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誘拐犯のくせに私には健康的な生活を提供してくれるノイマンだけれど、彼女自身はそれほど健康的というわけでもないようだった。
目を覚まして、ベッドでうだうだして、それからリビングに出ておどろいた。ノイマンが目の下に、大きな隈を作っていた。
彼女は私が眠る前と同じ姿勢で、一心不乱にノートPCを叩いている。
「もしかして寝てないんですか?」
「寝てるわよ。それなりに」
「いま気づいたんですけど、ベッドってひとつしかないですよね?」
「私はソファで寝るのが好きなの」
「寝づらくないんですか?」
「起きやすいのよ。仕事が片付かないまま熟睡するのは、生理的に嫌なの」
部屋を見ればある程度わかることだったが、彼女は整理整頓が好きらしい。
「仕事って?」
そういえばノイマンが出勤している様子はない。
「いまは、個人的に頼まれた作業が立て込んでてね。溜まってた有給をまとめて取ったわ。もともとはデバッグが好きで、コンピュータをいじる仕事をしてるんだけど」
「デバッグ、ですか」
「砂漠でオアシスを掘り当てるような作業よ。それを何百回と繰り返すの。とてもクリエイティブでしょう?」
彼女はどこか病的な笑みを浮かべる。私ならやりたくない。
「なのに、あいつ、無茶振りしやがって。くそ、どうして私がこんなずさんな仕事を――」
人格さえ変わっている。
「忙しいんですか?」
「締め切りがね。あと3日」
それはそれは。
プロフェッショナルではないにせよ、私も脚本を書くから、締め切り3日前の心境はよくわかる。
「伸ばせないものなんですか? 締め切り」
「んー、いろいろあってね。ちょっとした食事会があるのよ。そこで依頼人に会うから、ある程度形にしておきたいの」
「へぇ」
食事会といわれても、いまいちピンとこない。
たぶんファミレスでわいわいやるわけではないだろう。もっと上品で、高級感あふれるものなのだと思う。ノイマンはひとり暮らしにしては、明らかにいい部屋で暮らしている。
「ま、聖夜協会の親睦会みたいなものよ」
聖夜協会がらみなのか。またイメージががらっと変わった。きっとサバト的なにかだろう。
ほれ、と言って、ノイマンはこちらに半分に折った用紙を差し出した。
受け取る。聖夜通信7月号、と書かれていた。
「それの後ろに、作文みたいなのが載ってるでしょ?」
「ええ、はい」
確かにある。
「それ、前回の食事会であった発表のまとめ。毎回3人くらい、代表者が自分の善行をまとめてきて、みんなの前で読み上げるわけ」
「なるほど」
なかなか恥ずかしい会だ。
読む気にもなれず、私はその聖夜通信7月号をテーブルに置く。
「次回は試験的にweb中継とかするらしいわ」
「ノイマンさんが発表するんですか?」
「死んでも嫌よ。私はごはんを食べてくるだけ」
意外と毎回、店を選ぶセンスはいいのよ、と彼女は言った。なぜだか忌々しげに。
食事という言葉で思い出す。
「そうだ、朝ご飯」
「ああ。ちょっと待って。もうすぐ、なにか用意するから――」
さすがに目の下に隈を作っている人に、寝起きの私がごはんを作らせるのは抵抗があった。
「私が作りましょうか?」
ノイマンが振り返る。
「……貴女、誘拐された自覚あるの?」
貴女こそ誘拐犯の自覚はあるのかと言いたい。いや、やっぱり別に言いたくはない。変に自覚されても困る。
「誘拐犯の作ったごはんなんて食べたくないですよ、普通」
ふむ、とノイマンは頷く。
「料理できるの?」
「チャーハンなら」
「朝からチャーハン?」
「絶品ですよ」
あまり料理は得意な方ではないけれど、チャーハンだけはなぜか毎回やたらと美味しくできるのだ。どんな材料でも、どんな味つけでも。私はチャーハンの神様に愛されているのではないかと思う。
ノイマンは何度か、私とノートPCを見比べて、「じゃあお願いするわ」と言った。
・久瀬さんに、みなさんからのコメントを送ります!もう下書きを作ってあるので、いっぱい送れるはずです!
