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秋田駅に、あまりに大勢の人がいるから驚いた。
「今日は大きなお祭りの最終日みたいね」
とノイマンが言った。
「時間ができたらみて回りましょう」
彼女は、連日遅くまで続けている作業で眠たげだが、私に気を使っているのか意外と観光が好きなのか、よくそういう提案をしてくる。
とはいえ私たちが秋田に来た目的は、英雄の過去のエピソード捜しだ。秋田駅から、ほんの短い距離を移動するために電車に乗る。
ニールが電車の窓からあいにくの悪天候の、いかにも蒸し暑げな空を見上げ、「きりたんぽって時季でもないな」とつぶやいた。
「私の調査によると、ババヘラってアイスが有名らしいわよ」
とノイマンが応える。お祭りのことといい、いつの間に調査したんだ。
ニールは顔をしかめた。
「なんだそれ。あんまり食いたくない名前だな」
「おいしいらしいわよ。シャーベットみたいなアイス」
そんな話をしているあいだに、目的の駅についた。10分もかかっていない。私はプライベートな旅行であれば、こういった細かな移動を楽しく感じるたちだ。短い距離でも辺りの風景はまったく変わることも多く、旅行がぎゅっと濃縮されている気がする。
駅を出たニールが、先導しながら言う。
「今日は、まず小学校に行く」
私は「なるほど」と頷く。
前回が保育園で、今回は小学校。
私の記憶では、久瀬くんが秋田にいたのは、小学校に入学したすぐあとだったように思う。
■佐倉みさき/8月6日/11時30分
「どの小学校だかは、わかってないんですか?」
と私は尋ねる。
ノイマンが頷いた。
「ええ。この辺りのどこかね」
私たちは小学校を巡って歩く。
なかなか厄介だ。1校めは、まだそれほど駅から離れていなかったから、良い。2校、3校と周ると、足がくたくたになった。汗がとめどなく皮膚に浮かび上がり、シャツが身体にひっついて気持ち悪い。この辺りの道路はひたすら長く感じた。
ずいぶん長い時間をかけて、私たちは予定していたルートを歩き終えた。最後の小学校の前に立つ。当然ながら中には入れないので、校門の外から遠巻きに眺める。
こんな天候だからか、グラウンドに人はいなかった。
久瀬くんもこのグラウンドを走り回ったのだろうか? 私の中での彼は、運動部に所属しているイメージではないけれど、一方で、走る姿はよく似合う。
「なにか思い出した?」
「いえ」
はやくも定型化してきたやり取りを、ノイマンと交わした。
――私は彼の過去を、それほどよくは知らない。
だから、ひとりですべてを思い出すことはできないだろう。
リュミエールの光景、と書かれていたまぶたの裏の白いスクリーンと、そしてあのツイッターアカウントが、きっと必要だ。
「じゃ、次に行きましょう」
とノイマンが言った。
「次?」
「ホームセンターよ」
そんなところ、小学校に入学したばかりの久瀬くんが行くだろうか? 英雄のイメージともかけ離れている。
「武器には困らなそうだな。チェーンソーとかよ」
とニールが笑う。
それは少なくとも、英雄の武器ではないだろう。
小学生がホームセンターに行く理由なんてあるだろうか? 売っているもので、小さな子供に似合いそうなのは文房具くらいだ。でもエンピツや消しゴムなんかが欲しくても、わざわざホームセンターにはいかないように思う。コンビニやスーパーで事足りるし、学校の近くには文房具屋さんがあるものではないだろうか。
「おい、さっさといこうぜ」
と不機嫌そうにニールが言って、私たちはその場所から移動した。
■佐倉みさき/8月6日/12時
ホームセンターに行ってみても、もちろん記憶をくすぐられる出来事なんてなかった。この現地めぐりは意味があるのだろうか、と疑問に感じる。
ニールは本日の蒸し暑さに、だんだんといらだってきたようだ。
「だいたいよ、どうして真夏に歩き回るんだよ。物理法則に反してるだろうが」
意味のわからないことをぐちぐちとこぼしながら、彼が率先して喫茶店に入る。彼自身がネットから探してきて、行きたいとごねた店だった。
ニールの趣味嗜好は知らないし興味もないけれど、この店に訪れたいという気持ちは理解できた。
特徴的な、素敵な喫茶店だ。長居したくなる店内で、お店の方もそれを許容しているのだろう、メニューには「おかわりコーヒー」というものがあった。2杯目は格安になるようだ。
ニールとノイマンがアイスコーヒー、私がオレンジジュースを頼む。
さすがに蒸し暑さで疲労していたのだろう、ノイマンがあのイラストの束とスマートフォンを取り出したのは、注文したメニューが運ばれてきてからだった。
「今日の1コマ目は、これ」
と、彼女はイラストを差し出す。
21番。黒くて頑丈そうなランドセルに、リボンが結びつけられている。その脇には「ピカピカ」の文字。
「新品のランドセルね」
とノイマンが言った。
リボンが巻かれたランドセル――リボンは、プレゼントを連想させる。
私は思い出す。
久瀬くんが昔、「クリスマスプレゼントにランドセルを貰ったんだ」と嬉しそうに話していた。
そして翌年、「あのランドセルをもっと格好良くした」とも。
その間に、ランドセルに関するなんらかのエピソードがあったのではないだろうか?
そう考えた途端だった。
頭がくらりとした。
※
酩酊のような感覚に身を委ねてまぶたを落とすと、私はまた、あのまっ白なスクリーンの前にいた。
そこに文字が浮かび上がる。
――リュミエールの光景、準備中。
2度目だから、さすがにもうルールはわかる。
スマートフォンの向こうの人たちが久瀬くんのエピソードをみつけてくれたとき、ここに彼の過去が浮かび上がるのだ。
※
目をを開くと、ノイマンがこちらにスマートフォンを差し出していた。
「使う?」
私はそれを受け取って、ツイッターのアプリを開く。
すでに「@4koma_memories」というアカウントにログインしていた。
まず書くことは決まっている。
――おとといは、ありがとうございました。本当に助かりました。
お礼を書く前に取り上げられたことが、ずっと気になっていたのだ。
それから続けて、書き込んだ。
――実は他にも、あの男の子のことで、思い出せないエピソードがあるんです。
★★★該当する喫茶店を「書斎珈琲」と推測。
■佐倉みさき/8月6日/12時10分
21、19、30、15
少年はプレゼントに黒いランドセルをもらっていたが、あるクラスメイトがランドセルでいじめにあった。
でも、それを見ていた少年はランドセルの交換を持ちかけて「かっこ良くした」
いかがですか?
