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真面目に目一杯高いランチを探したけれど、聖夜協会員と長ったらしいコースを食う気にもなれなかった。
だんだんどうでもよくなって、オレはホテルからそう離れていない駅前にファーブルを呼び出した。直接店を指定すると、事前に仲間を送り込まれる可能性があるように思ったのだ。一応、警戒した。
13時になる頃、ファーブルは真面目ぶった濃紺色のスーツで現れた。一度みたら忘れられない、薄気味の悪い笑みを相変わらず浮かべていた。
「こんにちは、久瀬さん。ランチのお店はお任せしても?」
オレは頷く。
「その前に、名刺を貰えるか?」
「私たちにそんなものが必要ですか?」
「そっちだけが一方的に、オレの素性を知っているのが気持ち悪い」
「なるほど。ですが、申し訳ありません。今日は名刺の持ち合わせがないもので」
「どこの会社の人?」
「ある税理士の事務所に勤めています」
「税理士って、金曜の昼から動き回れるものなのか?」
「会社にはクライアントに会うと言ってきています。実際、1時間少々でそちらに向かわなければなりません」
「クライアントに会うのに、名刺も持ってないものなのか?」
「何度もお伺いしているところですから」
「手荷物さえない」
「駅のコインロッカーに預けています」
オレはファーブルの微笑みを消してやりたかったけれど、それは上手くいかなかった。まぁ、こいつが笑みを引っ込めたところで、事態が好転するわけでもない。
「本当になんでも奢ってくれるのかい?」
「ええ。お好きなお店をお選びください」
頷いて、オレは歩き出した。
入ったのはよくみかけるチェーンのファミリーレストランだ。
意味があるのかはよくわからないが、なるたけ防犯カメラがありそうな店を選んだ。あとエビフライを食べたい気分だった。
オレはエビフライつきのハンバーグの定食を、ファーブルはサバの味噌煮定食を注文する。ふたりともドリンクバーをつけた。
ドリンクバーの味気ないアイスコーヒーを飲みながら、ファーブルは言った。
「久瀬さん。貴方は、聖夜協会員ではありませんね?」
一通り調べはついているのだろう。
オレは素直に頷く。
「ああ。でも、親父は昔所属していた」
「ええ。存じ上げております」
「会ったことがあるのか?」
「記憶にはありません。どこかで、ご挨拶しているかもしれませんが」
「そうかい」
「なんにせよ貴方は、強硬派ではない。なら、どうして貴方は悪魔を手に入れたんですか?」
その辺りの言い訳は、とくに考えていなかった。
「いちいち説明するわけないだろ。自分で考えろよ」
とオレは答える。
ファーブルは頷いた。
「ドイルに金で雇われている、というのがもっともシンプルです」
「どうかな」
「実は私も懐疑的です。経歴を追っても、貴方はただの真面目な大学生にしかみえない。借金もない。ドイルが貴方を信用した理由がみつかりません」
「なるほど」
「一方で、別の線を考えるなら、事態は少々ややこしくなる。つまり貴方は、悪魔の罪を知っていることになる」
――悪魔の罪?
以前、八千代が言っていた。「悪魔はセンセイを奪い、英雄をたぶらかして血を流させた」。その辺りのことだろうか?
気にはなったが、深く追求もしなかった。
「オレに探りを入れたくて呼び出したのか?」
「もちろん、それもあります。ですが簡単にはいかないようですね」
テーブルに注文したメニューが運ばれてくる。それで、一度会話が途切れる。オレはエビフライにたっぷりとタルタルソースをつけてかみついた。
ファーブルは料理に箸をつけずに言う。
「いいでしょう。本題に入りましょう」
「ドイルのことか?」
「ええ。きっと、貴方の知らない彼のことです」
オレはエビフライを尻尾まで食って、頷く。
「聞こう」
ファーブルは笑みを大きくした。
「彼はすでに、プレゼントを貰っている」
それは。驚かざるを、得なかった。
「本当に?」
プレゼント――あの不条理なニールの瞬間移動。ああいう能力を、八千代も持っているのか。
ファーブルは笑顔のままで首を振った。
「やはり貴方は、聖夜協会についてよくご存知のようだ」
「ドイルのプレゼントってのはなんだ?」
「私も詳細は知りません。わかるのは名前だけです。ドイルの書き置き、と呼ばれるプレゼントを、彼は受け取っている」
ドイルの書き置き――まったく、効果を想像できない。
「あいつがドイルになったのは、最近だときいている」
プレゼントが欲しくて、聖夜協会に潜入した。そんな話だったはずだ。
ファーブルは頷く。
「ええ。その通りです」
「センセイはもういない。あいつはどうやって、プレゼントを手に入れた?」
「ずっと昔から持っているのですよ」
でも、それなら。
「あいつがドイルになる前から、ドイルの書き置きなんて名前のプレゼントを貰っていたっていうのか?」
ファーブルは笑う。
「プレゼントの名前を、誰がつけたのかご存知ですか?」
だがシンプルに考えれば、答えはいくつかに絞れるように思った。
「センセイ」
とオレは答えた。
あるいは、メリーだろうか?
ファーブルは否定も肯定もせず、かわりに言った。。
「彼のイコンに心当たりがありますか?」
イコン。
また知らない言葉だ。
一瞬、迷う。
――その言葉を知らないことを、こいつに伝えてもいいのか?
