
※『ホメロスの視点』:三重県鳥羽駅にて発見。手帳(2)、トランプ画像、動画『少年ヒーロー』より。
こぢんまりとしているがなかなか良いよと
聞いていた文学館に立ち寄ってみたその帰り
に、ホームのベンチに座り、以前から頼まれ
ていた案件をそろそろ片づけることにした。
友人に誘われた縁で、以前によく顔を出して
いた集まりから依頼されたものだ。面倒な話
ではあったが、友人の顔を立てるつもりで引
き受けた。謎解きを好む彼の趣味に合ってい
たから嬉しくなったというのもある。最近は
足が遠のいていたが、彼がいなくなった今で
も趣向は引き継がれているようだ。
歩いているあいだに、おおよそのアイデア
はできていた。文学館に展示されていた書簡
の中に、与謝野鉄幹のものをみつけて、それ
でぴんときたのだ。そうだ、私は歌をテーマ
にしよう。だが鉄幹ではよくない。短歌は長
すぎる。五、七、五でもまだ長い。自由律俳句
の中の、特に短いものから選ぶことに決めた。
まず思い浮かんだのは山頭火だ。私はス
マートフォンのメモを開く。
--まつすぐな道でさみしい
と入力した。でも、これはいけない。条件
を満たしていない。
--笠も漏り出したか
これもダメ。
--音はしぐれか
これもダメ。
--うつむいて石ころばかり
ダメだ。なかなか難しい。「は」も「か」
も使えないのがつらい。
じっと考えて、思い当たる。
--ひとりきいていてきつつき
これなら大丈夫だ。--いや、だが待て。
正式な表記では、「いて」ではなく「ゐて」だっ
たはずだ。やはりこういった、甘えた改変は
加えたくない。
とはいえ、私がそらんじられる山頭火の中
には、条件に合う句がなかった。「どうしよ
うもない私が歩いている」などが使えると素
晴らしいのだが仕方がない。およそ五分の一
といってもずいぶん制限されるものだ。そも
そも濁点は避けたい。
私は句人を変えて考える。
--夜が淋しくて誰かが笑いはじめた
素晴らしい句だが、まったく条件に合わな
い。それに長すぎる。
--ずぶぬれて犬ころ
ふむ。おおよそ条件には合っているが、や
はり濁点が気になる。
--みどりゆらゆらゆらめきて動く暁
まったくダメ。もちろん、作品の話ではな
い。
--墓のうらに廻る
頭からダメ。
と、ふいに思い当る。尾崎放哉であれば、
あの句があるではないか。
私はスマートフォンのメモにこれまで並べ
た句をすべて消し、新たに入力する。
読み返して、確信した。
うん。これだ。これしかない。
尾崎放哉も、まさかこんな理由で自身の句
が選ばれることになるとは、予想もつかな
かっただろう。
私はひとり、にやりとして、軽く咳払いし
てみた。
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最終更新日 : 2014-12-21