※
そのツイートを読んだとき、まぶたの裏の白いスクリーンに、なにか映像が映った。
私は目を閉じる。
そこには幼いころの久瀬くんがいた。小学校の教室だ。彼はすこし離れた席にいる男の子を気にしている。
その男の子は、花柄の、ピンク色のランドセルを背負っていた。かなり目立つ。
どうやら30番は、今回のエピソードにかかわっていると考えて間違いないようだ。
■佐倉みさき/8月6日/12時13分
18番はどうでしょう?クラスのいじめられている子のかわりに、自分のランドセルをピンクにぬることでいじめの対象を自分に移したとか。
※
またスクリーンに映像が浮かぶ。
クラスメイトたちに馬鹿にされる男の子。いじめ? それほど陰険な風ではないけれど。
男の子が、困った風に笑っている。でも、その顔は泣き顔のようにもみえる。そして18番のイラストでは泣いている。
その男の子を、少し離れたところから、久瀬くんがじっとみつめている。
おそらく、18番も今回のエピソードに関わっているのだろう。
■佐倉みさき/8月6日/12時18分
2番
彼がカッコ良くした内容は
黒いランドセルにそれを書くこと
どうでしょ?
※
――え? 嘘でしょ?
そう思った。
2番だけはない。そう信じたかった。
でも。
まぶたの裏側の白いスクリーンに、はっきりと浮かぶ。
まっ黒ななにかにかかれた、あの下品なイラスト。
――どういうこと?
なんにせよ、2番も今回のエピソードにかかわっている、のか?
■佐倉みさき/8月6日/12時23分
→
→
→
ということは、21番ピカピカの1年生だった少年は、30番花柄ランドセルで18番いじめにあっていた男の子をみて、2番の絵を自分のランドセルに書いてかっこよくすることで回りの視線を引いた、ということかな。
※
これで正解だ、とわかった。
まさか、最後の1枚が「2番」だとは思わなかった。というか、このイラストは何かの間違いだと、どこかで思い込もうとしていた。
少なくとも私一人では、決して導き出せないストーリーだ。
答えがわかったことに安心して、ふっと気が抜けて、視界がぐにゃりと歪んだ。
――まただ。
視界が暗転する。
そして私は、古い映画のような、ノイズのかかった四角い光景をみていた。もう不安はない。
これから私は、彼の過去をみるのだ。
――条件を達成しました。
――リュミエールの光景、起動します。
スクリーンに文字が浮かび、彼の物語が始まる。
※
少年は、はやく大人になりたかった。
理由は少年自身にもよくわからない。身体が弱い母親を護りたかったからかもしれないし、ただ少し背伸びをしてみたかっただけなのかもしれない。
わからないけれど、少年は、小学校にあがる直前のクリスマスに、プレゼントとしてランドセルをねだった。カラフルなものもたくさんあるけれど、少年が欲しかったのは黒くてしっかりとした堅実な作りのランドセルだ。それがいちばん大人っぽいと思っていた。
12月25日の朝、目を覚ますと少年の枕元には、希望通りのランドセルが置かれていた。少年はそれを掲げて歓声を上げた。すこし大人になったような気がして、すぐにそれを背負ってみた。ずいぶん手間取ったけれどなんとかひとりで背負うことができた。
やがて父と母とが起きだしてきて、「よかったな」と言ってくれた。
少年はそのプレゼントに、大いに満足していた。
小学校に入って半年ほど経っても、少年にとってそのランドセルは宝物だった。クラスメイトが持っているどれよりも、自分のランドセルが恰好よくて、大人びていて、綺麗だと思っていた。
ちょうどそのころ、母の病状が悪化し、単身赴任中だった父の元に行く形で、少年は引っ越しすることになった。
せっかく仲良くなっていたクラスメイトと離ればなれになるのは寂しかった。それ以上に、入院した母の元を離れるのが嫌だった。
でも少年は、それほどは我儘を言わなかった。ほんの幼いころから、どこか大人びたところがある少年だった。
――仕方ない。
と自分に言い聞かせて、少年は新たな場所での生活を始めた。
――オレはまだ子供だから、母さんになんにもできないんだ。仕方ない。
自慢のランドセルを抱きしめて。
それがあれば、きっと、すぐに強い大人になれると思っていた。
※
新しいクラスでは、岡島という名前の少年が浮いていることに、すぐ気づいた。
当時少年はいじめという言葉を知らなかったし、実際にそれほど強い悪意を感じたわけではない。でも何人かで話していると、決まって同じ少年がからかわれるな、とすぐにわかった。それが岡島だった。
――どうして、岡島がからかわれるんだろう?