ファーブルはオレについて、なんらかの推測を立てているはずだ。きっとその推測は間違っている。オレがただ、みさきとの約束を果たしたいだけだなんて、きっとこいつは想像もできないはずだ。
でもオレは、ファーブルの推測に乗る必要がある。聖夜協会員でもないのに悪魔を掻っ攫った人物として、こいつの推測よりも説得力のある嘘を、思いつけるとは思えない。
やはりこちらからは、極力情報を出すべきではないだろう。
「心当たりがありますか? ありませんか?」
とファーブルはまた言った。
オレは口をつぐんでいた。男と無言で見つめ合っていても仕方がないから、ハンバーグを口に運ぶ。きっと緊張しているのだろう、美味いとも不味いとも思わなかった。
「まあ、いいでしょう」
とファーブルが言った。
「なんにせよ、貴方がプレゼントを受け取りたいのなら、ドイルに手を貸すべきではありません」
オレは尋ねる。
「どうして?」
「決まっているでしょう。プレゼントをふたつも欲しがる子供は、良い子ではない」
オレは首を傾げる。
「でも、あいつはメリーに褒められる方法を知っているらしいぜ」
八千代から聞いた魔法の言葉だ。
でもファーブルは、少なくとも表面上は余裕を崩さなかった。
「そんなものははったりです。あり得ない」
それでも八千代が言う通り、確かに、ファーブルの口数が減った。
「ともかくドイルが疑わしいと感じたなら、いつでもこちらにおいでなさい」
そう言ったきり、彼は黙々と食事を始めた。
■久瀬太一/8月8日/13時45分
ファーブルとの面会は、表面上は何事もなく終了した。彼とはファミリーレストランを出てすぐに別れた。
オレは当事者にみえて、当事者ではなかったのだと思う。これはきっと、八千代とファーブルとのつばぜり合いのようなものだ。
オレのみたところ、その結果は引き分けだった。
八千代の「魔法の言葉」は確かにファーブルの口を閉じさせ、一方でファーブルの「八千代の秘密」は確かにオレの胸に小さな棘を突き立てた。
――八千代は、すでにプレゼントを持っている?
本当に?
あいつはつい最近まで、聖夜協会員ではなかった。だが彼の父親は聖夜協会の連絡役をしていた。以前から、八千代も聖夜協会と関わっていたのかもしれない。
答えの出ないことを考えながら歩いていると、ふいに、すぐ隣から声が聞こえた。
「どうだった?」
八千代だ。タイミングが良すぎる。
「オレを見張っていたのか?」
「見張るふりをしていたよ。君がひとりで出て行って、オレが後をつけないのはおかしい」
八千代が首を傾げる。
「で、ファーブルに会った結果は?」
「エビフライが美味かったよ」
嘘だ。味なんてほとんど覚えちゃいない。
並んで歩きながら、オレは尋ねる。
「イコンってのはなんだ?」
「キリスト教の、敬拝の対象だろ。絵だったり、聖典のエピソードだったりする」
「そんなことを聞きたいわけじゃない。聖夜協会のイコンだ」
「ああ。だと思ったよ。でもオレも詳しいことは知らない」
「じゃあ、あんたがすでにプレゼントを貰ってるってのは?」
八千代はちらりとこちらをみた。
「ファーブルが言っていた、オレの秘密ってのはそれか?」
「ああ」
「その話、信じたのか?」
「まだ判断していない。本当なのか?」
「嘘でも本当でも、プレゼントなんか貰ってないって答えるよ、オレは」
「どうして隠す必要がある?」
「持ってないんだから隠しているわけじゃない」
「でも、もし持っていても隠すんだろう?」
「ああ。オレはニールほど自信家じゃないんだ。切り札になりそうなものは全部隠しておく」
「そうかい」
別にひどいとは思わない。
オレだってそれほど八千代を信用しているわけではないんだから、向こうに信用されていなくても仕方のないことだ。
「イコンってのは」
と、八千代が言った。
「プレゼントとなんらかの関わりがある。それは間違いない。だが聖夜協会でもかなりの上層部しか、その言葉の正確な意味は理解していない」
「あんたにもわからなかったのか?」
「まだ調査中だよ。今の状況じゃ、聖夜協会から情報を得る手段は酷く制限されているがね」
「そりゃ大変だな」
「おいおい、君が厄介なことに巻き込んだぜ?」
「ヒーローバッヂさえみつかればいいんだろ」
「ああ。期待してるよ、本当に」
炎天下をオレたちは並んで歩く。
ファーブルにつく気はない。
だが、もちろん八千代も、まだまだ信用できない。
■久瀬太一/8月8日/14時
ホテルの部屋に戻って、違和感に気づいた。
鞄の位置が変わっている。
――誰かが、この部屋に入った?
書き物机の引き出しを開ける。
そこになければならないものが、なかった。
思わず舌打ちがもれた。視界が暗くなったような気がした。
オレは部屋を飛び出し、すぐ隣の八千代の部屋をノックする。
ドアはすぐに開いた。
「どうした?」
と八千代が顔を出す。
「あんた、オレの部屋に入ったか?」
「いや。どうして?」
「誰かが、部屋に侵入した」
八千代が珍しく険しい表情を浮かべる。
「なるほど。ファーブルは意外に強引だな」
「どういうことだよ?」
「考えればわかる。君があいつに会いに行ったなら、オレは君のあとをつける。ホテルに人はいない」
「鍵のかかった部屋だぞ?」
「どうにでもなるさ。オレにだってそれくらい、どうにでもできる」
「そうかよ」
「なにか盗られたのか?」
オレは額に、右手を押し当てる。
「飾りだよ。クリスマスツリーの」
あの白い星が、確かになくなっている。
なるほど、と八千代が言った。
「ファーブルまで欲しがるなら、やっぱり君の星は、ただの食事会の入場証ではないな」
「そうなのか?」
「ああ。ファーブルは食事会の常連だ。いまさら強引に、そんなもの手に入れても仕方がない」
たいへんだな、とオレは口先だけで応える。
でも本当は、そんなものどうでもよかった。
もっと大切なものが、オレの部屋からなくなっていた。
――くそっ。ファーブルに気を取られていた。
いつもなら、持ち歩いているのに。
今日はあいつを警戒して、大切なものを部屋に置いて出た。
「そんなに気を落とすなよ」
と八千代が言った。
だが、これだけは、ショックがでかすぎる。
今のオレにとってはもっとも大切なもの――ソルからメールが届く、あのスマートフォンが、あるべき場所から消えていた。
■佐倉みさき/8月8日/17時
東京を出発して、名古屋、秋田ときて、次は尾道である。
さすがにもう少し理性的なルートはなかったのだろうかとつい考えてしまうが、どうやら久瀬くんの年齢を辿っているようだから文句もいえない。
ノイマンとニールは誘拐犯であり、私はその被害者だからということで、飛行機は避けている。結局のところ、新幹線で8時間もかけての移動になった。
隣ではノイマンが、一心不乱にノートPCを叩いている。さらにその隣では窓に側頭部を押しつけてニールが眠っている。
車内販売のワゴンを押す女性が通りかかり、私とノイマンはアイスコーヒーを買った。移動が増えるとコーヒーを飲む機会も増えるなと思う。
アイスコーヒーで、ノイマンがようやくノートPCから顔をあげたから、私は声をかける。
「大変そうですね」
「今夜、続きのデータを公開する予定なのよ」
「間に合うんですか?」
「とりあえず深夜にはなにかしらアップするわ」
「今日じゃないとだめなんですか?」
「そういうわけでもないけれど」
ノイマンは珍しく困った風な表情で、アイスコーヒーに口をつける。
「のんびりしていられるわけでもないのよ。ちょっといろいろ、事情が込み入っててね」
「事情?」
「ま、いろいろあるのよ」
貴女はあのイラストでも眺めて、英雄の過去を思い出していなさい、と言って、ノイマンはまたノートPCを叩き始めた。
――あまり話したくない事情なのだろうか?