ほうこくはここに書きます。でもツイッターはたくさんつぶやくと制限にひっかかるときいたので、
そのときは掲示板に書きますね。http://ch.nicovideo.jp/3d_bell/bbs
■久瀬太一/7月30日/23時10分
この数日は、バスに乗る夢をみていない。
心のどこかで、あの超常現象に期待していた。あれがなければオレはただの大学生で、警察にもみつけられないみさきを、どうすれば助けられるのかイメージできない。
聖夜協会のパーティは毎年同じホテルで行われていたから、そこに連絡をいれてみた。もちろん客の個人情報は公開できないと断られた。聖夜協会のことは、警察にも伝えているけれど、どこまで本気にされているのかはわからない。
ほかにどうすることもできず、オレは八千代という人物に電話を入れる。だが、聞えてくるのはいつも留守番電話サービスの無機質なメッセージだ。まったく、嫌になる。気持ちばかりが焦っていた。
いつものように、ピーという音のあとに、「久瀬です。また電話いたします」と吹き込む。
その時だった。
ソルのスマートフォンが、震えた。
ほんの数秒おきに、何度も。
★久瀬へ:久瀬くんにこの招待状の画像送ってください。

→【久瀬さんからの返信】受け取った、ありがとう。助かる。
★久瀬へ:鍵を開けて入手した星形のオーナメントがその入場証と酷似しています。
ひょっとしたらそれで食事会に潜入できるかもしれません
→【久瀬さんからの返信】わかった。とりあえず行ってみる。会場ではなく、
待ち合わせ場所が指定されているようなのが、ちょっと気になるな。
★久瀬へ:食事会のときソルがドイルを名乗るので、
久瀬くんがもし名前を聞かれた時の為、 別の偉人の名前を考えておいて下さい
→【久瀬さんからの返信】ソルもくるのか! 会えるなら楽しみだ。
★久瀬へ:もし小さいころ、クリスマスパーティで使ってた偉人の名前などがあるのなら
それを使うのもいいかもしれません。
そんな名前はない、もしくはその名を使いたくないと思うのなら、ドイル以外の別の偉人の名を使ってください、
判断は任せます。
→【久瀬さんからの返信】昔のパーティじゃ、そんな習慣はなかったな。
偉人って、適当に好きなのを名乗ればいいのか?
★久瀬へ:スイマたちが使っていると思われる名前を書いておきます。これは避けた方がいいと思います。
メリー、リュミエール、ワーグナー、ホール、カーライル、オットー、
ホメロス、ニール、ドイル、グーテンベルク、ノイマン、アカテ です
→【久瀬さんからの返信】わかった、それは避ける。……アカテ? そんな偉人、いたかな。
★久瀬へ:善行発表会があるから善行を一つ考えておいてください。
→【久瀬さんからの返信】善行ってなんだ?……知らない男のバースディを祝った、とかでいいのかな?
■久瀬太一/7月30日/23時25分
ソルのスマートフォンはオレのデスクを叩き続けていた。
それは激しく、感情的にドアをノックするようでもあった。その音はどこか頼もしく感じた。
オレがスマートフォンを手にとってもなお、その振動は止むことがなかった。
メールボックスを開く。
その間にも着信件数は増え続ける。
すべて、ソルからだ。
オレは、最初に届いたメールからそれを読んでいく。
※
最初の何本か――6本か7本くらいのメールは、ある「食事会」に関するものだった。
どうやら今週末、8月2日に、聖夜協会の食事会が開かれるらしい。
ポイントを抜き出すと、4つだ。
まずひとつめ。
オレがあの、4つの鍵がかかった小箱から発見した白い星は、奴らの食事会の入場証らしい。
ずっと昔、クリスマスパーティにオレが参加していたころも同じように入場証として扱われていたから、それは変わっていないのだろう。
手元にある星があれば、オレもその食事会に参加できるかもしれない、とのことだ。
食事会への招待状――どうやら、ドイルという人物に宛てられたもののようだ――の画像も添付されていたため、状況がよくわかった。
次にふたつめ。
聖夜協会員は、互いを偉人の名前で呼び合っているらしい。
リュミエール、ワーグナー、ホール、カーライル――オレも食事会に参加するのであれば、同じように偉人の名前を名乗った方がいいだろう、ということだった。
その名前の一覧には、「メリー」と「アカテ」というのも含まれていた。そのふたつの名前には、心当たりがない。そんな偉人、いただろうか?
とはいえ、オレもすべての偉人を把握しているわけでもない。
なんにせよ、多くの聖夜協会員が偉人の名前を使っているというのは、重要な情報だ。
オレも食事会に参加するなら、適当な偉人の名前を名乗れということだ。
――大丈夫なのか、それ?