少し疑問だった。彼に、他のクラスメイトたちと比べて、なにか変わったところがあるようにはみえなかったから。
その疑問が解けたのは、放課後になったときだ。岡島のランドセルをみれば、すぐにわかった。
彼のランドセルは花柄だった。女の子たちを含めても、このクラスでいちばん可愛らしいランドセルだった。
正直、恰好悪いなと少年も思った。
※
そのまま2週間ほど経った。
岡島は、ランドセルを馬鹿にされるたびに悲しげな顔をするけれど、特になにか反論する様子もなかった。
ある日、クラスの先生が岡島と話しているのを、たまたま少年は聞いた。
「これ、あげるから」
と先生は、黄色い交通安全カバーを岡島に差し出した。
「花柄がいけないっていうわけじゃないんだけど、ほら、岡島くんも困るでしょう?」
クラスにも何人か、交通安全用の黄色いカバーをランドセルにつけている生徒がいた。前の学校では全員がつけないといけない決まりだったから、少年は少し驚いた。少年自身は、恰好いいランドセルにださいカバーをつけなくてもいいことを喜んでいたけれど、花柄よりはあの黄色いカバーの方がましにみえた。
なのに岡島は首を振る。
「つけなさい」
と先生は言った。
また岡島は首を振る。
先生は少しだけ苛立った様子で、岡島の、花柄のランドセルを手に取った。勝手にカバーをつけてしまうつもりみたいだ。
岡島は先生の手の中から、そのランドセルを奪い取り、駆けだした。
「こら、岡島くん!」
先生が大きな声を上げる。
それよりも先に、少年は岡島のあとを追っていた。
※
廊下の片端で、少年は岡島をつかまえる。
「どうして、カバーつけねぇの?」
と少年は尋ねた。
あの花柄のせいでからかわれていることは、岡島もわかっているはずだ。
でも彼は首を振るだけだ。
「花柄が好きなの?」
岡島は、ゆっくりと、ためらうように頷いた。
「好きだよ。おばあちゃんが選んでくれたから」
そうか、と少年は頷いた。
それから、よくわからないけれど、岡島は恰好いいなと思った。
※
だから少年は、自分のランドセルを、もっと恰好よくすることにした。黒いランドセルにいちばん目立つ色で絵を描こうと思った。
「白いマジックってある?」
と聞くと、父は近所のホームセンターに連れていってくれた。そこでいちばん太い、白いマジックを買った。
少年はそのマジックで、花柄よりもずっと馬鹿にされそうなイラストを、自分のランドセルに描いた。
本当は嫌だったけれど、岡島は恰好いいから仕方がない。
――オレはできるだけ、恰好良い奴の味方でいたい。
そう思っていた。
※
翌日、もちろん少年はクラスメイトたちから馬鹿にされたし、嫌ななあだ名もつけられた。いちばん悲しかったのは、先生が理由もきかずにその絵を消してしまおうとしたことだ。
だから夜、父親が不思議そうな顔で尋ねてきたとき、少し嬉しかった。
「どうして、そんなことしたんだよ?」
「なんだ。わかんねぇのかよ」
少年は笑って答える。
「これ、すげぇ恰好いいだろ?」
■佐倉みさき/8月6日/12時25分
目を開くと、ノイマンが私の顔を覗き込んでいた。
「やっぱり、どこか悪いんじゃない?」
病院の予約を入れましょうかという彼女に、私は首を振る。
「大丈夫ですよ」
むしろ、気分はいい。
でも少しだけ泣きたかった。
久瀬くんのしたことは、大人からみると馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど。でも彼はきっと、ずっと本物の英雄だった。
※
私は適当な嘘のエピソードを語りながら、タイムラインの向こうのみんなにお礼を書く。
――みなさん、ありがとうございます! みなさんのおかげで、エピソードを思い出せました。
と、ニールが隣から、スマートフォンをつかみとった。
つい、あ、と声が漏れる。
「もういらねぇだろ」
彼が席を立ったので、ノイマンと私も、仕方なくあとに続く。
この素敵な喫茶店をあとにするのが、少しだけ惜しかった。まるで上品な図書館のようなお店で、ずっとここにいたくなるのだ。本当に。
会計を終えて、ノイマンがスマートフォンの地図アプリで駅までのルートを検索した。
「ここからだと、結構あるわね」
「どのくらいかかる?」
ニールの質問に、ノイマンは平然と返す。
「30分ちょっとかな」
「おいおい、今日は歩くような天気じゃないだろ」
俺は先に行く、と彼はつぶやく。
「この子はいいの?」
「お前が責任をもって連れてこいよ。それくらいできんだろ」
ノイマンの答えも聞かず、ニールは右足を踏み出した。それだけで、彼は靴の底が地面に触れるよりも早く姿を消している。何度見ても意味がわからないマジックだ。
「あれ、なんなんですか?」
「気にしないで。私も気にしてないから」
ノイマンは本当に気にしている様子もなく、軽く息を吐いてから、もう一度スマートフォンの画面をちらりとみた。
「どうする? 私たちはタクシーでも呼ぼっか」
「あ、いえ。歩きましょう」
思わず口をついてそう出たのは、ニールと少しでも離れていたかったからだ。ノイマンとふたりきりなら、もうほとんど誘拐されていることを意識しない。
そ、と頷いて、ノイマンは歩き出す。
「じゃ、こっちよ」
店を出て、すぐ右に曲がる。
続いてのっぺりと白く塗られた施設の前を左折し、まっすぐ進んだ。
小さな川と、そこにかかる橋を越える。
さらに、大きな道路に出たあと左に曲がると、また川と橋がある。
広い公園の前をゆっくりと歩きながら、横に並んだノイマンが言う。
「このあたりには自然がいっぱい残っているのね」
確かに、都心とはかなり違って新鮮な光景だと思う。
「そうですね。なんていうか、建物同士の間隔が広いし」
だからか、大通り沿いをかなり長く歩かされた。
しばらく先、薬局の前を左に折れる。看板を見る限り、このあたりは四つ屋街道というらしい。
その後は、また不安になるほどの直進だった。左手に、緑の柵に囲まれた総合車両センター。その横を過ぎて、緩い上り坂を渡る。
ここも橋だ。下には列車の路線が横切っている。
坂を降りると、すぐ先に5方向へ分岐する交差点があるので、右に曲がる。
交番あった。その前を、誘拐犯と雑談を交わしながら通り過ぎるというのも奇妙な気分だ。やがて開けた交差点に出る。
そこを右に曲がると、もう土崎駅だ。汗が顎から滴るけれど、それでももう少し、こうして静かに歩いていたかった。
駅前ではニールが、飲み終わった缶コーヒーのプルタブをかちかちと爪で弾いている。
「オレはこの旅で、何杯のコーヒーを飲みゃいいんだよ?」
ニールが空き缶を片手で凹ませ、告げる。
知ったことか、と私は内心で舌を出した。
★★★土崎(秋田)の喫茶店「書斎珈琲」にて『ある少年の光景2』 / 『ある男の視点2』発見。
『ある少年の光景2』
・少年(久瀬):クリスマスにランドセルをねだった。出来るだけ恰好良い奴の味方でいたい。
・少年(久瀬)の父:少年(久瀬)が小学校に入学し半年が経過した頃、単身赴任中。
・少年(久瀬)の母:少年(久瀬)が小学校に入学し半年が経過した頃、病状が悪化。