なんにせよ明日は、尾道だ。
そのころ久瀬くんは、小学2年生だった。
――小学2年生。
私はポケットの中に手を入れる。
その年のクリスマス、彼がこのキーホルダーを、私に贈ってくれた。
【愛媛の愛情100%】8/9「弟の件でメールをくださる方々にご連絡」:
http://ponthe1.hatenablog.com/entry/2014/08/09/005330
・弟の友人らしき方から何件かメールを頂いていますが、出来れば誰なのかがわかるようにフルネームで書いて頂けると嬉しいです(その情報は、他のところには漏らしませんので、ご安心ください)。
■久瀬太一/8月8日/24時
24時になるころ、オレは夢の中でバスに乗った。
今回は、バスの中にいるのは、あのきぐるみだけだった。リュミエールの姿も、グーテンベルクの姿もない。
オレは最後尾の座席に腰を下ろす。
ソルのスマートフォンが奪われた、と告げると、少年ロケットのきぐるみは言った。
「なるほど。そりゃ大変だ」
ちっとも感情のこもっていない言葉だ。
オレはバスから窓の外を眺める。みえるのは相変わらずのトンネルだ。オレンジ色の光が、ほんのわずかな時間だけオレを照らして、すぐに後方へと流れていく。
「あのスマートフォンだけは、取り戻したい」
「もちろん。ソルの協力は必要だ」
「どうすればいい?」
「オレが知るかよ。ただの少年だぜ?」
「ロケットだろ」
「ロケットは空の飛び方しか知らない」
やっぱりこいつは頼りにならない。わかっていたことだが。
ソルからのメールを思い出し、オレはきぐるみに尋ねる。
「そういや、お前はなんで、そんなにぼろぼろなんだ?」
きぐるみはあちこちが傷ついている。
とくに顔の半分が、大きく裂けているようだった。
だがきぐるみは、首を傾げる。
「オレはぴんぴんしてるぜ?」
「そうはみえない」
「そんなことよりも、ほら」
きぐるみがバスの外をまるっこい手で指す。
「未来がはじまるぜ?」
バスが、トンネルを抜けた。
■久瀬太一/8月8日/24時10分
シンプルなアナウンスが聞こえた。
――次は、8月15日です。
窓の外にみえた景色に、オレは、息を飲んだ。
※
そこにいたのは八千代だった。
八千代は縛られて倒れていた。
うつぶせで、顔はみえない。だが頭部の辺りから、じっとりと血が広がっている。
――聖夜協会は、人を殺さないんじゃなかったのかよ?
だがオレだって、ソルに助けてもらえなければニールに撃たれていたはずなのだ。八千代からの情報は意外にあてにならないのかもしれない。
八千代の周りには、数人の男たちが立っていた。
ファーブルたち? 違う。少なくとも、彼の姿はない。
男のうちのひとりが言った。
「答えろ。センセイはどこにいるんだ?」
八千代は微動だにしない。
男は平然と続ける。
「お前は悪い子だ。とてもとても、悪い子だ。センセイを独占しようだなんて、そんなことが許されるはずがない」
平然と、淡々と、機械的な作業のような動作で男は八千代の頭を蹴った。
八千代はなんの反応もみせない。ただ蹴られたぶん、首が傾いただけだった。
「悪い子には教育が必要だ。これは正しい教育だ。お前がごめんなさいというまで、オレは決して許さない」
八千代はやはり、死んだように横たわっている。
【BAD FLAG-04 囚われた男】
※
バスは再び、トンネルの中に入る。
「ショックか?」
ときぐるみが言った。
「もちろん」
ショックだった。信用する、しないは別として、八千代がぼろぼろに傷つく場面を、オレは今まで想像しなかった。
――オレが巻き込んだんだ。
軽はずみな嘘をついて、彼の敵を増やした。想像力が足りなかった。
でも、今その未来を知れてよかった。
まだ取り返しはつくはずだ。みさきを取り戻すついでに、八千代を巻き込まない方法だってきっとあるはずだ。
アナウンスは8月15日だと言った。まだ、一週間ある。諦めていい時間じゃない。
――ソル。
あいつらに頼れないことが心細い。あのスマートフォンさえ取り戻せば、なんとかなるはずだ。
「真面目な顔で決意を新たにしているところ、悪いんだけどさ」
きぐるみは相変わらず、不敵に笑っている。
「お前のバッドエンドは、別にあるだろ?」
忘れていた。
トンネルを抜けた先で、オレを待ち構えていたのはドラゴンだった。
■久瀬太一/8月8日/24時20分
アナウンスが告げる。
――次は青と紫の節、9番目の陰の日です。
窓の外にみえるオレは、あのリアルすぎて嘘みたいなドラゴンに背を向けて、一心不乱に逃げていた。
その光景をみて、オレはまず希望を感じた。
――持っている。
バスの窓の外にみえる、未来のオレは、手に持ったスマートフォンを横向きにして覗き込んでいる。
――オレは、あれを取り戻すんだ。
現実がこのまま進むと、きっとそうなる。
このまま。
――八千代が血を流した先で?
