【報告書】作成者:ましろ

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2014-08-09 (Sat) 23:50

『ある少年の光景3』

ある少年の光景3-1
 ※『ある少年の光景3』:尾道(広島)のカフェ「Coyote」にて『ある男の視点3』と共に発見。

 尾道に訪れたとき、少年は小学2年生で、ひどく落ち込んでいた。大切な人を亡くしたすぐあとだったからだ。
 少年は「がんばろう」と決めていた。なんだかよくわからないけれど、とにかくがんばって生きていかなければならない。
 それでもやはり、少年は疲れていた。だから転校先の学校では、彼は無口で暗い奴として扱われた。

       ※

 新たに転入した学校には、少年とは別の転校生がいた。少年よりもひと月ほど早く転入していた彼――佐々木という男子生徒は、運動神経がよく、勉強もできたから、少年が訪れたときにはもうクラスの人気者だった。友達も多く、彼の学校での生活は、満ち足りているように少年にはみえた。
 でも佐々木には、ひとつだけ不思議な点があった。
 彼は絶対に、クラスメイトたちと一緒に下校しようとはしなかった。休日に誘われてもいつも「いそがしい」と答えるばかりで、決して一緒に遊ばなかった。
「どうしてそんなにいそがしいんだよ?」
 そう尋ねられると、彼はいつも、
「塾だ」
 とだけ答えた。
 それがひとつ目の嘘だと、少年はのちになって知る。

       ※

 間もなく、まるでオセロがぱたんと裏返るように、クラス内での佐々木の扱いが変わった。たしかに佐々木はすごい奴だ。でも調子に乗っていて、周りを見下していて、むかつく。それに勉強はできてもゲームやマンガの知識がないから面白くない。
 同じ転校生でも、少年の方によってくるクラスメイトが増えた。少年にはそれが、なんとなく気持ち悪かった。
 だから少年は、佐々木に声をかけてみた。
「なあ、勉強でわからないところがあるんだ。教えてくれよ」
 佐々木はそっけなく答える。
「先生にきけよ。オレは忙しい」
「ごめん、嘘だ」
 少年は笑う。
「友達になろうぜ。同じ転校生仲間だろ?」
 佐々木は顔をしかめる。
「なんだよそれ、嘘ついてんじゃねぇよ。オレは友達なんかいらないんだよ」
「どうして。いた方が楽しいぜ?」
「塾があるんだ」
「お前も嘘ついてんじゃねぇよ。毎日いかないといけない塾、どこにあるんだよ」
 佐々木はしばらく口をつぐんでいた。
 それから、ぼそりと言った。
「オレ、プロ野球選手になりたいんだよ。いつも練習してるんだ。みんなみたいに、遊んでる暇ないんだ」
 少年は笑う。
「すげぇじゃん。今のうちにサインくれよ」
「嫌だよ」
「じゃ、オレも野球の練習にまぜてくれ」
「ふざけんな。オレは本気なんだ」
「オレも本気だぜ?」
「嘘つけ。不真面目な嘘つきなんていらねぇよ。このあとも、父さんと練習だ」
 佐々木は少年を突き飛ばして、駆け出す。
 笑顔をひっこめて少年は、そのあとを追いかけた。