・岡島:久瀬のクラスメイト。花柄のランドセルを使っている。
・クラスの先生:交通安全用の黄色いカバーを岡島少年のランドセルに付けようとした。久瀬の落書きを理由も聞かずに消そうとした。
・岡島祖母:岡島少年に花柄のランドセルを選んだ。
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・少年は早く大人になりたかった。小学校にあがる直前のクリスマスに黒くてしっかりとした堅実な作りのランドセルをもらった。
・転校先のクラスでは岡島という少年が浮いていることに気付いた。彼のランドセルが花柄なのはおばあちゃんが選んでくれたから。
・少年は岡島を恰好いいと思った。--オレはできるだけ、恰好良い奴の味方でいたい。
・少年はランドセルに花柄よりも馬鹿にされそうな絵柄を描いた。「これ、すげぇ恰好いいだろ?」
『ある男の視点2』
・ある男:父親が嫌い。自由が、どこにでも行ける靴が欲しかった。14年前の冬にスニーカーをねだった。
・ある男の父親:ある男の祖父が興した会社を継ぎ、綺麗に整備された道をまっすぐに歩いてきた。書斎にビートルズのアルバム「アビー・ロード」を飾っていた。
・ある男の母親:誕生日とクリスマスにある男へプレゼントを贈った。
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・オレは親父が嫌いだった。
・母には内緒で会っていた。ぴかぴかの革靴を履いて。母は誕生日とクリスマスにプレゼントを贈ってくれた。
・14年前の冬に「スニーカーが欲しい」と答えた。安っぽい、ぼろぼろに履き潰すためのスニーカー。
・自由が欲しかった。どこにでもいける靴が欲しかった。
■久瀬太一/8月6日/15時30分
八千代に簡単なおつかいを頼まれた。
近所のファストフード店に行って、ふたりぶんのセットメニューをテイクアウトして、帰りにコンビニかどこかでアイスクリームを買い、ホテルまで戻ってくる。それだけだ。
「尾行のコツを知ってるかい?」
と八千代は言った。
「知らない」
とオレは答えた。
「なにも知らない?」
「以前、テレビ番組で少しだけ聞いたことがある」
ポイントはふたつだ。
ひとつめは、相手の靴を覚えること。うつむきがちに、足元だけをみて尾行するのがよい。
ふたつめは、数人のチームで臨むべきだということ。2ブロック進むと次の仲間に交代、さらに2ブロックでまた次の仲間に。その間に、最初の追跡者は相手のルートを予想して先回りしている。そういう風に入れ替わりながら尾行すると、ずっと気づかれづらくなる。
そう説明すると、八千代は頷いた。
「うん、正しい。すぐに両方忘れてくれ」
「忘れる?」
「そう。君は追跡者の存在に気づいちゃいけない。多少警戒している素振りをみせるくらいならいいけれど、絶対に敵を特定しちゃいけない」
「どうして?」
「変に聡いと、相手を焦らせるきっかけになる。忘れたのかい? 今は落ち着いて、ゆっくり問題に対処する時間だ」
「あんたは? あんたが追跡者をみつけるのか?」
「説明すると、君は演技をする必要が生まれる。演技に自信は?」
「まったくないな」
「なら、なにも知らないままがいい」
仕方なくオレは頷いた。
こういった事態には八千代の方がずっと精通しているだろうし、専門家がるならそいつに任せる。素人の我儘で面倒事をより面倒にはしたくない。
「オーケイ。よい旅行を」
そう言って手を振る八千代に見送られて、オレはホテルを出た。
ほんの少し歩くだけで、八千代が「旅先」と表現する理由がわかった。
――おそらく、オレを追跡している何者かがいる。
そうわかっているだけで、周囲の何もかもが非現実的だった。言葉の通じない、常識も違う異国の地を、ひとりきり歩いているような気分だった。オレはゆっくりと周囲を見渡す。足早に歩くサラリーマン、ティッシュを配る若い男性、カフェの窓際で雑談している2人組の女性。みんな、スイマにみえる。
――ま、考えても仕方がない。
オレはできるだけ、普段通りに歩く。
ランチの看板に気を取られたり、自動販売機で缶コーヒーを買ってみたりする。
そのままファストフード店に入り、八千代に頼まれていたフィッシュバーガーのセットと、自分用にもっとも安いハンバーガーのセットを注文した。
商品を渡されて、オレは店を出る。
――もしオレを見張っている奴がいるなら、そいつは店の外にいるんじゃないか?
と予想した。
店内に入ってしまえば、なにも注文せずに店を出るのは不審だ。あるいは相手はチームで動いていて、中までついてくる奴と外で見張っている奴がいるのかもしれない。どちらにせよ、外から出入口を見張る人間がいた方が自然だ。
八千代に言われた言葉を思い出す。
――絶対に敵を特定しちゃいけない。
あまり考えすぎるべきじゃない。
そう思いながらも、オレはそろりと辺りを観察した。ちょうど路肩に止まっていた銀色の車が発車するところだった。
――まさか、あの中からオレを見張っていた?
疑心暗鬼に囚われる。
よかった、と思った。
都合よく、オレは頭が悪いらしい。注意深く鈍感を装うまでもなく、追跡者を特定できそうもなかった。
その時だった。
「久瀬さん、ですね?」
ふいに名を呼ばれ、オレはそちらを向く。
そこには見覚えのある、眼鏡をかけた男が立っていた。ファーブルと名乗ったあのスイマと一緒にいた男だ。
――本当に、いた。
奴らはオレの居場所を知っていた。
でも、どうして声をかけてきた?
そもそも、どうして、オレの名前を知っている?
奴らの調査は着実に進んでいるということか。
なにも答えられないでいると、眼鏡の男は、小さな白い封筒を差し出した。
「これを」
「……なんだ?」
「ささやかなメッセージだと聞いています。私も中を知りません」
「だれからのメッセージだ?」
「ファーブル、でおわかりいただけますね?」
「ああ」
オレは封筒を受け取る。
眼鏡の男は、まるで平穏な、屈託のない表情で笑った。
「これで私の仕事はお終いです。それにしても、今日は暑いですねえ」
言われるまで気がつかなかった。
確かに、白く尖った夏の光がアスファルトを焼いている。オレの首筋も汗が流れていた。人体は緊張すると温度を忘れるようだ。
「近くのパーキングに車を停めているんです。よろしければ、貴方のホテルまでお送りしましょうか?」
内心でため息をつく。
断られる前提の質問はきらいだ。
「いや。このあとコンビニで、アイスを買わないといけないんだ。それに夏は嫌いじゃない」
「それは残念です」
では、と軽く頭を下げて、眼鏡の男は踵を返した。
オレはしばらく、その場に茫然と立ち尽くしていた。
ジォジォと、セミが鳴いている。
静かにしてくれよ、オレは心を落ちつけたいんだ、と胸の中で呟いた。
※
たまたまサーティワンの前を通りかかったので、アイスクリームはそこで買うことにした。
自動ドアを抜けて店に入ると、すぐにスマートフォンが鳴った。八千代からだ。
「オレ、ロッキーロードね」
と言い残して彼は電話を切る。
きちんとみているから安心しろ、ということだろうか?
