/8月17日/21時15分

 そのミュージックプレイヤーは、たった一度しか再生ボタンを押したことのないものだった。入っていた音楽は、下手な歌声がひとつきり。あとはただ、雑談のような内容だ。
 オレはそのミュージックプレイヤーが苦手だった。手に取るのも嫌で、ずっと引き出しの奥に閉まっていた。反面で、なによりも大切なものでもあった。
 同じように、苦手だが大切なものが、オレにはもうひとつある。
 キャンディ。甘ったるいだけでなんの面白味もない、手軽な作り笑いみたいな食べ物。
 オレはあの味が嫌いだ。
 でも、キャンディは愛おしい。
 これはミュージックプレイヤーと、キャンディに関する話だ。

       ※

 嘘みたいな話だが、オレにも少年だったころがある。大抵のクラスにはひとりくらい模範的な優等生がいるものだが、それがオレだった。生徒会長をしていて、バスケットボール部で、幼馴染みの女の子がいた。もちろん今は、みんな失くしてしまった。
 アイというのが、彼女の名前だ。アイは人形のように小さかった。脇に抱えて、どこへでも持っていけそうだった。クラスメイトに混じると、3つも4つも年下にみえた。キャンディが好きでよく舐めていたから、それで余計に子供っぽくみえた。
 家が近所だったというのもある。それに両親同士が親しくしていた影響で、オレたちはよく顔を合わせていた。ガキのころは決まって、夏になると2組の家族で海に行った。オレはそれが嫌だった。仲良くすることを強制されているようで、あまり気分がよくなかった。
 いや、本当は違う。
 オレはアイに嫉妬していた。
 背が低くて、子供じみていて、運動神経も悪く、頭だって良いとは言い難い少女に。模範的な優等生のオレが。
 当時はその感情に気づきもしなかったし、誰かに指摘されたところで決して認めなかっただろう。でも今思えば彼女は、オレにないものをいくらでも持っていた。
 例えばあれは、中学生のころだったと思う。2年か3年か、どちらかだ。はっきりとは覚えちゃいない。
 帰り道で、たまたまアイと一緒になったオレは、無理に避けるのもおかしいような気がして、彼女と並んで歩いていた。きっとオレは、普段通りのペースで歩いたのだろう。彼女が小走り気味についてきたのを覚えている。
 商店街を通り抜けようとしたとき、すれ違った子供が転んだ。べたん、と小気味よく。確か女の子だった。その子は何テンポか遅れて、全力で泣き出した。防犯ブザーみたいに。泣き声というよりは叫び声といった方が印象には合う。
 ほんの小さな子供だったが、近くに親はいないようだ。仕方なくオレはその子を助け起こした。別に善意じゃない。テストに慣れると、日常生活までテストじみてしまうだけだ。たぶん誰かに、花マルをつけて欲しかったんだろう。
 大丈夫かい? どこが痛いんだい? ――適当に、ありきたりな言葉をかけたように思う。
 でもその子は泣き止まなかった。さて、どうしたものだろう?
 悩んでいると、隣にアイがしゃがみ込んだ。
 彼女はポケットからキャンディを取り出す。
「美味しいよ?」
 とアイは言った。にこにこと笑って。
 それでも女の子は泣き止まなかった。キャンディに手を伸ばそうともしなかった。
 アイは首を傾げて、それからキャンディを、オレに差し出した。
「食べる?」
 食べない。当時から、オレはキャンディが苦手だった。
「オレが食っても仕方ないだろ」
 首を振ってそう言ったが、アイは譲らない。
「食べなよ」
「嫌だよ」
「どうして」
「嫌いなんだ。甘ったるくて」
「でも、食べた方がいいよ」
 どうして、とオレは尋ねた。
 嫌いなものを食う必要はない。――好き嫌いはない方が生きやすいが、キャンディなんて特に身体にいいわけでもないものまで無理をする必要はないだろう。
 でも、アイは答えた。
「今食べないと、一生キャンディの良さがわからないよ」
 どういうことだ。意味がわからない。
「キャンディのぶんだけ、ユウくんはずっと幸せになれないんだよ」
 オレをユウくんなんて呼ぶのは、彼女くらいだった。――もともとは母親がそう呼んでいたことが原因だが、母は小学校の高学年くらいから、オレを雄吾と呼ぶようになった。
 キャンディのぶんだけ幸せになれない、という言葉は、妙にオレを不安にさせた。もともと小心者だった。なにか少しでも欠けていると不安で、だからあのころは優等生を演じていたのだと思う。
 オレはキャンディを受け取って、それを口の中に放り込んだ。甘ったるい。少しだけ酸っぱい。ストロベリー味だ。美味くはない。
 アイは自分の口の中にもキャンディを放り込んで、満面の笑みを浮かべた。春の昼下がりの花畑みたいな、なんの闇もない笑顔だった。
「ね、美味しいね」
 と彼女は言った。
 反論しようとして、それから、オレは少女が泣き止んでいることに気づいた。彼女はじっとオレたちをみていた。
 アイは再び、少女にキャンディを差し出す。
「食べる?」
 少女は頷いて、キャンディを受け取って。
 それを口に入れて、当たり前みたいに笑った。
 たぶんアイと少女はキャンディひとつぶんの幸せを知っていて、オレだけがそれを知らなかったのだろう。