さすがに、聖夜協会も会員の一覧くらいは作っているだろうし、食事会の参加者に招待状を送っているなら、どの名前の人物がくるのかは把握しているように思った。
とはいえ、聖夜協会の食事会がある、というのは重要な情報だ。
さらにみっつめ。
どうやら、食事会にはソルも参加するらしい。ドイルという名前で。
――楽しみだ。
と、素直に思った。
彼らには、ぜひ会ってみたかった。
一度、顔を合わせてお礼を言いたかった。彼らの姿を、直接みてみたかった。
そして、よっつめ。
食事会では、「善行発表会」というものが行われるらしい。
詳細がよくわからない。
もしオレも参加できるなら、なんとか「善行発表会」というものの情報を入手しておいた方がいいだろう。
スイマたちにとっては、常識的なことなのかもしれない。
★久瀬へ:偉人名らしきものを名乗る者が聖夜協会に関わっているようです。
彼らのどれがスイマで、ヨフカシかはまだわかりません。気を付けてください。
→【久瀬さんからの返信】わかった。とりあえずさっき貰ったメールの名前は、一通り覚えておく。
★久瀬へ:雑誌の件だが、宮野さん自身のことも少し疑った方が良いかもしれない。
宮野さんに聞くのは引き続きお願いするが、余裕があれば書店にも問い合わせてみて欲しい。
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:宮野さんからスマホとミュージックプレイヤーの情報を入手してください。
聖夜協会に関わる重要なヒントです。ソルは確認できていません。
→ 【久瀬さんからの返信】できるだけそうしようと動いているが、なかなか難しい。
とりあえず明日、バイトの予定を入れた。最悪、彼女の家を突き止めて忍び込むしかないのか?
★久瀬へ:宮野さんに、スイマの噂の情報源も聞き出してください、高級プリンでも持って。
→【久瀬さんからの返信】情報源は、「雪」という名前の広告主らしい。高級プリンは買っておく。
★久瀬へ:大阪のアパートについて宮野さんと話したことをまとめて教えてほしい。
→【久瀬さんからの返信】がらんとした事務所のような部屋だときいた。
宮野さんがいった時点では鍵がかかっていて、チャイムを鳴らしても誰もでなかった。
いったん周囲を見回って、戻ってくると3人いた。あとからさらに3人きた。
彼らは消火器で陶器を叩き割ったと聞いた。
★久瀬へ:みさきの現状は聖夜協会の会員とおぼしき女性の元にいる。命に別状はない、安心しろ。
→【久瀬さんからの返信】とりあえず安心した、ありがとう!やっぱり聖夜協会の会員のところなんだな……。
★久瀬へ:何故聖夜協会の教義では佐倉さんが悪魔になってしまうのか、聖夜教典を調べてみてくれませんか。
→【久瀬さんからの返信】一通り読んでみたが、悪魔に関する表記は少ない。最後に軽く触れられているだけだ。
抜き出す。英雄は悪魔さえも救おうとした。悪魔は英雄に呪いをかけ、英雄はその呪いを受け入れた。
★久瀬へ:なぜ過去の記憶が曖昧なのか教えてください。聖夜教典をよく読んで、思い出せるようにお願いします。
→【久瀬さんからの返信】昔から、記憶力があまりよくないんだ。すまない。聖夜教典はできるだけ読み込んでおく。
★久瀬へ:みさきちゃんと会ったクリスマスパーティーで、彼女がピアノの発表をしたことを覚えていますか。
それがいつか、またそれにまつわるエピソードをできるだけ教えて下さい。
→【久瀬さんからの返信】彼女がピアノを発表したのは覚えている。もう13年も前だ。
彼女はまだ小学2年生だったのに、ずいぶんピアノが上手かった。
関係するエピソードは、少し長くなるので、あとでまとめさせてくれ。
★久瀬へ:クリスマスパーティにみさきさんが弾いた曲は何という曲か知りたい。
→【久瀬さんからの返信】すまない。覚えてない。
■久瀬太一/7月30日/23時40分
オレはあまりメールを打つ方じゃないから、返信が遅くて自分で嫌になる。
――途切れるなよ、電波。
クモの糸にしがみつくような心境でそう念じながら、必死にメールを確認し、返事を書く。
※
続いてのメールは、主に宮野さんの悪行に関するものだった。
――宮野さんからスマホとミュージックプレイヤーの情報を入手してください。
高級プリンを持って行け、と書かれているメールもあった。