それとも本当に、ただのロッキーロードのファンなのだろうか。
■久瀬太一/8月6日/16時
八千代は当然のように、ホテルのオレの部屋までやってきて、フィッシュバーガーにかみついていた。
「さっさと食えよ。アイス溶けるぜ?」
と彼は言った。
「ああ。そりゃ大変だ」
オレはいまいち食欲がないまま、フライドポテトを口に運ぶ。
フィッシュバーカーの包装紙を丁寧に折り畳んでゴミ箱に捨てて、八千代はサーティワンアイスクリームのロッキーロードを手に取る。
「で? 手紙の内容は?」
「ファーブルって奴が、オレに会いたいってさ」
「どんな条件で?」
オレは手紙の内容を要約して告げる。
「食事をごちそうしてくれるらしい。時間も場所もこっちが指定していい。向こうから来るのはファーブルひとり。こっちから行くのはオレひとり。それから、直接顔を合わせられたなら、ドイルの秘密を教えてやる、ってさ」
「オレの秘密ねぇ」
八千代は紙コップについていた白い半透明のフタを外し、ストローを使わずにコーラを飲んだ。
「そのことは、オレには話すなって書いてなかったか?」
「書いていたさ、もちろん」
「どうして話す?」
「ファーブルって奴よりは、まだあんたの方が信用できる。そう決めた」
オレは食欲もないままハンバーガーにかみつく。が、意外と腹が減っていたのか、ケチャップの味が妙に美味く感じた。
八千代は笑う。
「ありがたい話だねえ。で、どうするつもりだい?」
「しばらくはあんたの指示に従う。そういう約束だ」
「君は危ういくらいに律儀だな」
「結局、そうした方が上手くいくんだ。少なくとも、オレの21年間の経験じゃね」
利益を追求すれば正直に、まっとうに商売するしかない。世の中を上手く渡りたければ素直に、律儀に生きた方が効率的だ。オレはそう思っている。
「賢明だ。それを知らない奴らばかりが、世の中を生きづらくする」
「で、オレはどうすればいい? この手紙は無視か?」
「いや。会った方がいい」
意外な答えだ。
「どうして?」
「奴らが知っている、オレの秘密ってのが、ちょっと気になる。それからオレと君とがあんまり仲が良すぎると不自然だ」
オレはハンバーガーにかみついて、とくに意味もなく首を振る。
「わかった。会ってくるよ」
とはいえ、気になっていることもある。
「今回だけは、教えてくれ。どうしてファーブルはオレに会いたがる?」
「どうしてだと思う?」
「普通に考えれば罠だ。捕らえて、強引に悪魔の居場所を聞き出したがっている」
そうでなければ、直接会う理由がない。ただ話したいだけなら電話で充分だ。
でも八千代は首を振った。
「いや。穏健派は嘘をつかない」
「どうして?」
「それがあいつらの、良い子の定義のひとつだからだ」
「いい子?」
「あいつらは良い子でいたいんだよ。特別なプレゼントが貰えるようにな。だから嘘はつかないし、暴力も避ける」
わけがわからなかった。
「誘拐は、良い子のすることか?」
「あいつらの定義じゃ、誘拐じゃないんだろ。保護とか擁護とか、一見正しげな言い回しなんだよ」
「殺人は?」
「もちろん、いけないことだ」
「でもあいつらはみさきを殺そうとした」
少なくとも先月、みさきが捕えられた廃ホテルには時限爆弾があった。
「穏健派と強硬派は思想が違う。それに、強硬派でも殺人はやっぱり禁止されている。君の彼女を殺そうとしたなら、なんらかの言い訳を用意していたはずだ」
「言い訳?」
「たとえば、彼女自身が死を選ぶように仕向ける」
――ああ。
それっぽいことを、あの誘拐犯が言っていた気がする。悪魔は自ら死を選ぶ、とかなんとか。
「馬鹿げた話だ」
「ああ。馬鹿げた連中なんだ。実際のところ」
理解することを諦めて、オレはようやくサーティワンのカップに手を伸ばす。ジャモカアーモンドファッジを選んでいたが、表面がすでに溶けつつある。
それをスプーンですくいながら、オレは尋ねた。
「じゃあファーブルって奴は、どうしてオレに会いたがっているんだ?」
こちらに危害を加えないなら、直接顔を合わせる理由なんてないように思う。
「たぶん、オレには聞かれたくない話をするんだろう。あるいは君を仲間に引き込みたいのかもしれない。オレを裏切らせてね」
その程度のことなのか。
なら、確かに会った方がよさそうだ。
八千代は空になったサーティワンのカップをゴミ箱に放り込んで、言った。
「魔法の言葉を教えてやるよ」
「魔法の言葉?」
「もし奴らを黙らせたいような事態になれば、こう言ってやればいい。――ドイルはメリーに褒められる方法を知っている」
メリー。――確か、今の聖夜協会でもっとも力を持つ人物だ。
「メリーに褒められるって、なんだよ?」
「あいつらはメリーに褒められたいから良い子でいるのさ」
「どうして?」
「特別なプレゼントが欲しいからだよ」
だがプレゼントを与えるのは、センセイという人物だったはずだ。
メリーじゃない。
「わけがわからないな」
「今はそれでいい」
オレはため息をつく。
八千代がなんと言おうが、ファーブルに会うのは気が進まない。
とはいえ、今は嫌なことを避けて通れる場合でもなかった。
「高いランチでもごちそうになってくればいい」
と八千代は笑う。
ああそうするよ、とオレは答えて、とりあえずジャモカアーモンドファッジを食った。
・なんか、いつのまにか【Twilog】というサイトにこのアカウントが登録されてるみたいです。http://twilog.org/3d_bell
★久瀬へ:久瀬父に、佐倉父、また佐倉家について聞いてみてください!
※以前送って、返信がくる前に電波が切れていたもの
→【久瀬さんからの返信】うちの父親は、佐倉父についてはあまりよく知らないらしい。
真面目そうな人だと言っていた。
親父は佐倉の祖父とは仲がよかったみたいだが、他の家族とはあまり交流がないみたいだ。
★久瀬へ:八千代雄吾の名刺に書かれている電話番号とメールアドレスを教えてください
→【久瀬さんからの返信】八千代の電話番号と、メールアドレスは下記だ。
050-3159-5668 / candy.music.777@gmail.com
★久瀬へ:宮野さんがプレイヤーとスマホを”借りてきた”部屋は、先代ドイルのものです。
このことを現ドイルに伝え、新たな情報を得ることはできませんか。
その際、宮野さんの名前を出すかどうかは久瀬くんの判断に任せます
→【久瀬さんからの返信】わかった、きいてみるよ。ただ、あまり君たちのことを話したくはない。
オレはどうやってそのことを知ったことにすればいいだろう?