       ※

 アイが死んだのは、オレが高校を卒業した春だ。


■八千代雄吾/8月17日/21時30分

 アイとはクリスマスにプレゼントを交換するのが習慣だった。
 年を追うごとに顔を合わせる機会は減っていったけれど、その習慣だけは続いていた。
 最後に彼女のプレゼントを受け取ったのは、高校2年のクリスマスだ。
 幼いころはオレもアイも、それぞれの両親に連れられて、ホテルのクリスマスパーティに参加していた。でもオレはやがて、あれに顔を出さなくなった。家族よりも友達づきあいを大事にする歳だったのだろう。
 あのパーティが行われていたのは、多くの場合24日、あるいは25日。社会人の多い集まりだったから、日程は流動的だったように思う。
 ともかくそのパーティの帰りに、アイはオレの家に顔出し、プレゼントを押しつけた。オレも手袋だとかマフラーだとか、適当なものを用意していた。
 だが高校2年のクリスマスは、様子が違っていた。
 その日、オレはとくに面白くもない友人とのカラオケに付き合っていたけれど、アイへのプレゼントを買い忘れていることを思い出して、早めに席を立った。模範的優等生で通っていたオレは、「家族が帰ってこいと言っているから」というだけで、とくに強く引きとめられもしなかった。
 帰り道には耳当てのついたニット帽を買った。赤と白との毛糸で編まれたものだ。子供じみたデザインが、アイに似合うような気がしていた。
 夕食は友達と食べて帰るよと、両親には話していたから、オレは適当にファストフードを食って帰宅した。家には誰もいなかった。両親は毎年の恒例行事としてあのパーティに参加している。
 オレはひとりきりテレビゲームをして過ごした。
 こんなクリスマスも悪くない、と思った。
 静かで、平穏で、ケーキも音楽もない。悪くない。
 でももうすぐ両親がパーティから帰ってくるし、それにひっついてアイも顔をみせるだろう。それを少し煩わしく感じていた。

 電話が鳴ったのは、午後9時になるころだったように思う。
 オレは仕方なく部屋を出た。暗い廊下に響くコールの音は不吉なイメージをオレに植えつけた。望まない来訪者のようだった。
 リビングの明かりをつけて、受話器を持ち上げ、「はい、八千代です」と告げる。
 聞えてきたのは、アイの声だ。
「ユウくん、こんばんはー」
 と呑気な声で、彼女は言った。
「携帯にかけてこいよ」
「私、ユウくんの携帯番号しらないもん」
「そうだったか?」
「うん。教えてよ」
「また今度な」
「そんなこと言ってるから、こうやって家に電話をかけることになるんだよ」
 放っておくとアイの長話につき合うことになる。
 オレは話に進める。
「なにか用か?」
「用っていうか。今夜はちょっと、プレゼントを渡しにいけそうにないのですよ」
「そうか。どうした?」
「急なお泊りが決まりました」
 すぐにわかった。彼女は生まれつき身体が弱い。
 幼いころから、入退院を繰り返している。
「どこの病院だ?」
「いつものとこ」
「悪いのか?」
「そうでもないんじゃないかな。電話できてるし」
「そっか」
 たぶんクリスマスだからって、無理をして騒ぎ過ぎたんだろう。
 お大事に、とオレは言った。
 ありがとう、と答えて、アイは電話を切った。