       ※

 佐々木が向かった先は、病院だった。
 その入り口で、彼は少年があとをつけていることに気づいたようだった。
「なんだよお前。ホントにうざいな」
 少年は尋ねる。
「お前、どっか悪いの?」
「……違う」
「じゃ、お見舞いか?」
 佐々木はなにも答えなかった。
 少年は真面目な顔で、病院を見上げる。
「オレもさ、ちょっと前まで、よく病院にいってたんだぜ」
「どうして?」
「母さんが、身体が弱くてさ。毎日、お見舞いにいってた」
「……それで?」
「死んじゃった」
 少年は泣きそうだったけれど、泣かなかった。最後に母さんは、少年に「がんばれ」と言った。なにをどうがんばればいいのか、少年にはわからなかったけれど、それでもがんばろうと決めていた。
 泣いたのは佐々木だった。
「オレのお母さんも、死んじゃうのかな」
 それは、わからない。
 少年は答える。
「大丈夫だよ」
 わからないし、泣きそうだし、なんだか心細かった。でもがんばって答える。
「大丈夫だ。ついてきてゴメンな。オレ、帰るよ」
 背を向けた少年に、泣き顔のまま佐々木が叫ぶ。
「だれにも言うなよ」
 少年は振り返る。
 さらに、佐々木は叫んだ。
「マザコンだって馬鹿にされるから、ぜったいに誰にも言わないでくれ」
 それも嘘だと、少年は知っていた。
 そんなことが問題なんじゃなくて。知られたくないのは、きっともっと、言葉にはできない理由で。
 少年は頷く。
「わかったよ。友達同士の約束だ」
「うるせぇ。友達なんて、いらないんだ」
 佐々木はオレと同じだ、と少年は思った。

       ※

 しばらくして、少年は佐々木の母親が亡くなったことを知った。
 彼はそれからも、つき合いが悪いままだった。クラスメイトたちも、彼にどう接していいのかわからないようで、それまでよりも溝が深まったようにみえた。
 ある日の放課後、黙々と壁に向かってボールを投げる佐々木を、少年はみつける。彼を探していたのだ。
 ――プロ野球選手になりたいっていうのは嘘じゃなかったのか。
 少年は彼に声をかける。
「よう、メジャーリーガー」
 佐々木はこちらを振り向いて、呆れた風に顔をしかめた。
「メジャーリーガーとまでは言ってない」
「オレも混ぜてくれよ」
「レベルが違うんだ。帰れ」
 少年は壁にたて掛けてあったバットを手に取る。
「打たれるのが怖いのか、ノーコン。いや、マザコンだったな」
「なんだと?」
 少年は無理やりに笑う。
「やーい、やーい。おまえのかーちゃんでーべーそー」
 佐々木の顔がひきつった。
「お前、マジで殺すぞ」
「いいからさっさと投げろよ」
 佐々木はもうなにも言わなかった。
 高く足を上げて、大きく腕を振る。少年はそのボールに反応できなかった。投げる姿が綺麗で、それにみとれているあいだに、ボールが高い音を立てて後ろの壁にぶつかった。
 転がって返っていくボールをグラブでつかんで、佐々木は言う。
「無駄だよ。帰れ」
 少年は笑う。
「ストライクみっつでワンアウトだろ?」
「3球で終わらせてやる」
「おいおい。野球は9回までだぜ。それまでどれだけホームランをかっとばせるか、楽しみだ」
 佐々木はまた、投球のフォームに入る。
「すぐに黙らせてやるよ、嘘つき」

       ※

 どれだけバットを振ったか覚えていない。
 結局、少年のバットは、一度もまともにボールをとらえなかった。なんとかかすめてファールにできたのが、数度あった程度だ。
 それでも少年はホームランを狙って全力でバットを振り続けたし、佐々木はボールを投げ続けた。どちらもアウトカウントなんて考えていなかった。
 やがて、日が暮れて、佐々木の方が先に地面に座り込む。それをみて、少年は仰向けに倒れた。もう限界だった。
 倒れて、空を見上げて、少年は言った。
「なあ。オレたちふたり共、もう嘘をつくのはやめようぜ」
 ぼそりと、佐々木が言った。
「どうして?」
「たぶん、嘘をつかなかったら、お前にはすぐにいっぱい友達ができるよ」
「友達なんか、いらないんだ」
 彼の声は泣いているようだったし、少年もなんだか泣きたかった。彼と一緒にいると不思議と泣きたくなった。
 でもがんばって、少年は笑う。
「おいおい、知らないのかよ。メジャーリーガー」
 この笑顔は嘘だろうか?
「野球って、ひとりじゃできねぇんだぜ」
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詳細な画像なし。本文と同内容であるというコメントから、該当する部分を転載。
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最終更新日 : 2014-11-05

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