考えてみるけど、いいアイデアがあれば教えてほしい。
★久瀬へ:宮野さんの持ってるスマートフォンと音楽プレイヤーはどうなっている?
あれはドイルの部屋から持ち出したものだから、ドイルと一緒にいるなら渡してもらえるのではないのか?
→【久瀬さんからの返信】なるほど、わかった。明日にでも宮野さんに連絡してみる
★久瀬へ:久瀬さん、八千代に聖夜教典はいつからあるのか、
いつから存在したのか(書籍として)きいてくれませんか?
→【久瀬さんからの返信】わかった、確認してみる。
そういや、本当にあそこに書かれているのがオレのことなら、それほどは古いものではないんだな。
★★★八千代の電話およびメール:賢明で行動力に溢れる諸君。残念だが、この方法では連絡は取れない。
君たちと彼らは極めて遠く離れている。通常、電波は届かない。別の手段を捜してほしい。
水曜日のクリスマスには100の謎がある。21番目の謎は、彼らはどこにいるのか? だ。
■久瀬太一/8月6日/20時15分
ソルのスマートフォンが鳴ったのは、20時をわずかに回ったときだった。
――ソルからだ!
間違いない。
まるで待ち構えていたように、次々にメールが届く。
早く、早く――
焦りながらオレは、そのメールに返信する。
※
まず届いたのは、八千代に関するメールだった。
彼の電話番号とメールアドレスを尋ねられる。ソル相手に秘匿することでもないだろう、と考えて、オレは素直に、彼の名刺に書かれているものを答えた。
それから、気になったのは宮野さんが持ち出したスマートフォンとミュージックプレイヤーのこと。
どうやらあれは、八千代の持ち物だったようだ。
――ドイルと一緒にいるなら渡してもらえるのではないのか?
とソルたちは言っていた。
――確かにそうかもしれない。
宮野さんは強引で、原稿のためなら身勝手だけど、少なくとも悪人ではない。
この数日は彼女と連絡をとっていなかった。近々、電話をしてみようと思う。
※
返信を打ち込んでいるあいだにも、次々とスマートフォンは震え続ける。
急速に流れ込んでくる情報に、頭の処理が追いつかない。
あとで繰り返し読もう、と思った。
★久瀬へ:ドラゴンから走って逃げて、左のドア(幽霊とは逆!)を持っている剣で切ってドアの向こうの部屋へ。
部屋の奥右側の壁付近にある赤い瓶を取って部屋にあるテーブルの上に置けば
ドラゴンを眠らせることができます。続きは鋭意作成中。これで完璧!…を目指します
→【久瀬さんからの返信】あのドラゴンのことか……。今のところ、特によくわからない未来だから、助かる。
とにかく暗記しておく。
★久瀬へ:みさきさんは8/4の時点でノイマンさんとニールさんとともに、名古屋付近に宿泊中です。
ミサキさんは二人に協力する、という姿勢をとっているため、
現状、すぐに身の危険はないと思われるので安心してください
→【久瀬さんからの返信】わかった。教えてくれてありがとう!……名古屋にいるのか。
オレも昔、あそこに住んでいたことがある。もうあんまり記憶もないくらい前のことだけど。
★久瀬へ:みさきさんは、この後数日間、二人と行動を共にして、各地を旅行する予定のようです。
それは久瀬くんがかつて引っ越してきた土地の可能性が高いです
→【久瀬さんからの返信】オレがいた土地? どうしてそんなことを……。
よくわからないが、教えてくれてありがとう!
★久瀬へ:みさきが二人に協力する理由は、協力すれば解放に近づく→久瀬くんの助けになるため。
久瀬くんの安全を盾に取られてやむなくの面もあるようですが、待遇は良いようですし、
彼女もそこまで嫌々でもなく精神的にもゆとりを持って行動してるように見受けられます
→【久瀬さんからの返信】わかった、ありがとう!とりあえず、今は焦らなくてもいい、ってことみたいだな。
★久瀬へ:みさきさんがノイマンさんたちに協力している件ですが、40枚ほどのイラストが提示されていて、
その中に混ざっている英雄と呼ばれる少年のエピソードを4コマ漫画の形で抜き出して欲しい、という依頼です
→【久瀬さんからの返信】よくわからないことをしているな……。
でも、ノイマンの部屋のPCで40枚のイラストをみたな。あれか?
★久瀬へ:ノイマンさんもニールさんも、現在メリーの指示で、「英雄」について調べているようです。
聖夜経典に出てくる少年のことと思われます
→【久瀬さんからの返信】そうか……。残念だが、その少年がオレだという説がある。わけがわからない。
★久瀬へ:この指示は、ノイマンさんたちはメリーから受けていますが、
メリーは失踪したはずのリュミエールから依頼されているのだそうです。
ちなみに依頼者であるリュミエールが「みさきさんだけが英雄のエピソードを見つけられる」といったため、
協力を依頼したようです
→【久瀬さんからの返信】リュミエールって、あのバスに乗ってた彼女だよな。
あいつらとメリーには繋がりがあるのか。いや、元聖夜協会員だって言ってたから、そりゃ顔見知りではあるよな。
★久瀬へ:実はこの40枚のイラストは、ソル側は「愛媛の愛情100%」というブログの記事の一つとして
みる事ができます。 画像添付できないか、試してもらう予定なので、
うまく見れるようなら、久瀬くんの方でも絵を見てなにか思い出せないか試みてください
→【久瀬さんからの返信】あのブログは気になっていたんだ。ありがとう、助かる!
★久瀬へ:英雄のエピソードが含まれているという40枚の絵です。(関係無いものも混ざってるそうです)。

→【久瀬さんからの返信】すまない。画像が真っ黒でオレにはみえない。
★久瀬へ:愛媛ブログに乗っていた40枚の画像は,
あなたの昔の記憶を表す幾つかの4コマ漫画を構成するはずです.その方向で4コマ漫画を組み立てられますか?