それは正しいことなのだろうか? わからない。
ともかく窓の向こうのオレは、スマートフォンをポケットにしまい、ドラゴンに背を向けて走る。腰から妙に豪華な装飾の施された剣を抜く。
それで、向かって左手の扉を斬りつけた。
剣の破片が舞う。それは根元から折れてしまったようだった。扉は? すっぱりと下半分が切り取られている。オレに一発で扉を斬れるような技術はないから、剣が凄いのだろうか?
オレは這いつくばるようにしてその扉の穴を抜け、隣の部屋に移動する。
※
次に流れてきた景色は、風景が違っていた。
斬った扉の向こうだろうか。暗い部屋にオレはいた。
埃っぽい部屋。あまり周囲の様子もわからないが、あちこちに木箱が積み上がっているようだった。
部屋の中のオレからみて、左手の方向に次の扉がある。でもオレはそちらには向かわない。なにをすべきなのかを知っているようだった。
迷いもなく扉の前におかれたテーブルを迂回し、部屋の奥へと進む。ドラゴンはまだオレを食うことを諦めていないようだ。どん、どんと奴が扉に体当たりをする音が聞こえる。切り取った扉の穴から、鋭利な爪が生えた奴の足がみえる。
オレは部屋の右奥の、戸棚の上に置かれた、みっつのボトルの前に立つ。そのうちのひとつ――赤いボトルをひっつかんで、テーブルまで引き換えした。ボトルには栓がされていなかったのか、なにかの拍子で取れたのか、口から液体が飛び出てオレの頬に付着する。オレは顔をしかめている。
オレはテーブルの上に、ボトルを置いた。
その直後だった。
木製の扉がくだけ、破片がまった。
ドラゴンの、大きく硬い塊みたいな叫び声がきこえる。それだけでオレは、何歩かよろめいたようだった。
――おいおい、大丈夫なのかよ。
窓の向こうのオレは、じっとドラゴンをみつめている。
ドラゴンは、よろめくような足取りでゆっくりと、オレに近づく。
――いや、違う。
そいつが興味を示したのは、テーブルの上の赤いボトルだった。
なんだか犬やネコのような動作で、くんくんと何度かその香りをかぎ、それからボトルを丸のみにした。
直後。
ドラゴンはその巨体を丸め、その場にうずくまる。
――眠った?
あんな、どでかい生き物が? なにか強力な睡眠剤でも入っているのだろうか。
窓の向こうのオレはまるで、そうなることを知っていたようだった。それでも安堵の息を漏らして、またスマートフォンを取り出した。
■久瀬太一/8月8日/24時30分
棚の上に残されていた、2本のボトルを回収したオレは、次に古びた壺の前に立つ。オレの胸に届くくらいの、巨大な壺だ。あちこちにひびが入っている。
中には水が入っているようだ。オレはいったん、2本のボトルを足元におき、ゆっくりと壺を傾ける。
流れ出た水が足にかかり、オレは顔をしかめた。すでにその水は腐っているのかもしれない。それでもオレは、ゆっくりと慎重に、壺を傾けて水を捨てる。
――そんな壺、どうするんだよ?
わけがわからなかった。
オレはしがみつくようにして、空になった壺を持ち上げ、よたよたとした足取りで歩き出す。その先にはドラゴンがいる。
――まさか、それでドラゴンを倒すつもりか?
オレは馬鹿なのか、と思った。
だがどうやら違うようだ。
ドラゴンのすぐそばに巨大な壺を置き、オレはそれで満足したようだった。額の汗を拭っている。
さらにオレは、部屋のかたすみにあるタンスの扉を開けた。
中にはなにも入っていないが、その扉の作りをずいぶん慎重に確認している。何度かタンスの中に飛び込み、扉を閉め、また開けて……と、なにかの確認をしているようだった。
まったくわからない。
何度かタンスに飛び込む練習をして、それから満足したようにオレは、床に置いていたボトルを回収する。
それからオレはまた横向けにしたスマートフォンに視線を落とし、熱心になにかを確認しているようだった。
やがて軽いため息をついて、黒いボトルの中に入っていた液体で、一心不乱に、扉についた錆を落とし始めた。
バスの中からそれを眺めていたオレは、
――もうちょっとファンタジー世界に馴染めよ。
と、つい内心で漏らす。
もっとも恰好いい一幕が、扉を切り裂いたシーンというのはどうなんだろう。
■久瀬太一/8月8日/24時45分
ようやく扉の錆を落としたオレは、またスマートフォンをチェックする。ずいぶん慎重になっているようだ。
小さな声で、ぼそりと、
「常にダッシュって。歩いてる余裕ないよ、こんなの」
と呟いた。
――なにがあるんだよ。
軽く深呼吸をして、ドアノブをつかむ。
そして、ドアをあけた直後、オレは駆けだす。
オレは部屋の外周にそうように走る。部屋の真ん中には、黒いローブのようなものを着た、背の高い男がいる。
そいつはオレに気づいたようだった。
「貴様は、英雄クゼ……生きていたのか」
妙にしぶい声で話し始める。
「仕方ない。私が始末してやろう」
だがオレはそんなこと、聞いちゃいなかった。
部屋の奥にある扉にまっすぐ向かう。
「逃がすか」
黒いローブの男が、軽く右手を持ち上げる。
その直後、オレの目の前で、扉が燃え上がった。
だがオレはまるで、そのことも知っていたようだった。安心したように笑ってきびすを返す。
部屋の中の、あちこちが燃え上がっていく。熱の膨張で空気が歪んだのだろう、少しだけ視界がゆらめいた。オレの額をだらだらと汗が流れているのがわかる。燃える炎をかいくぐって、オレは走る。
オレが向かったのは、部屋のかたすみにある宝箱の前だ。
宝箱なんてものを、実際にみるのははじめてだった。意外に大きい。一辺が70センチといったところだろうか? 綺麗な装飾がほどこされており、いかにも中身に期待させる。
だがオレはその宝箱を開こうとはしなかった。
横から宝箱を押す。
その下にくぼみがあり、丸い何かが出てくる。透明な、水晶玉のようにみえるなにか。暗い部屋の中で、それはほんのりと輝いているようにみえた。あるいは周囲の炎を反射しているだけなのかもしれない。
オレはそれをつかみあげて、前の部屋へと戻る。
※
部屋を移動し、律儀に扉を閉めたオレは、その前にさきほど拾ってきた球体を置いた。
それから、タンスの中に飛び込む。どうやらさっきは、その予行演習をしていたようだった。
やがて扉が開き、先ほどの、黒いローブの男が現れる。
扉が開いた勢いで水晶玉が転がり、まるで狙ったように、ドラゴンの傍に設置していた壺にぶつかる。
壺がやたらと大きな、甲高い音を立てて割れ、ゆっくりとドラゴンの目が開く。
「なんだ貴様は」
と黒いローブが呟く。
ドラゴンは、そいつを新しい餌だと思ったようだった。
巨大な口を開け、一直線に黒いローブにかけよる。
「この私に刃向おうというのか」
黒いローブはそっと、ドラゴンに向けて右手を掲げた。その直後だった。
一瞬、視界が、まっ白に染まる。
オレは思わず目を閉じた。
再び目をひらくと、滲んだ視界から、ドラゴンが消えていた。あいつがいたところには、ただ黒い焦げ跡だけが残っている。
――なんだよ、それ。
ドラゴンでも、無茶苦茶だってのに。
平然とそれを消し炭にするような魔法を使えるような奴がいる場所で、オレになにができるってんだ?