オレも、彼女が持ち帰ったというスマートフォンとミュージックプレイヤーは気になっていた。
今日の昼にも彼女と連絡を取り、明日、アルバイトに参加する予定を立てていた。
でも彼女は、それらを手元では管理していないらしい。
なかなか入手は難しそうだが、そうそう弱音を吐いてもいられない。とにかくなんとか、中身を確認する手段をみつけよう。
※
さらにメールは続く。
情報の洪水に飲み込まれそうになりながら、開いたメールをみて、一気に頭が覚醒したように感じた。
――みさきの現状は聖夜協会の会員とおぼしき女性の元にいる。命に別状はない、安心しろ。
命に別状はない。
たしかに、その一言でずいぶん安心できた。
あるいはまた、時限爆弾と一緒に部屋の中に閉じ込められているような、無茶苦茶なことになっているのではないかと心配していたのだ。
――でも、一緒にいるのは、聖夜協会員か。
聖夜協会全体が敵なのか、まだはっきりしない。
でも少なくとも、みさきはまだ解放されてはいないのだから、問題なしとはいえないだろう。
――とにかく、聖夜協会だ。
聖夜協会とスイマについて調べよう。
一層、八千代という人物と連絡を取りたくなった。
※
その先は、みさきのことに触れられているメールが続いた。
どうやらソルたちは、みさきが弾いたピアノのことを気にしているようだった。
――そんなことまで、知ってるのか。
残念ながら、オレはあのピアノについて、ほとんど覚えていない。
ただびっくりしただけだ。
自分と同じ歳の、それもなんとなく自分より頼りなさそうにみえていたみさきが、すごく堂々と大勢の前でピアノを演奏したから。
直前の、怯えていた彼女が嘘みたいだったのを覚えている。
あのときの、彼女との出来事は、物覚えの悪いオレでもさすがに覚えていた。
でもそれをメールに置き起こすには、少し時間がかかる。
オレは電波があるうちに、より多くのメールを処理するべきだと判断して、次のメールをひらいた。
★久瀬へ:我々が得られる情報は、グーテンベルクの描写及びリュミエールの光景と言うプレゼントによるものらしい
(それぞれ文章と動画を介する)。
バスで見かけた女性たちがその能力者である可能性がある(共に既にスイマを脱退済みの様)、接触を頼む。
→【久瀬さんからの返信】ニールの足跡みたいな、不思議能力か。わかった。
次にあのバスで会ったら、話しかけてみる。
★久瀬へ:八千代に聖夜協会とスイマの関係を訊いてみて。
→【久瀬さんからの返信】わかった。なかなか、八千代って人との連絡が取れない。
オレは八千代がスイマのひとりだって可能性も疑っている。少し危険な気もするが、状況をみて尋ねてみる。
★久瀬へ:shiroデザイン事務所の雪という人物からこちらに昨日、メールが来ました。あなたの知ってる情報に加え、
彼女はスイマではなく、こちらとは敵対関係にあるわけではない、と書かれてあります。
→【久瀬さんからの返信】わかった。ありがとう。雪って人はスイマを調べているようだし、
スイマのひとりの持ち物を宮野さんに奪わせたみたいだから、少なくとも向こうの味方ではないと思っている。
★久瀬へ:shiroデザイン事務所の雪という人も要請を受けて宮野さんに指示しただけのようで、
その指示の真意のすべてを理解してはないと。
そして得ている情報は限定的で、事情のすべてを正確に把握してるわけではないようです。
→【久瀬さんからの返信】わかった、ありがとう。雪よりも上に、さらにもうひとりいるのか……。なかなか複雑だな。
★久瀬へ:shiroデザイン事務所の雪という人に指示したのは「制作者」だそうです
→【久瀬さんからの返信】制作者……。オレも昔、そいつからメールを受け取ったことがあるな。
一体、なに者なんだろう?
★久瀬へ:ドイルの部屋を訪ねてきた人が落とした名刺にもshiroデザイン事務所とありました。
出来れば所在地、何をデザインしてるかなど調べて下さい。まだ時間はありますから、焦らず行動してください。
→ 【久瀬さんからの返信】わかった。そっちも調べてみる。とはいえ宮野さんさえよくわかってないようだったから、
なかなか難しいな。少なくとも、ネット検索にはひっかからない。
★久瀬へ:お父さんが電話嫌いな理由を知っていますか?