→【久瀬さんからの返信】すまない。さっきの画像は真っ黒でみえないんだ。
オレの記憶というのは興味深いが、残念だ。
★久瀬へ:「愛媛の愛情100%」ブログのメールアドレスをGmailの連絡先に入れたら
越智総一郎と出てきたのですが、この人物名に聞き覚えはありませんか?
→【久瀬さんからの返信】越智ってやつは、愛媛のころのクラスメイトにいたな。
ぶっきらぼうだけどいい奴で、けっこう仲がよかった。でも総一郎って名前じゃなかったな。
■久瀬太一/8月6日/20時30分
続いて届いたのは、あの不条理なドラゴンに食われる未来に関するメールだった。
――あんな無茶苦茶な状況、一体オレにどうしろってんだよ?
と思っていたけど、そのメールにはなんらかの確信をもって、あのドラゴンから逃げる方法が書かれていた。
――剣でドアを切れって?
そんなこと、素人にできるのか?
だが、あのドラゴンと戦うよりはずっと現実的だし、たしかに開かないドアと格闘するよりは、ぶっこわしてしまった方が手っ取り早そうではある。
――なるほど、わかった。
とオレは返信する。
※
続いてブログ――おそらく、あのノイマンという聖夜協会員のPCでみた、40枚のイラストがあったブログのこと。
ノイマンの部屋を出てから、あのブログを何度か検索しているけれど、オレにはみつけられない。
でもソルたちにはあのブログがみえているようだった。
どうやらみさきが、ふたりの誘拐犯と共に、あの40枚のイラストに関する調査をしているようだ。
そのため、オレが以前暮らしていた町々をまわっているという。
――どうしてそんなことを?
とはいえスイマたちも、あのイラストと、オレの過去とを繋げて考えているようだ。
――なら、やっぱりヒーローバッヂもあのイラストにある通りなのか?
タイムカプセル、と書かれたイラスト。
きっとそれは、オレが愛媛にいたころのイラストだ。
★久瀬へ:みさきさんは現在「ベリーショートってほどではない程度に」髪を切りました。
夢で見たみさきさんの髪型はどうでしたか?
→【久瀬さんからの返信】ああ、確かにショートカットだった。たぶん本当に未来がみえているんだと思う。
★久瀬へ:クリスマスパーティーのとき、久瀬くんはどうやってみさきとちえりを見分けていたのか?
ちえりはクリスマスパーティーのときどうしていたか?
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:君が入手できない情報は極めて不可解だ。ノイマンのPCでは表示されたHPが見つからない。
特別なのは君かも。ところでみさきは例のブログに関連してメリーの指示の元、ノイマンと行動している。
穏健派ファーブルと敵対する必要はないかもね
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:6歳ごろ保育園時代に魔女ライトを自称していた、本名「ひかりちゃん」という女の子の
誕生日を祝った記憶は ありますか?あと、その子にペンちゃんというアダ名をつけていませんでしたか
→【久瀬さんからの返信】ああ、懐かしいな。確かにその子は、保育園のころの友達だよ。よく知ってるな。
★久瀬へ:薄々察してることと思いますが、我々ソルと久瀬くんとでは、知ることのできる情報に差があるようです。
何故かは現状我々にも判りません。推測中ですが、誰も確証にたどり着けていません。
今後はそれを念頭に置いておいてください
→【久瀬さんからの返信】わかった、ありがとう。覚えておくよ。
★久瀬へ:また、そういう事情なので、我々が掴めない情報のためにも、久瀬くんの方でも色々探ってみて、
こちらへ伝えていただけると助かります
→【久瀬さんからの返信】そうか……確かに、そっちではわからないことが、こっちならわかる可能性もあるのか。
わかった。とはいえ、今はあまり動き回るなと八千代に言われていて、ちょっともどかしいな。
★久瀬へ:12年前のクリスマスについてお父さんに聞いてみてくれないか。
もし久瀬君が英雄ならドイルの話と整合しないので困っている。
悪魔から受けた呪いで記憶が飛んでいると言う夢物語があるかもしれない
→【制作者からのメール】
先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、彼には届かない。
近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:そういえば、初めてバスの中で少年ロケットに出会ったとき、
奴は水曜日のクリスマスには100の謎があるって言っていたな。
12月25日が水曜日になる年のクリスマスに何か思い当たることはないのか?
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:久瀬くん自身が大きな病気や怪我をしたことはありますか?また、最近病院へ行ったことがありますか?
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:今まで引越しをした遍歴を覚えてますか?曖昧ならお父さんに確認してもらうことはできますか?
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:聖夜協会が殺人を禁忌とするなら、
過去のバスの中でニールが君を打ち殺したことはどうにも説明がつかない。
みさきが死ぬのにも何か言い訳がついてくる可能性もある。
そのあたりを探れると、有益な情報が出てくるかもしれない
→【久瀬さんからの返信】そうだな。まあ、あいつらの「言い訳」ってのがどんなもんだかわからないが……。
その辺りも、意識に留めておく。
★久瀬へ:※行の先頭文字を繋げて縦読み。
今更だけど
何で
年に1度しかあってないみさきさんを
命がけで助けるの
猫大好きスレで調べて
→【制作者からのメール】 先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。 その謎はすでに公開されている。58番目の謎は、彼らの世界は「いつ」なのか、だ。
★久瀬へ:次のURLのサイト(多分ブログ)を見ることはできませんか?「macchaccha.hatenablog.com」
もし見れるようなら、書かれてる内容を出来るだけ詳しく教えて下さい。
→【久瀬さんからの返信】残念だが、このサイトもオレにはみることができないみたいだ。
★久瀬へ:愛媛の越智君という友人を覚えていないか タイムカプセルを埋めたらしいけど
→【久瀬さんからの返信】越智は知っている。オレはあんまり友達は多くないけど、あいつらとはよくつるんでた。
越智は仲のよかった3人組のひとりで、オレもそこに混ぜてもらってたんだ。
……そういえば、あいつらとタイムカプセルを埋めようって話をしていた。
■久瀬太一/8月6日/20時45分
スマートフォンにメールが届くのが、断続的になってきた。
だが、電波はまだある。
――ソルの方でなにかあったのだろうか?