「ちっ。魔力切れか」
そうつぶやいた直後、黒いローブの姿が掻き消えた。
ニールの瞬間移動みたいだ、と思ったが、あいつにだって手のひらから炎を出したりはできないだろう。
しばらくためらうような時間を置いてから、ゆっくりとオレが、タンスの中から出てくる。
――まるで未来を知っているような行動だ。
ソルたちが、指示してくれているのだろう。おそらく。
オレは息を吐き出して、スマートフォンを取り出す。
やはりあのスマートフォンがなければ、オレは生き残れそうにない。
■久瀬太一/8月8日/25時
スマートフォンをみるオレの手つきをみて、思い当る。
オレが確認しているのは、メールではないようだ。
――向こうのオレにも、電波は届いていない?
なら、あの制作者から届いたアドレスか。
これでカンペキ、とアドレスに入っていたページ。
本当に時がくれば、あのページを読めるようになるみたいだ。
とりあえずあのページを読めばいいのか、と考えて、窓の向こうの自分とオレが入れ替わった場面を想像して、背筋が震えた。
※
次の部屋は、あいかわらず薄暗いけれど、緑があった。
萎れて元気のない草。花はない。
ぐるりと囲まれた緑の中心に、少女が横たわっていた。
その風景は、古い童話の挿絵のようだった。――昔々、悪い魔女に呪いをかけられたお姫様がいました。彼女は長い眠りにつき、それまで元気だった草花もすっかり萎れてしまいました。そんな場面を想像した。
――少女。
オレはその子に見覚えがあった。
でも、なぜだろう? オレには彼女が「どちら」なのか、判断できなかった。
佐倉みさき。あるいは佐倉ちえり。
そのどちらかが、目の前に横たわっていた。
――不思議だ。
幼いころ、オレはいつだって、ひと目で彼女たちを見分けられたのに。
あの廃ホテルで扉越しに言葉を交わしたのは佐倉みさきで、このあいだ喫茶店で会ったのは佐倉ちえりだと、すぐにわかったのに。
――どうしてだろう?
オレには目の前に倒れている少女が「どちら」なのか、判断ができなかった。
バスの窓からみえるオレは、草を踏まないように迂回して、ゆっくりとその少女に近づく。
傍らに膝をついて、握りしめていた透明なボトルの栓を抜き、そっと少女の唇にそえる。
中の液体を、少女の唇の隙間に流し込むと、やがて彼女は苦しげに眉間に皴を寄せた。
それから。けほ、っと小さく咳き込んで、少女はまぶたを持ち上げる。
やっぱりだ。瞳をみても、彼女がみさきなのか、ちえりなのか、オレには区別がつかない。
「あなたは……」
囁くような、綺麗な声で、彼女は言った。
「クゼさん」
その声は微妙に、みさきとは違っているように思った。あの廃ホテルで、彼女はオレを「久瀬くん」と呼んだはずだ。
ならちえりだろうか? でも、ちえりのようにもみえなかった。
「貴方が助けてくださったのですね。ありがとうございます」
少女は微笑む。
まるで作り物みたいに、綺麗に。
「君は?」
みさきなのか、ちえりなのか。
きっとオレは、それを尋ねたかったのだと思う。
でも彼女は言った。
「私は、サクラといいます」
それはわかっている。
「どっちのサクラだ?」
とオレは尋ねる。
少女――サクラはまた笑う。
「妹の方です」
妹? ……やっぱり、みさき、なのだろうか。
不思議な世界に現れた、おそらくは本物ではないみさきだから、微妙に雰囲気が違う? それだけのことだろうか。
サクラは言った。
「悪魔に襲われて……でも、もういなくなったみたいですね」
「悪魔?」
「黒いローブを着た、怖い人です」
さっきの、ドラゴンを焼き払った男だろうか。
「今のうちに、魔法陣を描きうつさないと。では、本当にありがとうございました!」
サクラは立ち上がる。彼女の視線の先には、確かに魔法陣があった。でもそれは掠れて、消えかけていて、ほとんど読み解けない。
サクラは一心不乱に、ノートにそれを描き写している。
みさきやちえりによく似た少女を放っておく気にはなれない。窓の向こうのオレも同じだったのだろう、彼女に近づく。
彼女はちらりとノートから顔を上げて、微笑んだ。
「クゼさんは、どうしてここに来たんですか?」
「いや。……気がついたら、ここにいて」
え、と少女は小さな声を上げる。
「記憶がないんですか?」
きっとそういうわけでもないだろう。
ただ自分の身になにが起きたのか、理解できていないだけだと思う。
でもサクラは、オレが記憶喪失ということで、納得したようだった。
「それは、大変ですね。こんなところで」
オレは軽く、辺りを見回して尋ねる。
「どこなんだ、ここ?」
「お城の地下です。でもお城は悪魔の襲撃をうけて、滅んでしまいました」
サクラは地面の魔法陣に視線を落とす。
「この魔法陣は、悪魔が魔法を使った痕跡です。悪魔は魔法を使うとき、魔界から魔力を引き出すといわれています」
「魔界?」
「はい。この魔法陣は、魔界とこの世界が繋がった痕跡です。だから魔法陣を読解すれば、魔界の場所がわかるはずなんです」
「そんなもの、知りたくはないな」
サクラはくすりと笑う。
「でも私は、この魔法陣を捜すために、お城に忍び込んだんですよ」
「どうして?」
そんなことを、する必要があるんだろう?