       ※

 その夜、アイの病室を訪ねたのは、ほんの気まぐれだった。
 プレゼント交換は毎年の行事だったし、用事はさっさと片づけてしまいたい性質なのだ。とくに、ひとに渡す予定のプレゼントが手元にあると、なんだかそわそわする。
 もちろん病院は閉まっていた。
 でも駐車場脇から、警備員室の前を通って、中に入れることは知っていた。小学生のころにはよくアイの病室を訪ねていた。
 ナースセンターに行くと、当時顔見知りになった看護師がまだいた。オレがアイに会いたいのだというと、彼女は病室を教えてくれた。
 病室の明かりはもう消えていた。
 でも彼女は、ベッドに腰を下ろしていていた。

 オレたちは病室でプレゼントを交換した。
 それが、最後のプレゼント交換だった。


■八千代雄吾/8月17日/21時45分

 プレゼントはミュージックプレイヤーだった。
 だがオレは、そのミュージックプレイヤーを使う気にはなれなかった。
 あまり好みのデザインではなかったし、より性能の良いものをすでにひとつ持っていた。
 ――いや、本当は、そんなことが問題じゃない。
 なぜだかオレは、頭からそのミュージックプレイヤーが苦手だった。
 みていると妙に不安な気持ちになった。気分が悪く、涙が流れそうだった。ヴァンパイアが十字架を怖れ、犯罪者がサイレンの音を怖れるように、オレはそのミュージックプレイヤーを怖れていた。
 とはいえプレゼントを捨ててしまうわけにもいかず、オレはそのミュージックプレイヤーを、長いあいだ引き出しの奥に放り込んでいた。

       ※

 アイの入院は、いつになく長引いた。
 春がきて、「夏までには退院したいな」とアイが言った。
 夏がきて、「秋までには退院したいな」とアイが言った。
 秋がきたころには、もうとっくに、彼女の留年が決まっていた。
 オレは彼女の死をリアルに感じ始めていた。なにか詐欺の手口みたいに、アイは会うたびに少しずつ痩せ、少しずつ元気を失っていった。以前の写真をみて、こんなにも元気だった彼女がいたのかと驚いた。
「来年には間に合うかな」
 とアイは言った。
「留年ってだけでも気まずいんだから、なんとか始業式から、たくさん友達作りたいな」
 そうだな、とオレは答える。
 他にはどうしようもなかった。オレになにができるってんだよ、と何度も内心で愚痴を溢した。
 冬になるころには、病室を訪ねても、彼女は眠っていることが多くなった。クリスマスの夜には申し訳なさそうに笑って、「ごめんね。プレゼント、用意できてないの」と言った。
 オレは大人びたネックレスを選んで買っていた。でも、「オレもだよ」と答えて、それは渡さなかった。
「退院したら、いつでもいい。一緒にクリスマスパーティをしよう」
 とアイが言って、オレは頷いた。

       ※

 アイが入院しているあいだも、オレは優等生としての平穏な学校生活を送った。
 バスケットボールの大会で賞状を貰い、塾に通って模試を受け、生徒会も円満に引き継いで、推薦でさっさと大学を決めた。
 3月になり、オレは高校を卒業した。

       ※

 その月の終わりに、また家の電話が鳴った。――アイからだ。
 体調がいいから電話してみたんだよ、と彼女は言った。
 確かに彼女の声は、最近では珍しく弾んでいた。ようやく体調が回復に向かい始めたのかもしれない。そう思って、オレはつい微笑んだ。
「すごくいいことを思いついたんだよ」
「いいこと?」
「うん。だから、お願い。明日、お見舞いに来てくれるかな?」
 オレは少し驚いていた。
 アイから、お見舞いにこいといわれたことは、これまで一度もなかった。彼女はいつも無理に笑おうとするけれど、それでも様子を見ていれば、病室にいる自分をみられたくないのだとなんとなくわかった。
「いくよ」
 とオレは答えた。
「ありがと。じゃあ」
 アイがそう言って、電話が切れた。


