――水曜日のクリスマスには100の謎がある。
21番目の謎は、彼らはどこにいるのか、だ。
★久瀬へ:どこの駅で降りるつもりか、後その公園の名前を。 ※7/25
◇41番目の謎は、なぜ彼の記憶が重要な意味をもつのか、だ。 ※7/25 ストーリー進行による公開
42番目の謎は、誰によって教典は用意されたのか、だ。
★久瀬へ:教典に書かれてることをしたとき、一緒にいたもしくはその内容すべて知っている人物がいるか ※7/25
-----------------------------------------------------------------------------
犯人がすでに自白しているということもあるだろうし、傷だらけのオレに配慮してくれたのもあるかもしれない。警察の事情聴取は、それほど長いものではなかった。昨夜は、日付けが変わるころには部屋に戻っていた。
みさきはまだみつかっていないらしい。不安でもあったが、一方で奇妙な安心感もあった。彼女が死ぬのは、8月24日だ。少なくとも今、冷たくなっている彼女を想像しなくてもいいのは、救いだった。このままいけば彼女よりも先にオレが死ぬはずだ。
なんの現実味もない。――そう思っていたけれど、昨夜はなかなか寝つけなかった。もちろん死にたくなんてない。
オレはソルのスマートフォンを眺める。だが、やはり電波が入っていない。他人にばかり頼るなということか。
ベッドに座り、ざっと部屋の中を見渡す。バスからみえた風景では、ここがオレの死ぬ場所だった。なら少なくとも希望はある。そう思うことにする。
今朝、目覚めてすぐに、オレはホテルに予約を入れた。今夜から2泊、自宅から1時間ほどの距離で、適当に安いビジネスホテルをとった。明日の夜だけでいいのではないかとも思ったけれど、やっぱりオレが死ぬ部屋で、これ以上過ごそうという気にはなれなかった。
――もしもこれで、未来が変わるのなら。
オレが死なずに済んだなら、問題の多くが解決する。
あのバスからみえた景色――8月24日、みさきはどこかの路上にいたようだった。少なくとも、野外なのは間違いない。
なら、その日は彼女を家から出さなければいい。みさきと連絡さえ取れれば、彼女を救える。
誘拐犯の持ち物だった携帯電話や財布、それに手帳はすでに警察に預けている。でもその前に、手帳には一通り目を通したし、重要そうなページはメモを取っておいた。
読み解けた情報は、それほど多くはなかった。
あいつはある組織に所属していて、センセイと呼ばれる人物を信仰していた。それは間違いないようだ。
そして――なぜだか――その組織で、みさきは「悪魔」として扱われていた。なんだよ悪魔って。わけがわからない。ふざけるな、と叫びたかった。
他に重要そうなのは、謎めいた4つの項目に関する記述だけだ。
※
1:ハートが重なる土地。
トランプと同じ色分けのリストが示す土地。
ハートが重なる土地→長野?
4色のリスト→マイリスト?
2:赤と緑が指し示す2本の線。
交わる場所にある駅にいけ。
赤と緑→ビルの窓?
ひとつ目は「333」→高さ?
3:ノイズ? 情報が足りない。
ニールから聞き出す予定。
4:不明。情報が足りない。
ニールから聞き出す予定。
※
どうやらあの誘拐犯も、暗号のようなものを解こうとしていたようだった。これを元に、昨日みたあのメモを書いたのだろう。
――これが、小箱を開けるための暗号か?
でも少なくとも、下ふたつを解くには、誘拐犯も知らない情報が必要みたいだ。
小箱はまだ、オレの手元にある。アタッシェケースに放り込んでいたそれを取り出す。振ると中から、からからと軽い音がした。
小箱には4つの錠がついている。
南京錠を電子化したような錠だ。
真ん中に丸いボタンがある。それから、上下左右の4方向を入力できるキーがある。上の方向には「ABC 123 DEF」、右の方向には「GHIJ 45 KLM」……と、4方向にアルファベットと数字が割り振られているようだった。
オレは真ん中の丸を押してみる。青いランプが点灯した。適当に、上上下下左右左右、と入力してみた。一呼吸あとに、ランプが赤に切り替わる。もちろんロックはひらかない。いったい何回、方向キーを押せばいいのかもわからない。そんな錠が4つもある。適当に入力して開けられるとも思えなかった。箱は強固な金属製で、もちろん力任せに開けられそうもない。
――さっさとこの部屋を出よう。
そう思う。ここにいると、どんどん気が滅入っていく。
オレはボストンバッグに、適当に着替えを詰め込み、その上に小箱を乗せてジッパーを閉めた。
サングラスの男がこの部屋にやってくるのなら、小箱をむざむざ奪われるのも馬鹿げていると思ったのだ。元々、アタッシェケースは盗んだようなものだが、相手はみさきを誘拐するような集団だから気にしていられない。
とはいえ、ずっとこの小箱を手元に置いておくのも不安だった。とりあえずは適当に、コインロッカーにでも放り込んでおこう。
オレはボストンバッグを肩にかけ、ベッドから立ち上がる。
――また明日会おうぜ。
と、あのきぐるみは言った。
今夜はあのバスの窓から、どんな景色がみえるのだろう?