サクラはわずかに視線を落とす。
「姉さんが、悪魔に連れ去られて。……きっと姉さんは、魔界にいるはずなんです。だから私は、その場所を捜しています」
サクラはまた、魔法陣に視線を向けた。
「でも時間が経ちすぎたせいか、部分的にしか読み解けません。別の魔法陣も、捜す必要があるようです」
――なるほど。
とオレは思う。
よくあるRPGのイベントだ。キーアイテムを、いくつかみつけなければ先に進めない。そのキーアイテムというのが、この世界では悪魔の魔法陣なのだろう。
「なら一緒にいかないか?」
と、窓の向こうのオレはサクラに声をかける。
「急にこんなところで目を覚まして、困ってたんだ。この城を出るまで、一緒にいてくれると助かる」
「でも、私は魔法陣を捜さないと……」
「城から出るついでに、それもやっちまおう」
さすがに、佐倉姉妹にそっくりな人間を放っておく気にはなれなかったのか、窓の向こうのオレはそういう。
サクラはぱっと表情を輝かせた。
「手伝ってくれるんですか! ありがとうございます!」
なぜだろう?
やっぱり、彼女の表情は作り物みたいにみえる。
「そういえば、さっき悪魔が魔法を使うのをみたぜ」
とオレは言う。
確かに悪魔は、魔法でドラゴンを焼き払っていた。
サクラは首を傾げる。
「そこに、魔法陣はありましたか?」
どうだろう?
みた記憶はない。
「いや。たぶんなかったと思う」
とオレは答える。
「魔法陣が刻まれるほど、強力な魔法ではなかったのかもしれませんね」
とサクラは言った。
ほのかな違和感を、オレは感じる。
――それでも、確認しに行こうとするのが、普通じゃないか?
でも彼女は、先に進みましょう、と言って扉に近づいた。
「この扉を開けるにはコツがあるんですよ」
とそう言って、助走をつけて、元気よく扉の片隅を蹴っ飛ばしていた。
★★★シロクロサーガ攻略本を媒体に久瀬との会話を開始。
★久瀬へ:久瀬くん読めてる?読めたら返事して!
■久瀬太一/8月8日/25時10分
――ん?
スマートフォンを覗き込んでいたオレが顔を上げる。
「読めてるよ。みんなには助けられてばかりだ」
サクラも足を止めて、振り返った。
「え? なにかいいましたか?」
「いや」
オレはまたスマートフォンを確認しながら、先へと進んでいく。
「それはなんですか?」
とサクラが尋ねる。
彼女はスマートフォンを知らない。
やっぱり、現実の「佐倉」とは違うのだろう。――当たり前か。言動をみていればわかる。
「神さまがメッセージをくれるんだよ」
と、どこかぶっきらぼうにオレは答えて、ずんずんと進んでいく。

★久瀬へ:武器庫突破おめでとう、勇者クゼ。このページは危険が迫っていない空間でゆっくり読んでほしい。
今、このページを読んでる君を、8月8日の君があのバスの中から見ている。
以下に書かれる事を、バスの中の自分に判るように「ソルからのメッセージだ」として
読み上げて伝えてあげてほしい。質問の答えはバスの中の君が頭で考えてくれさえすれば
こちらに伝わるからそうなるよう誘導してくれると助かる。
★久瀬へ:みさきさんは尾道に向かった
■久瀬太一/8月8日/25時20分
それからオレは、サクラと共に、順調に城の中を進んでいるようだった。
ドラゴンに食われかけたり、悪魔に魔法で襲われたりいった慌ただしいイベントは、その先はあまりないようだ。
オレは毒沼というものの実物を始めて目にしたが、それはただ灰色の泥が堆積しているようにみえて、毒でなかったとしてもわざわざ足を踏み込みたいとは思わなかった。
またスマートフォンを覗き込んだオレは、ふいに足をとめる。あちこちに瓦礫のある、片隅に武器が置かれた部屋だった。
「どうしたんですか?」
とサクラが言う。
「ちょっと、休んでもいいか?」
「え、はい」
オレは立ち止まったまま、じっとスマートフォンをにらみつけている。
――なにか、スマートフォンにあったのだろうか?
オレはふいに顔をあげる。
「ちょうど、武器庫だと思う。尾道は了解した」
と、そう言った。
★久瀬へ:愛媛の幸弘クンと仲よかった友達のフルネームしらないか?
■久瀬太一/8月8日/25時30分
窓の向こうのオレは、きょろきょろと周囲を見渡す。
「おい、オレがみてるのか?」
と奴は言った。
なぜ気づく? ……いや、考えればわかることかもしれないが、なんか気持ち悪い。
「幸弘が越智幸弘なら、仲がよかったのは白石隆、山本美優のふたりだ!」
なぜいきなり、そんなことを叫び出す?
たしかに越智幸弘と白石隆、山本美優の3人は古い友人だ。もうずっとあっていないけれど、同じクラスだったころは、よくつるんでいた。
「たぶん文章のいくつかが、黒く塗られていて読めない! オレは16ページに進む! そっちに頼む!」
と、窓の向こうのオレは叫んだ。

★(左の方)1.そちらは今何年何月何日ですか?