→【久瀬さんからの返信】顔をみて話せないのが嫌だと言っていたな。たいした理由はないと思う。
★久瀬へ:久瀬くんのお父さんに「スイマというものを知っているか?」と聞くように伝えて下さい。
→【久瀬さんからの返信】わかった。聞いてみる。
★久瀬へ:佐倉姉妹の今と昔での容姿の違い、何がどういう風に変わったのかを教えて欲しい。
→【久瀬さんからの返信】難しいな。みさきの方は、バスの窓から瓦礫の中に倒れているのをみただけだし……。
ちえりは、なんかそのまま大人になった感じだったよ。イメージは変わらない。
★久瀬へ:ちえりさんとの昔のエピソードを教えて欲しい。
→【久瀬さんからの返信】年に一度会っていただけだから、すまないがそれほどエピソードはないな。
どちらかというと、ちえりの方がよく喋る子だったと思う。
もうあまり覚えていないが、普通に子供っぽい話をしていただけだろう。
★久瀬へ:ちえりとみさきが一緒にいるのにあったのは、何歳くらいの頃が最後?
→【久瀬さんからの返信】小学2年生のクリスマスパーティが最後だ。オレは8歳だった。
■久瀬太一/7月30日/23時55分
いくつか、違和感を覚える情報も入ってきた。
――我々が得られる情報は、グーテンベルクの描写及びリュミエールの光景と言うプレゼントによるものらしい。
プレゼント?
あの、「ニールの足跡」という馬鹿げた瞬間移動と同じようなものか?
オレはあれが、聖夜協会に関係しているものだと思っていた。おそらくソルは、聖夜協会とは対立関係にあると予想していた。
――でも、ソルもプレゼントを使っている?
そう簡単に、ふたつの陣営に振り分けられるわけでもない、ってことか。
どうやらグーテンベルク、およびリュミエールは、あのバスで会った双子のことらしい。次に会ったら、詳しく事情を訊いてみようと思う。
※
さらにそこからは、「雪」という人物に関するメールが続く。
雪。
ベートーヴェンの大手広告主で、宮野さんに指示を送っている人物。
気になる相手だった。ソルたちも、彼女を気にしているようだ。
――彼女はスイマではなく、こちらとは敵対関係にあるわけではない。
雪自身が、ソルたちにそう告げたとのことだ。
少し安心する。できれば、宮野さんが敵になるようなことは避けたい。雪はあるスイマの部屋から、宮野さんにスマートフォンやミュージックプレイヤーを盗み出させたようだから、そのことを考えても「スイマではない」という情報は信用できるように思った。
――shiroデザイン事務所の雪という人に指示したのは「制作者」だそうです。
ここで、制作者の名前が出るのか。
以前、オレもそいつからメールを受け取ったことがある。
制作者。いったい、なんの制作者だっていうんだ。
でもそいつが、オレよりもずっと事の真相に近い位置にいるのは間違いなさそうだ。
制作者はソルを知っていた。
さらに今回のメールで、制作者、雪、宮野さんの順に情報が伝わっていることがわかった。
できればそいつについても調べたいが、なかなか難しい。彼らの情報の伝達を逆さに辿って、宮野さんから雪を、雪から制作者を調べるしかないか。時間がかかりそうだ。
※
メールはやがて、父親のこと、佐倉姉妹のこと――オレに近い人たちの個人的な内容に移り変わる。
それらには、答えられる範囲で、できるだけ素直に答えた。
だが、意外に、なかなか難しい作業でもあった。
このところ毎日みさきのことを考えているせいでそんな気もしないが、彼女たちに会ったのはほんの幼いころの数度だけなのだ。
オレはあまり、彼女たちのことを知らない。
最後に会ったのは小学2年生――オレが8歳だったころで、一部の印象的なエピソードを除けば、ぼんやりとしか覚えていない。
★久瀬へ:八千代に直接会えなかったら『あなたはアカテか?』と聞いてみて。会えたら容姿の観察をよろしく 。
→【久瀬さんからの返信】わかった。電話が通じたら、その質問をしてみる。直接会えたら、外見は観察する。
★久瀬へ:八千代さんの電話番号を我々ソルに共有してもらうことは可能?
→【久瀬さんからの返信】八千代の電話番号は下記だ。050-3171-8006
★久瀬へ:久瀬がポリシーを持つに至った経緯を知りたい。誕生日を祝う習慣はなにがきっかけ?