いや、もう充分に、有益な情報を貰っている。
そう思いながら、次のメールをひらいた。
※
そのメールは、みさきの髪形に関することだった。
――思えばオレは、まだ直接、みさきの顔をみていない。
最近のみさきは、ということだが。
どうやらみさきは最近、髪を切ったようだ。誘拐犯と一緒にいて髪を切るというのも、想像するとあまりいい展開はイメージできなかったが、でもソルたちは「彼女は比較的安全だ」と言っている。すべての聖夜協会員が極端な悪者だということでもないのだろう。
オレが知っているみさきは、あの未来の風景で血を流すみさきだけだ。そのときの彼女は確かに、ショートカットだったように思う。
※
それから、なつかしいことを、少しだけ尋ねられた。
保育園のころの友人のことだ。
――オレはあのころ、名古屋にいた。
どうやらソルたちは、みさきの情報も正確に入手しているようだ。
みさきが名古屋でオレの過去を調べていて、あの女の子のことを知ったのかもしれない。
どこかペンギンに似た、いつも不機嫌そうな魔女。
オレは彼女を、ペンちゃんと呼んでいた。
懐かしくて、少しだけ微笑む。
★久瀬へ:みさきさんが見つけた君のエピソードを伝えておく。
幼稚園時代、名古屋でひかり(ペンちゃん)という女の子の誕生日を鳥居のところで祝ったそうだ。
関連した記憶はないか?
→【久瀬さんからの返信】ペンちゃんのことは覚えてるよ。たしかに、鳥居の前でバースディソングを歌ったな。
母さんにいわれて、誕生日は必ず祝うことに決めてるんだ。
★久瀬へ:宮野さんと話す機会があったら、
アタッシェケースを手に入れたイタリアンレストランを知ったきっかけを教えてほしい。
八千代にアタッシェケースまたは鍵のついた小箱の噂を知らないか聞いてほしい。
→【久瀬さんからの返信】わかった、訊いてみる。宮野さんの情報源は、だいたい雪って広告主らしい。
たしかに、あのアタッシェケースや小箱のことは、八千代に確認しておきたいな。失念していた、助かる!
★久瀬へ:秋田でのエピソードだが、小学校1年生位の時に花柄のランドセルの岡島君の恰好よさにひかれ、
ランドセルにう○この絵を書き、『恰好良いだろ』と父親に言ったようだ。覚えはないかい?
→【久瀬さんからの返信】覚えている……。そんなことまで知ってるのかよ。
もっと上手いやり方があっただろうと、今なら思う。
★久瀬へ:念のために聞く。君の父親に自分と同い年の佐倉さんのところの子供が何人いたか聞いてほしい
→【久瀬さんからの返信】オレが知っている限りじゃ、2人だよ。みさきとちえりの2人だけだ。
★久瀬へ:あなたは小学生で秋田にいた頃、「岡島」という少年の為に
自分の黒いランドセルに白いマジックでいたずら書きをしなかったか?
→【久瀬さんからの返信】した。あまり思い出したくない過去だ。
★久瀬へ:先ほどドラゴンの対処方法を送りましたが、
久瀬さんに制作者から届いたアドレスに詳しい図解を用意しています。
ドラゴンと対峙する前にもし開けたらそちらが最新ですのでよく読んでください。
対峙する瞬間まで開けなかったら先の指示に従って下さい
→【久瀬さんからの返信】わかった、ありがとう!あのアドレスは、きっと必要になったらみえるんだろな。
まったく、制作者って奴がなにを考えてるのか知りたいよ。
★久瀬へ:奴らの言い訳は閉じ込めて爆弾おいて、赤と青の線があって時間いっぱいになる前に切って爆破したら、
それを自ら死を選んだと言うようなものだ
→【久瀬さんからの返信】わかったよ。むちゃくちゃだ。でも考え方の基準にはなるな。助かる。
★久瀬へ:名簿情報間に合ったらくれ。リュミエールとかグーテンベルクとかメリーがあったら。読むだけでもよい
→【制作者からのメール】 先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。 その謎はすでに公開されている。
22番目の謎は、なぜこの物語は一部の情報が語られないのか、だ。
★久瀬へ:ところで結局久瀬くんはみさきちゃんのことが好きなの?
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:最近顔半分が痛むようだけど大丈夫ですか?
そういえばバスにいるきぐるみも顔半分が裂けているという話でしたね、
きぐるみはどうしてそんなにボロボロなんでしょう?
→【久瀬さんからの返信】よくわからない。持病みたいなものはないと思うんだが……。
きぐるみのことは、本当になんにもわからない。
★久瀬へ:中学生の頃、ひかりさんや岡島くんを助けた時のような方法で誰かを助けた事はありますか?
→【久瀬さんからの返信】どうだろう? ああいう、バカみたいなことはよくやっていた気がするが。
実際、バカな子供だったんだよ。
■久瀬太一/8月6日/21時
またメールが届き始める。
聖夜協会の、「いい子」でいなければいけないルールに関する意見。
謎のアドレス……オレにはみえない。ブログらしい、ということだが、あの40枚のイラストがあるブログとは別だろうか?
その次のメールを読んだとき、目の前で、なにかが弾けたような気がした。
※
愛媛の越智君という友人を覚えていないか タイムカプセルを埋めたらしいけど
※
覚えていた。
越智――たしか、越智幸弘。
当時、転校した学校にいた、仲のよかった3人組のうちのひとりだ。
たしかにあいつらとは、タイムカプセルを埋める約束をしていた。
越智の父親が、山に少し土地を持っていて、そこを自由に使えるから、タイムカプセルを埋めようって。
転校が多かったオレに、そう言ってくれたんだ。
そのことを思い出したとたん、ずきんと、顔の左半分が痛んだ。
■久瀬太一/8月6日/21時15分
さきほどからずっと、頭がずきずきと痛んでいた。
それに耐えながらオレは、必死にメールの返信を書いた。
でも意識の片隅には、ずっとあのころのことがこびりついていた。
――越智。
あいつらと一緒にいたころ。
たしかオレが、小学3年生だったころだ。
小学3年生の2学期に、オレは愛媛に引っ越して。
それから少しして、あいつらと仲良くなって。
それから、どうなった?
スマートフォンが、ふいに沈黙した。
みると電波が、圏外になっていた。
妙な疲労感を覚えて、オレはベッドに寝転がる。
――あのころのオレは、またすぐに引っ越すとわかっていた。
それが悲しくて、あいつらはタイムカプセルを埋めようと言ってくれて、それを掘り返すときにまた会おうと約束して――
でも、どうしてだろう?
オレにはその先を、どうしても思い出せなかった。
――To be continued
8月5日(火) ← 3D小説「bell」 → 8月7日(木)
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最終更新日 : 2015-07-30