ネガティブな思考は好みじゃない。けれど、なんとなく、部屋を移る程度では未来は変えられないような気がしていた。
★★★三重県鳥羽駅にて『ホメロスの視点』発見。 ※手帳(2)、トランプ画像、動画『少年ヒーロー』より
・頼まれた案件は、友人に誘われた縁で以前よく顔を出していた集まりから依頼されたもの。謎解きを好む彼の趣味。最近は足が遠のいていたが、彼がいなくなった今でも趣向は引き継がれているようだ。
★★★『ホメロスの視点』より:右左左左右下左下左
★久瀬へ:"リュミエールの光景"もしくは"グーテンベルクの光景"という言葉に聞き覚えはないですか?
→【制作者からのメール】 賢明で行動力に溢れる諸君。 残念だが、現在は電波が入っていない。
今回送信されたメールは、近々彼に届くだろう。
★南京錠:http://www.hayabusa.bz/news/2012/08/masterlockdialspeed.php
■久瀬太一/7月26日/12時
ずいぶん空腹だった。思えば昨日から、まともに食事を摂っていない。
目の前に命の危機があるのだから多少の贅沢は許されるのではないかとも思ったけれど、やはりいきつけの安い定食屋に入る。今後のことを考えれば、浪費しない方がよいに決まっていた。
メンチカツ定食をかき込みながら、スマートフォンで撮影した、誘拐犯の手帳の画像を睨む。やはり、なにか暗号のようにみえる。でも思考のとっかかりもなかった。なにか情報が欠落しているようだ。
――少なくとも、3番と4番に関しては、ニールから聞き出すと書かれていた。
ニール。何者だ? あのサングラスの顔が思い浮かぶ。
――誰だったとしても、同じだ。
今からまったく別の資料を探している余裕はない。
食事を終えて、会計をしているとき、スマートフォンが震えた。
――ソルか?
だが、違う。震えたのはオレが自分で買った方のスマートフォンだ。
みると、父からの電話のようだった。オレは応答のアイコンに触れながら店を出る。
「よう」
と気軽な声が聞こえた。
「なんだよ?」
「なんだよじゃねぇよ。着信があったから折り返してやったんだろうが」
父に電話を掛けたのは昨日のことだ。ちょうどよかった、というには遅すぎるが、まあいい。
「訊きたいことがあるんだ。佐倉みさき、覚えてるか?」
「ああ。佐倉さんのとこのお孫さんだろ」
「その、佐倉さんとこの連絡先、わかるか?」
「親父をナンパに使うなよ」
「そういうんじゃない。いいか? 昨日みさきがどっかの馬鹿に攫われそうになって、オレが格好よく助け出したんだよ」
「嘘だろ」
「ああ嘘だ。でも彼女が誘拐されそうになったのは本当だ。助け出したのはオレじゃないが、現場にはいた。誘拐犯は捕まったが、ごたごたしているあいだにみさきはいなくなった」
「ふられたんじゃないのか?」
「そこはどうでもいい。無事なのか知りたい。で、連絡先は?」
「すぐにはわからん。また電話する」
「ああ、頼む」
「じゃあな」
電話が切れた。父は電話を嫌っている。
★★★★★★長野県「黒姫童話館」「時間どろぼう」にて『ワーグナーの視点』発見。
※手帳(1)、トランプ画像、動画『少年ヒーロー』より
・ノイマン:一人称視点の、ダンジョンを探索するゲームを作成。
・僕(ワーグナー)
・ドイル:会員の連絡先を把握している。
----------------------------------------------------------------------------
・この地を離れる時には後任を探せばいい。
・謎を捜しにくる会員は、この童話館を目指してやってくる。
・場所を特定できたらドイルに聞けばいい。会員の連絡先はドイルがみんな知っている。
・センセイはなんでもイベントにして盛り上がりたい。会から遊び心を引いたら、酔っ払いくらいしか残らない。
★★★『ワーグナーの視点』より:「上上左下左右右下」「上左左右上右下下」
■久瀬太一/7月26日/15時
昨日、廃ホテルの場所を指し示していた暗号の答えが、オレの記憶に繋がっていたことが気になっていた。
あの街で暮らしていたのは、ほんの幼いころの、たった半年間くらいのことだ。父親の仕事のせいで転勤が多かったオレは、学校で友達を作るのが苦手だった。
だからあの街の思い出は、よく母を待っていた小さな公園と、それから、毎週通っていた子供教室だけだ。――子供発明教室。
といってもあそこでは、ほとんど遊んでいたようなものだ。発行ダイオードを光らせてみたり、発砲スチロールと銅のパイプとで勝手に進む簡単な船の模型を作ったり。あの教室では同じ班の子供たちと、楽しく話せていたように思う。
でもあそこにいるあいだは、自分で話すよりも、先生の話を聞いているのが好きだった。
先生はオレに、いろいろな偉人の話をしてくれた。夢を現実にした人々の話だ。
エジソンとニコラ・ステラのこと。最高の頭脳を持っていたノイマンのこと。印刷術のヨハン・グーテンベルク、はじめてスクリーンに映像を映したリュミエール兄弟、電話のほかにもさまざまな発明品を生み出したベル。
もちろん、発明家ではない偉人の話も聞いた。アインシュタインの人生は常に順風満帆だったわけではないということに、救いのようなものを感じた。はじめて月面に降り立ったニール・アームストロングの言葉は、あの頃はよく意味がわからなかったけれど、それでも心が躍った。ウォルト・ディズニーやジョン・レノンのことさえ聞かせてくれた。
――もしも、彼らが明日死ぬと聞いたら、どうするだろう?
