
※『ある男の視点3』:尾道(広島)のカフェ「Coyote」にて『ある少年の光景3』と共に発見。
ロンドンにあるアビー・ロードはずいぶん
な観光地になっているらしく、ウェブカメラ
で二四時間中継されていた。
母が出て行った頃から、親父はよくその動
画を眺めるようになった。
「その気になりゃ、オレは明日にでもここに
いけるんだぜ」
と親父はよく言った。でもあいつがその映
像に映り込むことはなかった。
「いつだってここにいけるんだ」
あんたはそこにはいけねぇよ、と内心で応
えながら、オレは愛想笑いを浮かべていた。
※
母はクリスマスに、スニーカーを贈ってく
れた。
「たくさん履いて、ぼろぼろにしてね」
と母は言った。
「また買ってあげるから、好きなだけ走り
回ってね」
オレは嬉しかった。本当に。それはどこに
でもいける靴なのだと思った。
でもオレは、そのスニーカーを箱に入れた
ままベッドの下にしまい込んだ。たまに、夜
中にひとり、部屋の中でそのスニーカーを履
いてみたことはある。でも外には出かけな
かった。
オレは親父を怖れていた。
もしあいつに、このスニーカーのことがば
れたらきっと、ひどく叱られる。すぐに捨て
られてこれはオレのものじゃなくなる。そう
わかっていた。だから履けなかった。
でも、そんな警戒は無意味だった。
ある日学校から帰ってみると、オレのス
ニーカーはなくなっていた。通いの家政婦に
みつかって捨てられたのだとわかった。
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最終更新日 : 2014-11-05