★(左の方)2-1.久瀬くん、今手に持っているスマホは君の物かな?教えてほしい。
★(左の方)2-2.君の物でなければ、それをどうやって手に入れた(取り戻した)のかを声に出して教えてくれないか。
★久瀬へ:3-1.愛媛で一緒にタイムカプセルを埋めた女の子について、フルネーム、髪型、好きな色・スポーツ・
お菓子、たれ目かつり目か教えてくれ。
★久瀬へ:3-2.できれば、他の友人についてもフルネームを教えてくれないか。
その情報があればこちらがタイムカプセルを掘り起こしにいけるかもしれない。
★久瀬へ:4.勇者クゼ、このページは8月8日のバスの中の君へのメッセージだ。読み上げてほしい。
★久瀬へ:5.八千代がプレゼントを持っている可能性を確認する為に、
八千代に「食事会に呼ばれるのはプレゼントをもらった人だけなんじゃないか?」とゆさぶりをかけてほしい。
→ということをバスの中の君に伝えてほしい
★久瀬へ:6.ノイマンが持っているプレゼントについて、八千代に聞くようバスの中の君を誘導できないか?
■久瀬太一/8月8日/25時45分
とりあえず窓の外のオレは、少しだけ先に進むことにしたようだった。
なんだか慌てた様子で部屋を探索し、先へと進んでいく。
牢屋の前のあたりで再び足をとめて、オレは叫んだ。
「左の方は黒い! サンノイチ、山本美優。当時はショートカット。赤い小物をよく持っていた。たぶんテニス、やってたわけじゃないがやりたいと聞いた。なんかミルキーをよく食べていた気がする、つり目!」
なにを叫んでいるんだ、オレは。
「サンノニ、あとのふたりは、越智幸弘と白石隆! ヨンはわかった、今やっている! ゴ、わかった、きいてみる!」
それからオレは辺りを見回して、見当違いの方向に言った。
「おい、ソルはノイマンのプレゼントを知りたがっている! 八千代が知っているかもしれないみたいだ!」
オレに言っているのだ、と理解できた。
わかった、と叫び返そうとしたが、聞えるわけがない。
隣できぐるみが、楽しげに。
「なんかすごいことになってるなぁ」
と呟いた。

★久瀬へ:9.八千代に「イコン」の言葉を知っているか聞いてほしい。
また、彼のイコンは「ミュージックプレイヤー」のほか「アカテ」そのものの可能性もある。聞くだけきいてみてほしい。
★久瀬へ:10.八千代のプレゼントは音楽プレーヤーじゃないのか?
宮野さんの話からしてメリーの言葉だと考えるとありえると思うんだ。確認して欲しい。
★久瀬へ:一応久瀬君に「着ぐるみ君ソルの方でもすごいことになってる」と伝えてあげてくれ
■久瀬太一/8月8日/25時55分
「キュウ、イコンの確認、了解した!」
それからオレは、困った風に眉を寄せる。
「あとは、黒くて読めない。19ページ、すべて黒い! 」
叫び疲れたのか、オレはぜいぜいと息をあげる。
「ジュウ、わかった。ストレートに聞いてもおしえてくれない気がするが、意識しておく!」
それからオレは、また適当な方向に向かって、
「おいきぐるみ、ソルの方もたいへんらしいぞ」
と疲れた様子でぼやいた。

★久瀬へ:11.八千代に「イコン」の言葉を知っているか聞いてほしい
また、彼のイコンは「ミュージックプレイヤー」のほか「アカテ」そのものの可能性もある。聞くだけきいてみてほしい。
★久瀬へ:13.水曜日のバスの件、水曜日の噂の件、八千代に話して反応を見ろ!
★久瀬へ:14.ここに書いてあることは基本バスへの君にむけてだ!それを念頭に置いて返事を返してくれ
★久瀬へ:15「イコンの候補」が盗まれたオーナメントかも知れない。覚えておいて欲しい。
あと、ちえりに12年前のクリスマス会について聞けないか?多くの人の記憶と照らし合わせたい。
★久瀬へ:応援してるぜ久瀬君!
★久瀬へ:必ず久瀬くんがみさきさんをたすけられるようにする!久瀬くんも頑張れ!
★久瀬へ:君の健闘を祈る
★久瀬へ:生き残ろうぜ
★久瀬へ:俺たちがついてるからな!!
★久瀬へ:久瀬生き残れハッピーエンド目指すぞ
★久瀬へ:久瀬君!!俺達ができることは
■久瀬太一/8月8日/26時15分
「11番、おいオレ、八千代にイコンについて訊け! ミュージックプレイヤー、あるいはアカテがイコンの可能性があるらしい!」
隣のサクラが、「どうしたんですか?」と驚いた様子で尋ねるが、窓の向こうのオレは気にせずに叫ぶ。
「12番は質問がみつからない。13番、ソルは水曜日のバスの件や水曜日の噂の件を八千代に話して反応をみろと言っている! 14番、これはぜんぶバスの中にいるオレに向けた言葉だ」
さすがにオレも――バスの中のオレも、状況を呑み込めた。
あのスマートフォンと未来のオレを通して、メッセージが伝わったのだ。いま。ずいぶんな遠回りをして、でも確かに。
「15番、イコンの候補が、盗まれたオーナメントかもしれない! あと、ちえりに12年前のクリスマスについてきいてみろ、とのことだ」
いかにも一仕事終えた、という感じで、バスのオレは額の汗をぬぐう。
「それから、ソルのメッセージだ」
オレはすこし恥ずかしそうに、でも大声でそれを読み上げていく。
――応援してるぜ久瀬君!
――必ず久瀬くんがみさきさんをたすけられるようにする!久瀬くんも頑張れ!
――君の健闘を祈る
――生き残ろうぜ
――俺たちがついてるからな!!