運命に立ち向かうのだろうか。それとも、洒落た「最期の言葉」でも考えるのだろうか。なんとなく、普段となにも変わらない生活をおくるような気もした。
つい思い出にふけっていると、スマートフォンが震えた。父からかと思ったが、違う。どこかで見た覚えのある番号だが、アドレス帳には登録していなかったようだ。
スマートフォンを耳に当てると、女性の大きな声が聞こえてきた。
「で、どうだったの?」
まずは名乗れよ、と言いたかった。とはいえ名前を尋ねるまでもなく、電話の相手には思い当った。宮野さんだ。
「どうって、なにがですか?」
「あのアタッシェケースよ。開いたの?」
「ああ――」
忘れていた。あれは宮野さんから預かったものだった。
「開かなかったから、警察に届けましたよ」
オレの身の周りで起こっている、わけのわからない出来事に、彼女を巻き込んではいけないように思う。彼女は得体のしれないプロ意識で、彼女自身も信じていないオカルト雑誌を作っていればいい。なんだか、そんな世界が意外と正常なんじゃないかと思う。
「なにしてんのよ馬鹿!」
「叫ばないでくださいよ。ただでさえ声が大きいんだから」
耳が痛い。
「どこの警察署よ?」
「知ってどうするんですか」
「取り戻しに行くわ」
「貴女のものじゃないでしょう、そもそも」
舌打ちされた。ずいぶん不機嫌そうだ。
「仕方ないわね。ところで君、今夜から動ける?」
「どういうことですか?」
「バイトよ。正式採用になったわおめでとう。取材にいくわよ」
そんな場合ではない。
このままだと明日には、オレは死んでしまう。
「すみませんが、辞退させてください」
「却下」
「なんですかそれ。アルバイトが仕事を辞める権利は誰にも奪えませんよ」
「権利なんてものは義務を果たしている人間しか口にしちゃいけない言葉なの。キミはアタッシェケースを開けるという義務を放棄したんだから、薄給で黙々と働いて償いなさい」
「というか、今日土曜日ですよ? 宮野さん仕事なんですか?」
「締め切りを前にすればカレンダーについてる色なんて関係なくなるの。土曜も日曜も祝日も夏休みもみんな同じ24時間なの」
「夏休みは24時間ではないでしょう」
「世間が夏休みだなんだと騒いでいる期間中の1日も! 行間紙背を読みときなさい。集合場所は――」
オレは彼女に聞こえるようにため息をつく。
「すみません。本当に今夜は無理なんです」
「なによ就活? うちくる?」
「決定権あるんですか」
「さあね。そういや、うちの人事ってどうなってるのかしら」
「社員が平然とそういうことを言う会社には行きたくないです」
カレンダーについている色が関係ない会社にもいきたくない。
「まあいいわ。仕方ないわね、また連絡する」
「というか、直前にいきなりバイトが入るスタイル、やめてもらえませか?」
シフトとかの理性的なシステムはないのだろうか。
「今、この瞬間に動くのがジャーナリストってもんよ」
「オカルト雑誌ってジャーナリズムだったんですか」
「あれってなんか定義あんの? 名乗ったもん勝ちじゃない?」
つい笑う。意外なことだし、不本意なことだが、宮野さんと話すと少し元気が出た。
「ま、なんでもいいです。暇だったら手伝いますよ。もうひと月くらいは忙しくしている予定ですが」
少なくとも8月24日、あのみさきが血を流すシーンをなんとかするまでは、暇にはならない。
「キミのスケジュールなんて知らないわよ」
じゃあね、と宮野さんは言ったけれど、電話は切れなかった。
「……そういや、落し物ってお金じゃなくても1割請求できるんだっけ?」
「アタッシェケースのなにを1割貰うつもりですか」
「情報」
宮野さんは、彼女にしては真剣な口調で告げた。
「次の取材対象、スイマなのよ」
忘れていた。