→【久瀬さんからの返信】ポリシーってほどのものじゃない。ルールを決めておくと、なんとなく安心するんだ。
誕生日を祝うのは、むかし、母さんに言われたからだな。
★久瀬へ:発明教室の先生について覚えていることを教えてください。
→【久瀬さんからの返信】小さいころだからはっきりしないけど、
たぶん60歳くらいの、女の人だった。あまり詳しいことは知らない。
先生がいろんな偉人の話をしてくれるのは好きだったけど、先生自身のことはきいていないな。
★久瀬へ:あなたには兄弟姉妹がいますか?
→【久瀬さんからの返信】いや。いないな。
★久瀬へ:このアドレスの動画は見れるか。廃ビルで、みさきさんにはこの動画を通して危機を回避させられた。
また流れているメロディに覚えはないか、佐倉さんは懐かしいと感じたようだ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24066270
→【久瀬さんからの返信】動画はみえなかった。みさきの危機を回避した動画、ってのは興味があるな。残念だ。
★久瀬へ:3dnovel.jp のページが見れるか確認してほしい
→【久瀬さんからの返信】確認した。こっちもみえないみたいだ。サーバがみつからないといわれる。
★久瀬へ:八千代はドイル、またはアカテかも知れない。
→【久瀬さんからの返信】わかった。共に、スイマかもしれないってことだな。そういう認識でいる。
★久瀬へ:聖夜協会の会誌である聖夜通信には宿題があった。問題は「わくのもじは?」で答えは「田」と思われる。
→【久瀬さんからの返信】わかった。とりあえず覚えておく。
★久瀬へ:佐倉みさきの両親について教えて下さい。
→【久瀬さんからの返信】詳しくは知らないな。記憶にも、ほとんどない。
父親の方は眼鏡をかけていたような気もするが……その程度だ。
★久瀬へ:今年は2014年で間違いないか。
→【制作者からのメール】先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。近々、対応する100の謎を公開する。
★★★八千代に電話。低い男の声で自動応答。
→残念だがこの方法では連絡は取れない。君たちと彼らは極めて遠いところにいる。通常の電波は届かない。
別の手段を探してくれ。水曜日のクリスマスには100の謎がある。21番目の謎は彼らがどこにいるのかだ。
■久瀬太一/7月30日/24時05分
ようやく山のようなメールが、一通り片付いてきた。
とはいえそこには多くの、有益な情報が含まれていたから、時間が流れるのはほんの一瞬だったようにも感じた。とにかくソルからのメールを読み解くのに必死だった。
ラスト付近に、気になる情報がふたつあった。
※
一方は、これだ。
――八千代はドイル、またはアカテかも知れない。
八千代が聖夜協会員なのは、間違いない。
悩みどころは、すべての聖夜協会員が敵なのか、という点のみだ。なんにせよ警戒は怠れない。
その八千代という人物の、協会内での通称を絞れるのは、大きな意味があるように思った。
※
もう一方はソルから送れらてきた、ふたつのアドレスだった。
一方は動画サイトのもののようだ。もう一方は、よくわからない。
共に、「みえるか確認しろ」という旨の文章がついていた。
――ソルは、オレにはそのページがみえない可能性を疑っている?
どうして?
アドレスが正しければ、ページは表示されるはずだ。閲覧に制限などがない限りは。
なのに。
ソルから送られてきたアドレスのページは、どちらもオレには、みることができなかった。
――いったい、なんだ?
気になった。
でもとにかくオレは、メールへの返信を続ける。そのあいだ、ほとんど思考していなかったようにさえ思う。ただ素直に、言われたことに頷き、尋ねられたことに応えた。早く、早く。少しでも彼らと、情報を共有したかった。
※
最後のメールに、返信を送った。
それからオレは、ソルたちに、先ほどのアドレスについて尋ねるメールを送る。
――いったい、あれはなんのページだったんだ?
送信ボタンを押すと、エラーメッセージが表示された。
オレは息を吸って、吐いて、事態を理解して思わず舌打ちした。
電波はまた、圏外になっていた。
――To be continued
★★★千葉のバス停「動物公園駅」にてバス運行予定を発見。
・7月24日、25日、26日、8月1日、2日、8日、15日、24日
7月29日(火) ← 3D小説「bell」 → 7月31日(木)
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最終更新日 : 2015-07-30