■八千代雄吾/8月17日/22時

 翌日、病室に行って驚いた。
 広くもない個室にいくつも、7つか8つの大きな段ボールが積まれていた。段ボールに囲まれて、彼女は笑っていた。
「これは?」
「キャンディ」
「キャンディ?」
 オレは改めて、病室を見渡す。
「いくつあるんだよ」
「だいたい、3万個かな」
 お年玉貯金を使い果たしました、とアイは笑う。
 なんだそれ。馬鹿なのか。いったいどれだけキャンディを舐めるつもりなんだ。
「溶けるぞ」
「大丈夫たよ、すぐに配るから」
 配る?
「誰に?」
 アイは人差し指を立てて、妙に偉そうに、「順番に説明しましょう」と言う。
「薄幸の美少女であるところの可哀想なアイちゃんは、新学期が不安だったのです。友達はみんな卒業しちゃってるわけだし」
 オレはようやく、パイプ椅子に腰を下ろす。
「ま、それはわかるよ」
「そこで慈悲深い聖人のようなアイちゃんは考えたのです。同じように新学期が不安な子って、意外とたくさんいるんじゃない? と。新入生はみんな新しい環境になるわけだし、クラス替えはどこでもあるし、新社会人もいるし」
「だろうな」
 オレも大学生活が不安でないとは言えない。
「そこで私は考えたのです。うちの学校の入学式は4月8日です。だから4月8日を、キャンディ記念日にしてしまいましょう」
 意味不明だ。
「キャンディ記念日ってなんだよ」
「キャンディを配る日だよ。それはもう大量に配るよ。無差別テロくらいの勢いだよ」
「テロはよくない」
「そうだね。テロはよくない」
「で、キャンディを配ってどうなるんだよ?」
 アイは「え?」と首を傾げた。
「ユウくん、わからないの?」
「まったく」
「幸せになるでしょうが。キャンディがあったら。みんなでキャンディを贈り合ったら、新学期の不安も吹き飛ぶでしょうが」
「そう上手くはいかないだろ」
「そんなことないよ。考えてごらんなさい。あなたは緊張して、新しいクラスの、新しい席に座っています」
 仕方なく想像する。
 ま、新学期は多少なりとも緊張するものだ。
「そうしたら、隣の席のまったく知らない人が、手を差し出してこういうのです。――キャンディ、食べる?」
 オレは笑った。その発想が、あまりにアイらしかったから。
 アイは得意げに頷く。
「ほら、笑った。誰だってキャンディがあれば笑うんだよ。いいですか、ユウくん。これは世界の新学期から緊張を取り除き、キャンディひとつぶん幸せを上乗せする、偉大な革命的計画なのだよ」
 考え方は、嫌いじゃない。
 本気で実行しようとしているところが、馬鹿でいい。
 だがオレは肩をすくめた。
「3万個のキャンディを、いったいどうやって配るつもりなんだ?」
 アイは病室から動けない。
 オレひとりじゃ、たかが知れている。
「学校のみんなに手伝って貰おうと思って。ユウくん、生徒会長でしょ」
「もう違う」
 在校生ですらない。
「あ、そうか。でもなんにせよ、300人いればひとり100個だよ」
「300人も集められない」
 10人だって、集まるか怪しいところだ。
 でもアイは自信ありげに笑っている。
「それは大丈夫。秘策があるから」
 まったく期待できなかったが、「なんだよ?」と尋ねる。
「手伝ってくれた人には、キャンディをあげます」
 おい、と思わず呟く。
「さすがにそれは無理だろ。キャンディにそこまでの力はないよ」
「おや、ユウくんはキャンディの潜在能力に気づいていないようだね。――ああ」
 彼女は芝居がかった動作で、ぽんと手を打つ。
「そういえば、ユウくんにはまだ、キャンディを美味しく食べる方法を教えていなかったね」
 そんなものがあるとは思えなかった。
 キャンディなんて口の中に放り込んで、あとは噛み砕くか、なめているかの2択しかない。
 でも、彼女は自信満々に言った。
「大丈夫だよ。手伝ってくれる人にはみんな、キャンディの美味しい食べ方を教えてあげるから。私はビラを描くから、ユウくんはそれを学校で配ってくれる?」
 オレは頷く。
 なるようになれ、という心境だった。
 それにいつになく元気なアイが嬉しかった。
 これでも3年間、優等生で通したのだ。教師に多少の無理を言うくらいはできるだろう。
「ありがとう」
 と、アイは華やかに笑った。