あのアタッシェケースを手に入れたのも、バスターミナルに行ったのも、宮野さんの取材が理由だった。彼女もなんらかの形で、オレの周りで起こっている奇妙な出来事にかかわっている可能性はある。
オレが口を開こうとした時にはもう、電話は切れていた。
■久瀬太一/7月26日/19時
夕食は、一昨日宮野さんと行ったイタリアンが美味いカフェで摂った。
ささやかな可能性を頼って、「スイマ」という客について知らないか尋ねてみたけれど、なんの情報も得られなかった。
オレはコインロッカーに小箱を放り込んで――なにか、発信機のようなものがついている可能性を予想したのだ――それから電車に乗った。
19時にオレは安いビジネスホテルにチェックインし、圧迫感のある狭苦しい部屋のベッドに寝転がっていた。テレビでもつけてみようか? そう思ったけれど億劫だ。昨日の疲れがまだ抜けていないようだ。とはいえ、眠れるような時間でもない。
そのまましばらくぼんやりとしていると、スマートフォンに着信があった。振動がテーブルの天板を叩き、思いの外大きな音が鳴る。
――ようやくか。
オレは身体を起こす。さすがに、父からだろう。
だがスマートフォンを手に取って、落胆した。モニタには見覚えのない電話番号が表示されている。
「はい」
と知らない誰かに向かって告げる。
2秒か3秒、違和感のある時間沈黙を挟んでから、声が返ってきた。
「あの、お久しぶりです」
静かな声だと思った。
でもどこか温かな、冬の日向のような声だった。
「佐倉ちえりです。覚えていますか?」
もちろん、覚えている。彼女はみさきの姉だ。――どうして、彼女から電話が? 鈍い頭で、ようやく思い当る。
「うちの父から連絡が行ったのか?」
「はい。お元気そうでなによりです」
「あいつはいつだって元気なんだ」
電話の向こうで、くすりと笑い声が聞こえた。
「違いますよ。久瀬くんです」
ああ。オレは――まあ、元気は元気だ。昨日、散々殴られた傷が痛むくらいだ。
訊きたいことがあるんだ、とオレは言った。
「みさきは、みつかったか?」
ちえりはしばらくのあいだ黙り込んでから、沈んだ声で答える。
「いえ。昨日から、連絡がありません」
「……そうか」
今はまだ、彼女は無事なはずだった。少なくとも8月24日までは。
でも、どうちえりに説明すればいいんだ? 窓の外に未来がみえるバスの話なんてできない。「彼女は8月24日に死ぬ予定だからそれまでは大丈夫だ」なんて言えるはずがない。
それでも言った。
「みさきは無事だよ」
根拠もないけれど。
「きっと、大丈夫だ。みさきは無事に戻ってくる」
無責任なことを言うな、と怒られてもよかった。それでもなにか、明るい言葉を口にしたかった。
「ありがとうございます」
しばらく口ごもってから、ちえりは続ける。
「あの、できれば会ってお話したいんです。もしよければ明日、お時間をいただけませんか?」
断わる理由はなかった。
11時に会う約束をして、オレは電話を切った。
★久瀬へ:南京錠ですが、「右左左左右下左下左」を試してみてください。
番号がついているようなら、二番目の南京錠です。
南京錠5秒以内に入力も追加でお願いします。
★久瀬へ:一番目は、上上左下左右右下と上左左右上右下下のどちらかです、絞り込めませんでした。
このメールがそちらに届くまでに絞るこめないか試してみますが、絞り込めてなかったら両方試してみてください
→【久瀬さんからの返信】 すまない。あの箱はいま、手元にないんだ。 すぐに試してくる。ありがとう!
■久瀬太一/7月26日/21時35分
ふいに、デスクの上のスマートフォンが震えた。
――今度はだれだ?
オレはベッドの上で身を起こす。
だが、震えたのはオレのスマートフォンではなかった。
――ソルからのメールか?