――久瀬生き残れハッピーエンド目指すぞ
なんだか、泣きそうになった。
たぶんオレの口からきいていなければ、泣いていた。
最後にオレが、やっぱり恥ずかしそうに叫ぶ。
――久瀬君!!俺達ができることは
そこで、切って、
「続きは書かれていない」
そう言って、笑った。
■久瀬太一/8月8日/26時20分
まだ頭の芯の辺りが熱い。
なんだかわけがわからない、奇跡みたいな時間を抜けて、窓の向こうのオレとサクラは薄暗い城の中を進んでいく。
オレたちは地下を抜けたようだった。
だが1階に上っても、城からは出られないようだった。
巨大な扉――おそらくは出入口へと繋がる通路に、うず高く瓦礫が積み上がっていて、越えられそうにない。
オレたちはまず、本棚がたくさんある部屋に入った。きっと書庫かなにかだろう。
その部屋には、魔法陣の痕跡が残っていた。
そちらに向かって、サクラが歩み寄っていく。魔法陣を描き写すのだろう。
一緒に作業できることでもない。そのあいだ、オレは本を読んでいることにしたようだ。
――オレに理解できる文字なのか?
と、すこし疑問だったが、その点は問題ないようだ。
オレはページをめくっていく。その内容は、バスの窓からだとよくみえない。
やがてサクラが魔法陣を描き終えて、彼女に向かって、窓の向こうのオレが尋ねる。
「サクラってのは、この王家の名前らしいな」
サクラは頷く。
「あ、はい。私は国王の娘です」
さも当然だ、という風に、彼女は頷いた。
あるいは彼女にとっては、相手が自分のことを知っているのが常識なのかもしれない。
オレは険しい顔つきで尋ねる。
「この国の王家には、聖女の血を引く女の子が必ずひとり生まれる。だが双子の姉妹が生まれたときは気をつけなければいけない。なぜなら聖女は、その血に悪魔を封じているから。双子のうちの一方が聖女の血のみを、もう一方は悪魔の血のみをひいている」
――双子のうち、一方が悪魔。
それは現実の、みさきを想像させた。なら、ちえりは? 彼女が聖女なのだろうか? わけがわからない。
君はどちらだ、とは、オレは尋ねなかった。
サクラもうつむいているだけで、なにもいわなかった。
だとしても、だ。
――この少女は、自身の姉を助けたいといった。
聖女は悪魔を助けるだろうか。
悪魔は聖女を助けるだろうか。
――いや。姉妹なら、助けようと思って当然か?
オレは深く考えるのをやめる。
窓の向こうのオレも、そうしたのかもれしない。
「次の部屋にいこう」
と言って、書庫をあとにした。![]()
:【王国の成り立ち】
![]()
:【白と黒の伝説】
![]()
:【月刊トラップ】
![]()
:【要注意悪魔リスト】
![]()
:【魔法の原理】
:【軍部雇用者リスト】
:【宝物リスト】
:【悪魔の研究】
:【ダ・ヴィンチ】
■久瀬太一/8月8日/26時30分
気分を変えたかったのかもしれない、オレはホールにある、大きな石版の前に立つ。
そこにはなにか、どす黒いものがべっとりと付着していて、なにが書かれているのかは読み解けない。この辺りで戦った兵士のものだろうか、と考える。悲しい気持ちになる。
「この石版が、気になりますか?」
とサクラが言った。
「まあ、読めた方がいいんじゃないかな。たぶん」
彼女はこの黒いものの正体を想像もしていないのだろうか、ほがらかに笑っている。
「じゃあ、お掃除しましょうか」
「掃除?」
「これくらいなら、拭えば読めると思いますよ」
それはそうだ、とバスの中のオレは思った。
石版の前に立っているオレは、しばらく考え込んだあとで、頷く。
「じゃあ、そうするか」
――どうして、オレはためらったのだろう?
あのスマートフォンの指示にはないことだったのだろうか。
――オレとソルとで、獲得情報が違う?
そういえば、ソルたちはどうやって、この不思議な世界のことを知っているのだろう?
■久瀬太一/8月8日/26時45分
石版の汚れを落とすのには、そう時間はかからなかった。
そこにみえたのは、マス目に埋まったひらがなの羅列だった。
――なんだ、これ。
とオレは思う。
「なんだ、これ」
と窓の向こうのオレが呟く。
サクラは言った。
「これは、王国の成り立ちの伝説に登場する、勇者様が残したといわれる石版ですね」
なにをしているんだ、勇者。
もう少しわかりやすいものを残して欲しい。
「勇者様は異世界から、この世界にやってきたといわれています。こことはまったく違った文化をもった世界から。この世界の外側には広い広い別の世界があって、勇者様がいた場所も、魔界も、その異世界に含まれているのだそうです」
サクラがそう言ったときだった。
ふいに景色が、見慣れたトンネルに戻り、オレはバスの中にいたことを思い出した。
※
「ずいぶん長かったな」
ときぐるみが言う。
オレは額の汗を拭って、頷いた。
「ここで、終わりなのか?」
とオレは尋ねる。
あいかわらず不気味な笑顔のままで、きぐるみが首を傾げる。
「もっと先までみたい?」
きっと、あまりいい話ではないのだろう。
「ま、なんにせよ、もうトンネルに入っちまったんだ。次の未来は、8月24日だよ」
いつもの、みさきの未来か。
「ともかくお前は、ドラゴンは突破したわけだ。おめでとう」
呑気にきぐるみが言う。
とはいえ、それも、ソルたちのおかげだろう。
――今日は、奇跡的に彼らと繋がった。
でも、もう当分走らない。
やっぱりオレは、あのスマートフォンを取り戻す必要がある。
そう考えるのと同時に、ぐったりと倒れ込んだ八千代の姿を、また思い出した。
※
そしてオレはまた、8月24日をみる。
そこにいたのは、間違いなくみさきだった。
ショートカットのよく似合う彼女の胸から、赤い血が流れていた。
――To be continued
★★★

勇者が持つ二つの力。点から降り注ぐ炎の石と、
横殴りの氷の舞が7つの場所で交わるとき、
秘密の言葉が現れる。
★★★

言葉を導くのは愛だ。届きそうで届かない、まっすぐな愛。
それは青いかもしれないし、安易に赤いといった形を取る
こともあるだろう。そんな愛の中心に、求めるものがある。
★★★

地下の迷宮に降り立ち、囚われることなく部屋を巡って避難した時、その道を振り返り曲がり角を拾え
★★★【正答】

★★★シロクロサーガ更新【v0.2】
8月7日(木) ← 3D小説「bell」 → 8月9日(土)
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最終更新日 : 2015-07-30