       ※

 でも彼女のビラは完成しなかった。
 その夜から急速に体調が悪化して、ベッドから起き上がれなくなって。
 キャンディ記念日の前日に、彼女は死んだ。 

       ※

 彼女が死んでからようやく、オレはあのミュージックプレイヤーに触れてみた。
 中には音声ファイルがひとつだけ入っていた。まだ元気だったころの、彼女の声だ。

       ※

 ユウくんへ。
 メリークリスマス!
 今年のプレゼントはこれです。ミュージックプレイヤー。
 プラス私の歌声です。歌うよ?

 走れそりよ 風のように 雪の中を 軽く早く
 笑い声を 雪にまけば 明るいひかりの 花になるよ
 ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
 鈴のリズムにひかりの輪が舞う
 ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
 今日は楽しいクリスマス へい!

 以上。感動した?
 フルは無理だ。恥ずかしい。

 本当は目の前で歌ってあげてもよかったのですが、どうせユウくんはパーティにこないから録音しました。
 こっちの方がよりプレゼントっぽくってよい。自己完結。

 あ、そうだ。
 もうひとつプレゼントがあったのでした。
 でもみっつは多すぎるから、次に会ったときにしましょう。
 次回のプレゼントは、「キャンディをおいしく食べる方法」!
 それじゃ、まったねー。

       ※

 ――聞いていられなかった。
 なのに停止ボタンを押すこともできなくて、オレは最後まで聞いた。
 もう一度聞き返そうとは思えなかった。
 たぶん泣いたのだと思う。よく覚えていない。
 はっきりとしているのはひとつだけだ。
 オレはあのとき、心の底から真剣に、キャンディをおいしく食べる方法を聞きたいと願った。
 彼女から直接、キャンディひとつぶんの幸せを貰いたかった。

       ※

 オレは――すっかり少年でも、優等生でもなくなったオレは、それなりにグレードが高いホテルのそれなりにグレードが高いベッドに寝転がっていた。
 聖夜協会に手配されたホテルだ。
 昨日、連絡を入れると彼らはすぐにオレのところにやってきて、タイムカプセルを回収していった。
 明日、オレはメリーに会う予定だ。
 ささやかで奇跡的なプレゼントをひとつ手に入れるために、オレはなにもかもを上手く演じる必要がある。

――To be continued


【愛媛の愛情100%】8/17「最後の更新」:更新していたのは越智の兄を騙るAKATEであり、「ある人物」にタイムカプセル発掘の参加を止められていた。当日に現地にいたのは別人。自分はソルの敵ではないが完全に味方とも言えない立場。おそらく目指している結末は同じ。
http://ponthe1.hatenablog.com/entry/2014/08/17/232449

・現場にいた愛媛ブログの人は偽物。自分は「ある人」に参加を止められていた。
・AKATEからのメッセージ「みなさんの敵ではないが、完全に味方ともいえない立場にいる。だがおそらく、目指している結末は同じはずだ。」
・制作者の言葉:これは、「絶望の中にいる少女」を救う物語だ。本来その役割を負うはずだった彼は傷つき、身動きがとれない。結末は、ある事情で私にも変えようのないものだ。バッドエンドを書きかえられるのは、あなたたちだけだ。


★★★ソル愛媛班の一員として「タイムカプセルの在り処」などの現地情報を発信していた人物が、
 運営サイドから安全管理を依頼され参加していた事実を告白。

【3D小説『bell』運営より】
・当企画のイベント地について、ご連絡があります。
 愛媛イベントで使用したコンテナから山一帯は私有地ですので、イベント外での訪問はご遠慮ください。
 一般の方々にご迷惑のかからぬよう、重ねてお願いいたします。

8月16日(土) ← 3D小説「bell」 → 8月18日(月)
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最終更新日 : 2015-07-30

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