慌ててベッドから飛び降り、ソルのスマートフォンを開く。
※
南京錠ですが、「右左左左右下左下左」を試してみてください。
番号がついているようなら、二番目の南京錠です。
南京錠は5秒以内に入力してください。
※
いまさら疑う余地もなかった。
――きっと、正解だ。
オレは2時間少々前の自分の行動を後悔した。
どうしてあの箱を、コインロッカーに入れちまったんだ。
まあいい。どうせ、今オレにやれることはないんだ。
すぐにコインロッカーに引き返そう。
そう決めたとき、手の中のスマートフォンが震えた。
※
一番目は、上上左下左右右下と上左左右上右下下のどちらかです、絞り込めませんでした。このメールがそちらに届くまでに絞るこめないか試してみますが、絞り込めてなかったら両方試してみてください。
※
オレはソルに返信する。
それから、財布をつかんでホテルの部屋を飛び出した。
★久瀬へ:質問ばかりで本当に申し訳ない.
子供のころ佐倉みさきについた嘘の内容は? あなたの父親の職業は?
クリスマスパーティの開催場所と主催者を覚えているか? 佐倉ちえりの現状を知っているか?
→【久瀬さんからの返信】みさきとの約束は、簡単なことだ。彼女の幸せを祈る、という風な。
オレの親父は、ある商社に勤めている。クリスマスパーティについては、申し訳ない。覚えていない。
今のちえりは、よく知らないが、ついさっき連絡がきた。明日会う予定になっている。
★久瀬へ:オカルト雑誌『ベートーベン』について調べて欲しい。
出版社、編集プロ、大口のクライアント、発売日、定価など何でも良い。
宮野さんにバイト代の件で連絡して、聞くのも良いかもしれない
→【久瀬さんからの返信】 わかった。少し待ってくれ。
★久瀬へ:いつどこで少年ロケットのキーホルダーを手に入れたか、どうにか思い出せないか?
→【久瀬さんからの返信】 たしか親父がどこかから貰ってきたものだと思う。 すまない。詳しくは知らない。
■久瀬太一/7月26日/21時50分
ポケットの中で、またスマートフォンが震える。
オレは駅に向かって走りながら、それを確認する。
※
質問ばかりで本当に申し訳ない.子供のころ佐倉みさきについた嘘の内容は? あなたの父親の職業は? クリスマスパーティの開催場所と主催者を覚えているか? 佐倉ちえりの現状を知っているか?
※
オレは歩調を緩めた。
ソルは、どうしてこんなに事情に詳しいんだ。
少し、迷う。
――みさきとの約束。
それは、彼らにとって重要なことなのだろうか?
わからない。だが、今さら彼らに秘密を作りたいとは思わなかった。
それでも心理的な抵抗があり、できるだけ簡潔に答える。
――みさきとの約束は、簡単なことだ。彼女の幸せを祈る、という風な。
父の仕事というのも、なぜそんな質問がくるのかよくわからなかったが、素直に答える。父はある商社に勤めている。まあ、一般的なサラリーマンだと思う。
クリスマスパーティの会場については、よく知らなかった。参加していたのはほんの幼いころだ。父についていけば会場につく。そんな感じだった。
――ちえりの現状。
ちえり? みさきではなくて?
彼女のことは、よく知らない。でも、ついさきほど連絡があった。オレはそう答える。
※
オカルト雑誌『ベートーベン』について調べて欲しい。出版社、編集プロ、大口のクライアント、発売日、定価など何でも良い。宮野さんにバイト代の件で連絡して、聞くのも良いかもしれない。
※
たしかにそれは、オレも気になっていた。
宮野さんはどうして水曜日のスイマを調べているのか?
――わかった。少し待ってくれ。
そう返信する。
※
いつどこで少年ロケットのキーホルダーを手に入れたか、どうにか思い出せないか?
※
あの、みさきに送ったキーホルダーか?
たしか親父がどこかから貰ってきたものだと思う。
だが詳しくは知らなかった。
一通り返信を終えて、オレは駅に駆け込んだ。
★久瀬へ:免許証に書いてあった犯人の名前住所生年月日は覚えてる?
→【制作者からのメール】 先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。 近々、対応する100の謎を公開する。
★久瀬へ:ここに来たことがありますか?

→【制作者からのメール】 先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。 その謎はすでに公開されている。21番目の謎は、彼らはどこにいるのか、だ。
★久瀬へ:佐倉さんが捕まっていた廃ホテルに行ったら、営業していて看板もありました

→【制作者からのメール】 先ほど送信されたメールは、「100の謎」のトリガーとなる情報が含まれているため、
彼には届かない。 その謎はすでに公開されている。21番目の謎は、彼らはどこにいるのか、だ。
★久瀬へ:佐倉みさきさんが再度連れ去られた
→【久瀬さんからの返信】 今、みさきがどこにいるのか、知っているのか?
■久瀬太一/7月26日/22時
ホームに着いたとき、またメールが届いた。
それをひらいて、息が詰まる。
※
佐倉みさきさんが、また連れ去られました!
※
予想は、ついていた。
相手が複数犯だったこと。みさきがまだ、家に戻っていないこと。
充分想像していたのに、でも事実を突きつけられると衝撃的だった。――しかも、ソルからのメールだ。
オレはゆっくりと息を吸って、吐き出す。
それから彼らに、メールを送る。
――今、みさきがどこにいるのか、知っているのか?
目の前に電車が滑り込んだ。
なんだか奇妙に体力を使って、オレは足を踏みだす。
★久瀬へ:彼女は7月25日22:00時点では、どこかのマンションらしき部屋にいた。
彼女を捕らえたサングラスの男性も部屋にいた。それ以降はわからない。
■久瀬太一/7月26日/22時10分
彼女は7月25日22:00時点では、どこかのマンションらしき部屋にいた。彼女を捕らえたサングラスの男性も部屋にいた。それ以降はわからない。
※
――あいつか。
オレはスマートフォンを強く握りしめる。
やっぱり、あいつなのか。
考えれば、当然、推測が着くことだ。
明日の意味がまったく変わったように思った。
夜、みさきを誘拐した男が、オレの前に現れる。
★久瀬へ:佐倉先輩がどこにいるかは流石に私達にも分かりません。
ですが、久瀬先輩も知ってのとおり、まだ彼女が死ぬまで余裕はあります。今は俺達に出来ることをやりましょう!
あなたが死んだら、もう私達は彼女を助けられなくなるんです
→【久瀬さんからの返信】 そうだな。ありがとう。
■久瀬太一/7月26日/22時15分
次の駅につくころに、ソルからの返信があった。
※
佐倉先輩がどこにいるかは流石に私達にも分かりません。ですが、久瀬先輩も知ってのとおり、まだ彼女が死ぬまで余裕はあります。今は俺達に出来ることをやりましょう! あなたが死んだら、もう私達は彼女を助けられなくなるんです
※
オレはゆっくりと、深呼吸のようなため息をついた。
――そうだ。
皮肉なことだが、あの不吉な夢が、確かに今のオレには救いになる。
そっとソルへメールを入力する。
送信ボタンを押すと、左上で、小さなマークがくるくると回った。
その直後に、また電波がなくなった。
■久瀬太一/7月26日/23時
そうだ、と思い返す。
オレは明日の20時までは無事だし、みさきは8月24日まで無事なんだ。
胸の中で繰り返すと、ずいぶん落ちつけた。
――あのサングラスが、明日の夜やってくる。
そのことを冷静に考えられた。
バスの中のきぐるみは言ったのだ。「また明日会おうぜ」と。
今夜、オレはもう一度、自由に動ける。
※
コインロッカーを開き、4つの錠のかかった小箱を取り出した。
オレはソルからのメールを読み返し、笑う。
――2番目の南京錠ってどれだよ。
鍵を詳細に確認しても、それはわからなかった。
なんとなくで、向かって左下のものを選ぶ。
――右左左左右下左下左。
鍵は開かない。赤いランプが点灯するだけだ。
とくに慌てず、オレは次に、右上の南京錠で同じ入力をする。
カシャン、と気持ちのよい音が聞こえて、それがひらく。
もう驚かなかった。ソルはオレに味方する。あのきぐるみのいう通り、彼らだけは裏切っちゃいけない。
――次は一番目だ。
たぶん、左上だろう。
――上上左下左右右下。
また。気持ちのよい開錠音。
それはなんだか生きる希望のように聞こえた。
たぶん、オレは明日も生き残る。ちょっと情けない話だけど、ソルたちに守られているように感じる。
――鍵は、あとふたつ。
少し迷ってオレは、その小箱をホテルまで持って帰ることにした。
■佐倉みさき/7月26日/24時
丸一日、私はフローリングの上に転がっていたのだった。
人間というのは意外と環境に対応するもので、私は両手両足をしばられ口にガムテープを貼られたまま身体をストレッチする方法を習得しつつあったけれど、とはいえ腕も足も可動範囲が極めて制限されているから全身の筋肉が強張って気持ちが悪い。これまで肩こりとは無縁の人生を送ってきたけれど、そうもいっていられなそうだ。
サングラスは部屋の明かりもつけないまま、大きなテレビで長い時間古めかしいロボットアニメをみていた。でもそれもひと段落したのか、サングラスはソファから立ち上がって「コンビニいってくる」と呟いた。
それは私に語りかけたというよりは、独り言に近いように聞こえた。サングラスは誘拐犯だというのに、その被害者にはほとんど無関心だった。彼はだいたいスナック菓子を食べていて、私には2度、コンビニのおにぎりとミネラルウォーターが与えられた。そのあいだは口のガムテープに加え、手の拘束も外されたから、警戒も薄いのかもしれない。
がたん、と重たい音が聞こえて、サングラスが家を出たのだとわかった。暗い部屋を、つけっぱなしたままのテレビの光が照らしていた。
手足を縛られている私は、立ち上がることもできない。とはいえこれはチャンスだ。
奴がアニメをみながらしばしばいじっていたスマートフォンをテーブルの上に残したままだということには気づいていた。手が使えなくても、足が使えなくても、舌を伸ばせなくても、上手くやれば鼻の頭なんかでスマートフォンなら操作できるかもしれない。警察にコールしよう。思い切りうめき声を上げよう。それで助けを呼べるはずだ。
私は全身に力を込めて、フローリングの上を転がる。無暗に散らかっているフローリングだ。スナック菓子の空袋があり、コンビニ弁当の空き容器があり、雑誌があり、携帯ゲーム機がある。私はそれらを押し潰して進む。そのまま全力でテーブルにぶつかった。
私の膝丈ほどしかない、背の低いセンターテーブルだが、妙によい素材を使っているようで、当たった感触が重い。あまり揺れた様子もなかった。
私はテーブルから少し距離を取り、またぶつかる。
繰り返すと、テーブルの上から、軽いものが舞い落ちた。
――ポエム?
なんだかよくわからない。
そんなものに構ってはいられなかった。
私はスマートフォンが落下することを祈って、テーブルへの体当たりを繰り返す。
直後。
テーブルの反対側から、がん、と重たい音が鳴った。
――スマートフォン?
落ちた、か?
私は期待に胸を膨らませ、テーブルの反対側まで転がる。だが、そこにあったのは、私の求めていたものではなかった。
それが目に入ったとたん、リアルな死の恐怖に、息が詰まった。ガムテープよりも確実に言葉を奪う。急速に身体が冷えて、皮膚が震える。
フローリングの上に転がっていたのは、見間違えようもなく、拳銃だった。
最悪のタイミングで、どこか――玄関の方から、鍵の開く音が聞こえた。
★★★「きこえるのは、目指す方向」、動画『少年ヒーロー』より:リブロ福岡天神店
★★★「最後の文字を繋げて並べて」、動画『少年ヒーロー』より:架橋米線 秋葉原店
■佐倉みさき/7月26日/24時15分
身動きがとれなかった。
私は拳銃と向かい合ったまま震えていた。
背中の方向から、足音が近づいてくる。それがすぐ近くで止まり、視界の片端に奴の足が入り込む。
死にたくなかった。殺される、と思った。でも。
「散らかすんじゃねぇよ」
サングラスはそう呟いて、拳銃を拾い上げただけだった。
――部屋を散らかしてるのは貴方でしょ。
そう言ってやりたかったけれど、たとえ口にガムテープが張られていなくても、声を出せた気がしなかった。
ひどく喉が渇いている。
■久瀬太一/7月26日/24時30分
バスはトンネルの中を走っていた。
「箱は開きそうか?」
ときぐるみが言った。
オレは首を傾げる。
「たぶん大丈夫だろ」
「そりゃよかった」
ああ。だから今日のテーマは、オレの生き死にじゃない。
バスがトンネルを抜け、目の前に未来が現れる。
※
未来の景色が変わっていた。
7月27日、20時。
オレがいるのは、狭苦しいホテルの一室だった。今日、チェックインしたホテルの部屋に、馬鹿みたいに突っ立っていた。
目の前にはあのサングラスがいる。サングラスはオレに、拳銃を突きつけている。
バスの中のオレは、その様子を観察する。
――やっぱり、箱に発信機がついているのか?
そうだとしか思えない。でも、だとしてもおかしい。なぜこいつは部屋の中にいる? 明日のオレが鍵を開けるはずなんてないのに。
サングラスは言った。
「箱はどこだ?」
未来のオレは、やはり驚いている様子だったが、でも決めていた言葉を返す。
「鍵を開けられなければ、偽物なのか?」
サングラスはじっとこちらをみて、それから首を傾げる。
「どうしてそう思う?」
オレは笑った。
「他のことも知ってるぜ。みさきを誘拐したのは、お前だな?」
「ああ」
「いまは――少なくとも、昨日の22時ごろは、彼女はどこかマンションの一室にいた。お前と一緒に、だ」
サングラスはしばらく、言葉を詰まらせていた。
それまでよりも抑えた声で、そいつは言った。
「お前、なにを知っている?」
「答えてもいい。でも、交換条件だ。みさきを解放しろ」
「ふざけんなよ。お前、自分の状況がわかってんのか?」
――わかってるさ。
きっと、そのサングラスよりもずっと。
これは実験だ。一度未来をみえるなら、一度死ねるということだ。だから情報収集に努めようと思った。
オレはあらかじめ、明日の行動を決めていた。目の前のオレはその通りに行動する。
――場所を変えるとどうなるか?
サングラスはやってきた。
これは、辛い事実ではあった。
8月24日、みさきの居場所を変えたところで、やはり彼女の運命は同じなのかもしれない。悔しいが、前進ではある。
箱を持ち帰ったのは、むしろこいつに会いたかったからだ。できれば扉越しに会話するシチュエーションがベストだったけれど。
でも、試したいことは試せる。
――ソルから聞いたことを話すとどうなるか?
きちんと彼は動揺したようだった。少しだけ、オレに対する興味を持ったのがわかった。
「なら、とりあえずみさきはいい」
どうせ、こいつが提案を呑むはずがないと思っていた。
オレは尋ねる。
「ヨフカシについてどこまで知っている?」
あのきぐるみが言っていたことだ。
――ヨフカシを捜すんだ。ヨフカシはスイマの中にいる。
スーツの誘拐犯が激昂した言葉でもある。よく知らないが、重要なワードなのだろう。
サングラスは頭を掻く。
「それを話せば、お前も情報源を話すんだな?」
オレは頷く。
つまらなそうに彼は言った。
「ヨフカシは、ヨフカシだよ。スイマの敵だ。だがそれはオレたちの中に紛れ込んでいる。――ただの噂話だ。確証はない」
こいつはおそらく、嘘をついてはいない。
でも、少しだけ違和感があった。
「それだけか?」
「ああ」
「それで、あんな怒り方をするかな」
「なんのことだ?」
「お前の仲間のスーツだよ。警察に捕まったあいつだ」
――本当にいたのか! ふざけるな! 消えてなくなれ!
「仲間の中に裏切り者がいる、ってのとは少し違ったような気がするよ」
どう違うのかは説明し辛いけれど。
ただの不利益ではない、もっと原始的な嫌悪を感じているような反応だった。
サングラスはまた首を傾げる。
「ヨフカシは、センセイを独占しようとしているんだよ。噂じゃな」
――センセイ。
あの、誘拐犯が信仰していた何者か。
「独占ってのは、どういうことだ?」
サングラスは笑う。
「わからないなら、話すことはない。スイマなら誰にでもわかることだ」
さあ、次はお前が話す番だぜと、サングラスは言った。
「答えろ。どうして、悪魔の居場所を知って――」
奴が言い切る前に、オレは最後の実験を始めた。
オレは片脇にあったベッドのシーツに片手を突っ込んだ。引き抜きながら振る。オレは金属バットを握っていた。明日、購入予定のものだ。
――上手くいくとは、思えない。
でもオレの目的は、箱を開けることじゃない。サングラスに殺されなければいい。とりあえず一度、試してみようと思った。
意表をつけたのだろう。サングラスは驚いた様子で、大げさに後退する。自然なことだ。奴は拳銃を持っているのだから、オレから距離をとろうとする。
――意外と、上手くいくか?
オレはサングラスの動きに合わせて 奴に近づく。銃口が指す場所には注意を払っている。致命傷にならなければとりあえずそれでいい。バットを突き出すようにして走る。狭い部屋だ。サングラスを壁際まで追い込むことには成功したようだった。
――行け。
ぶん殴れ。狙うのは奴の右半身だ。拳銃を持っている方。あれさえ奴が手放せば、状況は有利になる。
そのはずだった。けれど。
壁際で、サングラスは笑った。奴はほんの小さく足を踏み出す。その直後、あり得ないことが起こった。
いつの間にかサングラスはオレの真後ろに立っていた。オレは先ほどまで奴を追いつめていたはずの、でも今はただの壁を、間の抜けた表情で眺めている。
まるでSF映画のテレポートのように、まったくゼロ秒でオレの背後を取ったサングラスは、笑みを浮かべたまま言った。
「箱を開けないなら、死ね」
銃声が聞こえて、バスはトンネルに入った。
※
オレは――バスの中のオレは、口を開けないでいた。
ただ窓の外を流れていく、トンネルの壁をみていた。
バッドでの襲撃に失敗したことは、どうでもいい。
ただ、ただ、目の前でなにが起こったのか、見当もつかなかった。
「あいつはプレゼントを貰ったんだよ」
ときぐるみが言った。
「プレゼントって、なんだよ」
まさかワープ装置だとでもいうのか?
「プレゼントには願いがこもっている。願いは夢を現実にする。あいつのプレゼントは『ニールの足跡』だ」
相変わらず、きぐるみの話はわけがわからない。
オレは少しでも動揺を収めようと、首を振る。
※
そうしているあいだに、バスは再びトンネルを抜けて、8月24日に到達した。
オレの目の前で、またみさきが撃たれ、赤い血を流した。
――To be continued
【メリー】 7/25 / 書籍P:130 ← 3D小説「bell」 → 7月27日(日)
-------------------------------------------------------------------------------------------
最終更新日 : 2015-07-30